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『無頼勇者の奮闘記』〜無力だった青年が剣豪に至るまで〜  作者: 八雲水経
第六章 マリオネット教団編(征夜視点)
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EP164 闇


「あ、大佐ぁ!私、すっかり元気ですよ!!!」


「ん?あぁ、それは良かった。」


「今からでも出発して、ソントに向かいますか?休憩込みでも、4日あれば到着できますよ!」


 焦燥感に駆られた征夜にとって、ミサラの体調はどうでも良い事のように感じられた。

 しかし一人の大人として、子供の事を酷使する訳にもいかない。それくらいの理性は、辛うじて残っている。


「いや、もう夜は遅いし、君の体調も心配だ。今夜は泊って行こう。」


「気遣ってくれるんですね!?ありがとうございます♡」


 ミサラは最高の笑顔を作ると、征夜に向けて振りまいた。

 全身から若々しい愛嬌を滲ませ、彼を落とそうと必死になる。しかし征夜は、そんな様子に気付くそぶりもない。


「話したい事があるんだ。取り敢えず、ホテルを取ろう。」


「え?ホテルで・・・話したい事ですか・・・?」


「うん、大事な事なんだ。」


「わ、分かりました・・・///」


 ミサラはどうやら、猛烈な勘違いを起こしているようだ。

 そのすれ違いに気づく事もないまま、征夜はミサラと共にホテルに向かった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 町で最も清潔感があるホテルの一室を借り、二人で一緒に入った。

 扉を閉じ、外に音が漏れないように、厳重な注意を払う。


 音漏れが起こらない事を祈りながら、征夜は荘厳な顔で口を開いた。


「君に、伝えなきゃいけない事がある。」


「な、なんですか・・・///」

(急すぎないっ!?でも・・・嬉しい・・・♡)


 ミサラの心は、完全に幸福に包まれていた。

 憧れの大佐と、友人よりも上の関係に立てるのだと思ったのだ。


 彼女の勘違いも、ある意味で当然の事だろう。

 若い男女が連れ添ってホテルに入り、"大事な話し合い"をする。それは明らかに、告白と"恋人以上の関係"を意味する。


 むしろ、うら若き乙女であるミサラと手を繋ぎ、ホテルの同室に泊まる事に何の感慨も示さない征夜が、異常なのだろう。

 同じベッドで寝るのはおかしいと分かっているが、そもそもホテルに入る時点で変だという観念は、彼の中に存在しない。


 その結果、今度もミサラを傷付ける結果となったーー。


「僕の恋人と友人が、教団に狙われてるらしい・・・。」


「大佐!私も!あなたの事が・・・・・・えっ?」


 征夜の話を聞く前に、ミサラは先走った。

 告白の返事として飛び出た"OK"の単語は、虚しくも空に散っていく――。


「え、えぇっと・・・彼女さん・・・ですか・・・?」


「あぁ、僕の恋人も転生者で、一緒に教団を潰そうと思ってる仲間なんだ。

 潜入捜査をしようと思ってたら、見つかってしまったらしい・・・世界全土の殺し屋が、彼女の事を狙ってる・・・。」


 窓の外を見つめ、遠くにそびえる山々を見つめる征夜。

 草原の彼方に立ち昇る雲さえも、不吉な予感を感じさせる。

 だがミサラにとっては、自分を視界の端にすら入れてくれない疎外感が、何とも言いようがない悲哀を呼ぶ。


「あ・・・えと・・・あの・・・。」


「一刻も早く、彼女と合流しないと・・・。仲間が付いてるとは言え、流石に危険だ・・・。」


「そ、そうですか・・・。彼女さんて、どんな人なんですか?」


「一応、手配書に絵が描いてあったよ・・・。」


 征夜はそう言うと、花の手配書を手渡した。


「・・・ん!?」


「どうしたの?」


「いえ・・・この人・・・。」


 ミサラには、その似顔絵に既視感があった。

 わずか数日前、猛烈な吹雪の夜に小屋を訪ねてきた遭難者に、瓜二つである。


(あの人・・・大佐の仲間だったんだ!?)


 奇遇な事に、シンと花もあの島に来ていた。

 そして驚異的な確率で、ミサラとも出会っていたのだ。


「花の事を知ってるのかい!?」


「あ、いえ・・・まぁ・・・。」


 ハッキリ言って、良い思い出ではない。


 色々と物をねだられ、憧れの人の持ち物を渡さざるを得なかった相手。

 自分が欲しい物を全て持っているかのような、正反対の容姿と雰囲気。


 なによりも、彼女は征夜の恋人なのだ。

 乙女にとって、これ以上敵視できる存在も居ないだろう。

 花にその意識は全く無いが、ミサラにとっては"悪印象の()()"も良いところだ。


 だが、その嫉妬心を懸命に抑え込む。

 ここで彼女を悪く言えば、恋仇の株を上げるに等しい行為だ。


「び、美人さん・・・ですねぇ・・・♪」


「だよね!?いやほんとに、初めて見たときビックリしたんだよ!」


 この発言は、誤解を恐れずに言えば"クズ"である。

 決して悪気は無いのだが、あまりにもデリカシーがない発言と言わざるを得ない。

 花にとっては、そういう"飾らない面が好き"なので構わないが、ミサラにとっては悔しいものだ。


「クスノキ・・・ハナさんって・・・言うんだぁ・・・良い名前ぇ・・・。」


 これ以上、話せる話題がないほどに、ミサラは言葉に詰まった。

 征夜を取られるのは悲しいが、既にどうしようもなく負けているのだ。


(ど、どうしよう・・・大佐が・・・私の大佐が・・・。)


 少なくとも、征夜はミサラの物ではない。

 むしろ花の恋人という点で、圧倒的に"彼女の物"である。


(か、体付きも・・・凄かったしなぁ・・・。)


 身長も肉付きも骨格も、まるで歯が立たない。

 自分のスリムな体では、花のダイナマイトボディには太刀打ち出来ないだろう。


(そ、それでも・・・頑張らないと・・・!

 お父さんも、お母さんも居ないけど、大佐になら着いて行けると・・・思ったんだから!!!)


 負けられない戦い。それは女にもある。

 孤独な世界の中に光を見出した少女は、希望に向けて伸ばした手を下す事が出来ないのだ。


「私!もう寝ます!」


「お、おぉ!おやすみ!」


 "勝利"に向けて一念発起した彼女は、夢幻の世界へと足を踏み入れた――。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 午前11時を回った。

 日はとっくに上り詰め、小鳥は囀る事をやめた。


 朝食を手早く済ませた征夜は、街に蔓延る悪の誘惑を払い除けながら、ホテルに戻って来た。


(まだ・・・起きないのか・・・。)


 ミサラは、寝息も立てずに眠り続けている。

 昨晩の就寝が10時なので、とっくに起きても良い頃だ。


(赤魔法は疲れるのかな・・・。)


 征夜は、魔法について一切知らない。

 そのため、この長時間睡眠が何を意味するのか、見当を付けることしか出来ないのだ。


 そんな中、征夜の中には二つの思考が芽生えていた。


(ミサラの事は心配だけど・・・心配だけど・・・!)


 13時間睡眠など、明らかに普通ではない。

 しかしやはり、それ以上に気掛かりなのは――。


(花・・・大丈夫かな・・・。)


 差し迫った危機が、恋人に訪れている。

 はやる気持ちが抑えきれずに、苛立ちがやってくる。

 ミサラに当たるのはお門違いだと分かっていても、どうしても堪え切れない。


(そろそろ起きて欲しいなぁ・・・疲れてるのは分かるんだけど・・・。)

「ミサラ・・・起きてくれよ・・・もう11時だよ・・・!」


 不機嫌な事を感じさせないように、細心の注意を払う。

 しかしそれでも抑え切れないほどに、心の声が大きくなってしまう。


「そろそろ行かないと・・・!早く起きてくれ・・・!」


「・・・ん。」


 肩を揺すられたミサラは、まるで気を失っていたかのように、ハッと目を覚ました。


(あぁ・・・やっと起きてくれた・・・これで、やっとソントに行ける・・・。)


 安堵した征夜は、ミサラの瞳を覗き込んだ。

 出来る限りの笑みを作るが、不機嫌さが抑え込めているかは微妙だ。

 怒る気は全くないのだが、湧き上がる不快さが脳を支配している。


「そろそろ行こう!ご飯は買ってあるから!」


「え?・・・あ・・・。」


 ミサラは寝ぼけているのだろうか。

 目をゆっくりと擦りながら、強引に目を開こうとしている。


(暢気だなぁ・・・まぁ、真剣に成れって訳じゃないけど・・・もう少し、緊張感を持ってくれよ・・・。)


 征夜の理不尽な苛立ちが、一定のラインを超えた時、それは起こった――。






「あっ、あっ・・・・・・あ"あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ッッッッッッッ!!!!!?????嫌アァァァァァッッッッッ!!!!!!!!」


「うわぁっ!?」


 ミサラが突然、奇声を発した。

 肩を揺する征夜の手を弾き飛ばし、部屋の隅へと逃げ込んで行く。


「ど、どうしたんだい!?」


「イヤ!イヤイヤイヤッ!!!嫌あぁぁぁッッッ!!!ごめんなさいっ!ごめんなさいっ!ごめんなさいっ!!!ごめんなさいぃっ!!!」


 絶叫と共に謝罪をしながら、泣き続けるミサラ。

 彼女へと伸ばされた征夜の手にすら、怯えているようにも見える。


「ま、待ってて!すぐにお医者さんを呼んでくるから!!!」


 ミサラの豹変ぶりに対し、明らかに只事ではないと悟った征夜は、助けを求めて走り出した。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「ミサラは、どうでしょうか・・・?」


 鎮静剤を打たれたミサラを見下ろしながら、征夜は傍に座る"魔法医師"に質問した。

 その男は医者でありながら、魔法使いでもあるという職歴の者である。


 征夜の問いかけに答えるために、男は彼の方へ向き直った。


「命に別状はありませんよ。ただ・・・。」


「ただ・・・?」


「精神がズタズタです・・・。」


「精神が・・・ですか・・・。」


「一体、何をしたんですか・・・?こんな症例・・・全く前例がない・・・。

 彼女は、我々では想像も出来ないほどの恐怖と、苦痛を味わったようです・・・。その記憶が魂を蝕み・・・心を弱らせている・・・。」


 一般的に、精神的なダメージを受ける際には、強いショックを感じ取った場合が多い。

 あまりにも恐ろしい体験や、極限の緊張感。大きすぎる失敗を冒した際などが、顕著な例である。


 だが今回に限っては、より大きな要因が他にもある。


「ミサラは・・・赤魔法を使ったと言ってました・・・。」


「赤・・・ですか・・・。」


 男の表情は、突如として曇った。

 それは恐らく、医師ではなく魔法使いとしての知識に起因するものだろう。


「赤魔法は・・・マズいんですか・・・?」


「使用者の負担が大きすぎて、大半は禁止されています・・・。

 そもそもの要因として、赤には違法な呪文が多いんですよ・・・。」


「そ、そうなんですか!?」


「まぁ・・・訳有り者が多い街ですから、深くは聞きません・・・ただ、あまりに大きすぎる魔法を使うのは、お勧めしませんよ・・・。」


「はい・・・。」


 征夜は、自分の行動を恥じた。

 花の事を気にかけるあまり、ミサラに無理をさせてしまった。

 保護者として、何よりも人として、今の自分は"失格"であると悟ったのだ。


「ハッキリ言いましょう・・・精神崩壊していないのが、不思議なくらいの重症です・・・。

 三度も刻み付けられた心の傷が、深すぎて我々には手に負えません・・・。」


「はい・・・。」


「鎮静剤と、精神安定の薬を出しておきます。何か困ったら、私の診療所へ来てください。」


「はい、ありがとうございました・・・。」


 部屋から出て行く医師を見送った征夜は、ベッドに眠っているミサラの元へと駆け寄った。

 シーツの端からはみ出た手足を仕舞い込み、優しく手を握る。


「ミサラ・・・ごめん・・・。君にばかり、無理をさせてしまった・・・。

 君が元に戻るまで、暫くはここで休もう・・・。だから、また元気になってくれ・・・。」


 これまでの自分を猛省した征夜は、まずはミサラに対する罪滅ぼしをする事に決めた。

 彼女が目を覚まし、心が元通りになるまで、彼はこの町に留まると決めたのだ――。

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