EP163 クエストボード
征夜はその日、一切の食事も休憩もとる事無く、疾走を続けた。
シャノンを出発したのが13時、その後6時間にわたって神速の移動を続けた。
日没が近付き、青空が緋色に陰り始めた頃、征夜の足はオルゼの門前で止まった。
摩擦と静電気によって発生した稲妻を放電しながら、”通常速度の世界”に帰還する。
「一日で、ここまで来た・・・!速かったなぁ!君の魔法、本当にすごいよ!」
「は、ハハ・・・頑張ったので・・・。」
「大丈夫かい?顔色が悪いけど・・・。」
「こんなに長時間、赤魔法を使った事は無くて・・・。」
「よし、このまま魔法陣に連れて行くよ!」
「お、お願いします・・・。」
明らかに体調が悪いミサラを腕に抱えたまま、征夜は暗黒の町・オルゼへと再び踏み入った。
歓楽街を抜け、地下道に通じる扉を開くと、埃臭い暗黒の世界が広がっている。
足元を這いまわるゴキブリと鼠を振り払いながら、陰謀渦巻く伏魔殿へと歩を進めていく。
(アジトにある魔法陣・・・魔法陣・・・あれか!)
アジトの片隅に描かれた、輝く赤色の六芒星。その近くには数人の人間が列をなし、順番を待っている。
「大佐・・・下ろしてください・・・。」
「わ、分かった!・・・自分で並べる?」
「はい、大丈夫です・・・そこそこ並んでるので、散歩でもして来てください・・・。」
「う、うん。気を付けてね・・・。」
ミサラを地面に下ろした征夜は、彼女がしっかりと自立できるのを確認すると、彼女を置いて他所を見回る事にした。
あまりにも体調が悪そうな彼女が、征夜には少しだけ心配だった。しかし、このまま一緒に並んでいるのも効率が悪いので、一度その場を離れる事にした。
~~~~~~~~~~
薄暗い電灯に照らされた地下道には、様々な施設が置かれている。
教団が行っている事業には、様々な種類がある。正確に言えば様々な事業に潜り込み、”社会を内側から蝕んでいる”。
ギルドに置いてあるのと同じクエストボードを見つけ、征夜は内容を見てみる事にした。
「このクエストはモンスター討伐・・・意外と、普通な内容か・・・?いや待て、こっちにはモンスター召喚のクエスト・・・。」
何かマズい香りがする。これは言わば、マッチポンプという物では無かろうか。
「地方貴族の令状を誘拐・・・”未遂する”・・・?それを助けに入るクエスト・・・サブミッションとして、教団への勧誘と資金援助の要請・・・。
孤児院を経営して・・・成長した子供を生贄・・・。シャノン近海に、再び海竜を放す・・・。ソントで爆破テロ・・・。」
暗殺、テロ、誘拐、生物兵器製造、挙げ出したらきりが無いほど、物騒な任務が並んでいる。
どれもこれもが、教団の組織拡大や資金調達、勧誘や宣伝を目的としている。
「なるほど・・・善良な組織である事をアピールしながら、社会不安を煽る。
知識階級には、利益をアピールする。貧しい人や、選択肢の無い人は騙して引き入れる。
資金を大量に得る事で、報酬や年俸も高い。ギルドや貴族にも侵入し、上層部を牛耳っている。
マルチ商法も使ってるみたいだな。こうやって、鼠算式に増えていくのか・・・。」
暴力的な手段を用いているクエストもあれば、奉仕などを使って説得を試みるクエストもある。
そう言った物は、女性の受注が多い印象だ。
「こうしてみると、男も女も同じくらいの割合で所属してるのか・・・。」
クエストボード一つで、教団の全体像が大まかに掴めて来た。
”裏のギルド”と呼ばれる理由が、なんとなく理解できる。
この世界の人々は裏社会でも表社会でも、教団の影響下にあるのだ。問題はそれを知っているか、知らないかである。
「こっちは・・・”高難度処刑用のボード”か・・・。」
一般的なクエストとは別に、”ハイリスク・ハイリターン”な任務は、別のボードに分けられていた。
征夜は何気なく、そのボードを覗いてみた。
___________________________
<<<高難度処刑クエストボード>>>
※捕縛、もしくは処刑が達成条件(死体をカメラオーブで撮影するか、首を持って来るように)
※報酬は☆の二乗と、100ファルゴの積
☆エルマー・フォールム(魔法使い・20歳男・脱走)→処刑済み
☆ハーレイ・アーレン(転生ヒーラー・18歳女・反逆)→捕縛後、奴隷市送り
・
☆☆エアリー・クイルズ(転生剣士・25歳女・潜入捜査・能力持ち)→処刑済み
☆☆ランガリオ・エステール(格闘家・30歳男・脱走)→処刑済み
☆☆メアリー・コーラス(転生賢者・28歳女・反逆・能力持ち)→捕縛後、貴族に献上
・
☆☆☆エルドラン・ファイリム(ソードマスター・40歳男・ギルド幹部・能力持ち)→未達成
・
☆☆☆☆☆フブキ・セイヤ(転生剣士・24歳男・反逆・瞳が琥珀色に光る)→未達成
☆☆☆☆☆クスノキ・ハナ(転生ヒーラー・?歳女・潜入捜査・能力持ち)→未達成
☆☆☆☆☆トーシン・バンカー(転生格闘家・23歳男・潜入捜査・能力持ち)→未達成
__________________________
「ど、奴隷市送りって・・・ヤバすぎる・・・。」
奴隷になった女性がどうなるのか、想像に難くない所である。
自分の始末がクエストボードに載っている事は、既知の事実であったので驚かない。
問題は、その下に刻まれた名前であるーー。
「花が・・・載ってる・・・!」
脳内を、電流が駆け巡るような衝撃が襲った。
自分の大切な恋人が、自分のせいで狙われている。その事実は、彼の中に憎悪を滾らせた。
(僕が狙われるのは分かる・・・殺害予告をしたんだ。狙われても構わないし、当然の事だ。
だが花は・・・関係ないだろう・・・!一緒に居ただけの人間を、どうして殺そうとするんだ!!!)
沸々と怒りが湧き上がり、殺意と報復の意思が全身を支配する。
そんな中、僅かに残された冷静な思考が、一つの仮説を導き出した。
(花の罪状は潜入捜査・・・これは・・・俺のとは違う・・・。
シンと花は・・・潜入捜査・・・二人で・・・アジトに潜入・・・!)
「そうかっ!!!」
クエストボードの前で考え込んだ征夜は状況を深く吟味し、一つの結論に到達する。
「島のアジトに潜入したのは・・・花とシンだ!!!」
島の教団支部に潜入したのは、二人と一頭のユニコーン。
ならば、他に指名手配者の居ない現状では、彼女らがその二人組であると結論付けることが出来る。
「これなら、高レベルの指名手配を受けているのも分かる・・・。」
指名手配の理由には、ある程度の納得が出来た。
そして、次に思い至ったのはーー。
「こんなことを考えるのは・・・シンだなッ!
くそッ!余計な事をしやがって!!!花を危険に晒すなんて、アイツは何を考えているんだ!!!」
征夜の怒りの矛先は、ラドックスの次にシンへと向いた。
花が悪いのではなく、あくまでシンが悪い。彼女を唆したのも彼であるという確信が、征夜にはあったのだ。
「次に会ったら、絶対にぶん殴ってやる!!!」
思わず笑ってしまいそうなほど、幼稚な発言だ。
しかし何分、目が笑っていない。琥珀色に染まった瞳には、憎悪の色が溢れている。
不安と焦燥、そして怒りに満ち溢れた征夜は、肩を怒らせながら冷たい地下道を歩み出した。




