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EP160 パラドクス・レポート②


 指先の動きによって弾き出された気圧の弾丸、"通称・気導弾"はラドックスの眉間に直行した。

 目には見えないが感じ取れる。その軌跡はブレる事なく、彼へと向かっている事が、空気のうねりによって察する事が出来るのだ。


(死ね!ラドックス・・・!)


 これで、彼との因縁が終わるのだ。

 思えば、初めて出会った時から今に至るまで、僅か半年しか月日は流れていない。

 それなのに、もう何年もこの時を待っていたような気がしてならない。


 征夜は勝ち誇るような気分で、着弾の瞬間を待ち望む。

 眉間に風穴が空き、何度も言い放った"殺してやる"という言葉が、現実となる時をーー。






ポフッ・・・!


「・・・あれ?」


 何かが破裂したような、柔らかい音が響いた。

 それは明らかに、征夜が放った気導弾から出た音である。


「・・・何も・・・起こりませんよ・・・?」


「あ、あれ・・・?」


 風穴が空くどころか、ラドックスは狙撃された事に気付いてすらいない。

 傷ひとつ付ける事が出来なかったので、撃たれたという実感すら無いようだ。


「威力が・・・足りない・・・!」


 予想を遥かに下回るほどに、気導弾は弱かった。

 オモチャの空気砲か、それ以下の火力と言っても過言ではない。


 たしかに、今際の際で見た夢想の中では、人体を軽々と貫通するほどの威力を誇っていた。

 しかしどうやら、それは夢想に過ぎなかったらしい。実際の威力は、先ほどの通りである。


「・・・失敗した!」


「えぇぇっ!?」


 ミサラは驚きを隠せない。

 尊敬している大佐に厳しい事を言いたくは無いが、アレほどに格好付けたのに失敗とは、情けないにもほどがある。


「ど、どうしましょうか・・・?」


「ど、どうするって・・・?」


 二人とも、完全にテンパっている。

 教祖を暗殺しようにも、征夜の遠距離技では威力が足りなかった。残る選択肢は三つしかない。


「一つ目は、私の魔法で狙撃する選択肢です。

 二つ目は、このまま下に降りて、直接倒す選択肢です。

 三つ目は・・・逃げます。」


 究極の選択を、ミサラは提示した。

 どれも一長一短であり、簡単には選べない。


 だが、どれが"一番マシ"かという観点で見れば、簡単に決められる。

 即ち、何を犠牲にして現状を打開するか、という取捨選択をすれば良いのだ。


 問題は、二人にとっての優先順位が、それぞれ異なっていたという点だーー。


「狙撃します!」

「ここは逃げよう!」


 二人の意思は、同時に示された。

 しかし、その方針は異なっているようだ。


「私が狙撃すれば、ここで倒せます!やらせてください!」


「いや、それはダメだ!」


「私なら大丈夫です!必ず倒せます!」


「でも、君の手を汚させるわけには・・・!」


「この計画に加担した時点で、私の手は汚れています!大佐が倒しても、私が倒しても、結局は同じ事です!」


 ミサラの言う事も、筋が通っている。

 征夜は彼女に、殺人を冒して欲しくないと言っているが、それは彼女に"教祖を見殺しにしろ"と言っているのと、同じ事である。

 手を下すのが征夜であっても、"殺人を容認した"という十字架を背負う事に、変わりない。


 それでも彼には、どうしても彼女に撃って欲しくない理由があった。




 一つ目の理由は何度も言う通り、ミサラの手を汚したくないという事。

 穢れを知らない少女に殺人を強要するなど、大人として忌避すべき事態だ。

 勇者として、上司として、一人の男として、そんな事は許せなかった。


 二つ目の理由は、倒せるか分からないという事。

 今回の気導弾は、単純な威力不足だったと分かる。

 しかし、それがミサラの魔法であったとして、ラドックスを殺害するに足る威力だろうか。


 暗殺を行う上では、対象に警戒される事が最も成功率を下げるという事を、彼は知っていた。

 だからこそ、"次の機会"を窺うためには、暗殺者の存在を悟られない方が良いのだ。


 だが、これだけが理由ではない。

 突き詰めれば、あと二つの"邪な感情"が、ミサラを引き留めていたーー。




(奴がミサラに殺されたら・・・僕は・・・。)


 これは正に、擁護出来ないほどに幼稚な発想と言えるだろう。

 資正の教えである「見果てぬ夢に溺れ、大義を見失うな。」に、真っ向から反していると言っても過言ではない。


 三つ目の理由は、"宿敵を倒す機会を奪われたくない"という事。

 ラドックスは彼にとって、人生最初にして最強の宿敵なのだ。

 これから先の人生で、彼は多くの敵と対峙するだろう。それらの壁を乗り越えるためには、最初の試練を打ち破る必要がある。


 その点において、ラドックスは"大切な存在"であった。

 自分の手で精算しなければならない、因縁の象徴でもあったのだ。

 そんな存在をミサラに倒されては、消化不良も良いところであり、後に引き摺る事は自明の理であった。






 そして、最後の理由は"認めたくない"という感情だったーー。


(5ヶ月・・・!5ヶ月だ・・・!5ヶ月もの間、魔王を倒すために修行を積んだ・・・!それなのに・・・アイツ一人を倒せないなんて・・・!)


 征夜の長所でもあり、短所でもある部分。

 "諦める事が出来ない"という性分が、悪い意味で働いた。


 いつからだろうか、彼の中に"諦める"という選択肢が無くなったのは。

 この世界に転生した時か、あるいは臨死体験の際に"弱い自分"を殺した瞬間だろうか。


 どちらにせよ今の彼に、"諦める勇気"は無かった。


 ラドックスを倒すという目標が、ミサラによって達成されてしまう。

 そうなってしまえば、それは一生叶わない夢として、彼にのしかかって来るだろう。


 それが恐ろしくて、仕方がなかったのだ。

 だから、攻撃の許可を出す事が出来なかったーー。


「魔法だけで倒せるか分からない・・・。だから、ここは逃げよう・・・。」


「わ、分かりました・・・。」


 自分の中で、建設的な理由と個人的な理由がせめぎ合っている。


 もちろん、今言った理由も嘘ではない。暗殺に失敗すれば、次の機会は無いのかも知れないのだ。

 だがやはり、ミサラには倒してほしくないという感情も、確かにあった。


 そのどちらが、彼の中でより大きなウェイトを占めているのか。それは、彼自身にも分からなかった。

 ただ一つ言える事はこの選択が後に、後悔し切れないほどの悲劇を生んだという事だけだーー。


~~~~~~~~~~


 換気扇から抜け出した征夜たちは、むせ返るような埃と緊張から解放され、少しだけ安堵した。

 冷静になって考えると、今の自分たちは敵の巣窟に居るのだ。これは大きなチャンスである。


「これからどうしようか・・・。」


「正面から斬り付けるのはどうでしょうか?」


「いや・・・奴に視認された状態の戦闘はマズい・・・自殺を命令されると即死だ・・・。」


「た、確かに・・・。」


 ラドックスに睨まれただけで惨殺された幹部を見るに、それが得策ではないと理解できる。


「暗殺はまたの機会にして、奴の書斎に言ってみない?」


「たしかに、侵入しただけで追われるほどの物が有る。って事ですもんね・・・!」


 二人は互いに顔を見合わせると、教祖の書斎を目指して駆け出して行った。


 そして数分後ーー。


「・・・よし、開きました!」


「ピッキングなんて出来るんだ・・・凄いな・・・。」


「お父さんに・・・教えて貰ったので・・・。」


 今は亡き父の教えが、彼女にとっての形見となって居るのだろう。

 何はともあれ彼女の超絶技巧によって、厳重に閉ざされた書斎の扉は開いた。


「ここが・・・書斎か・・・。」


「何か、凄そうな物は在りますか?」


「凄そうな物かぁ・・・・・・ん?」


 足元に落ちていた何かが、爪先に触れた。

 藁半紙のような紙の切れ端が、クシャクシャに丸まっている。


「これは・・・何だ・・・?」


 拾い上げた征夜は、ゆっくりとそれを開いていく。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


 思えば、このあだ名も今となっては皮肉な物だ。


 糸を正しく動かしてるように見えても、人形が予測不能な挙動をする。

 それがまるで、()()()()()()のようだ。と、誰かが言ったのが始まりで、それほど高尚なものでは無いからこそ、”パ”が抜けて”ラドックス”。全くもって、ふざけた話だ。


 それが今では、相手の意に反した動きを強制させる。

 いわば、”思考と挙動の逆向”を起こさせる。という意味にも取れる。


 この能力があれば、いずれは全てを支配できる。

 求める物は一つ。それを手に入れれば、奴らへの復讐は完璧だ。


 もう誰にも、私を止められない。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


「・・・何だこれ?」


「何かの日記でしょうか・・・?」


「それにしては痛いなぁ・・・。」


 何を書きたいのか、その真意が全く伝わって来ない。

 前置きも無ければ、中身も無いのだ。


「大佐、見てください。これ、何かの続きみたいです。千切れた跡みたいなのが有ります。」


「なるほど、これは後半なのか。きっと、前半に大切な事が書かれてるんだ。」


 あまりにも内容が薄いために拍子抜けした。

 しかし、もっと言えばこの部屋には、他に大切な物が在ったのだと考える事が出来る。


「他に何かあるはずだ・・・探してみよう!」


「はい!」


 ミサラは大きな返事と共に、本棚を探り始めた。

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