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EP155 吹雪を征く夜に <☆>


「うおぉ・・・暑い・・・!」


 猛吹雪が停滞する熱帯林の中で、征夜は熱中症になっていた。幸いにも水分は足りているが、既に体温は40℃を超えている。


(と、取り敢えず・・・屋内に入ろう・・・早くしないと・・・死ぬ・・・!)


 ありえないほどの豪雪と、欝蒼と茂る熱帯林に阻まれ、征夜は視界が悪い。

 その中でも、手探りで民家や小屋などの家屋を探そうと試みる。


(こっちか・・・?いや、こっちか・・・?い、急がないと・・・ヤバい・・・!)


 竜を討ち払ったあとに、吹雪の中で熱中症になって死んだなど、笑い話も良いところだ。

 だからこそ、本人も必死になっている。朦朧とする意識の中で、もがきながら家屋を探す姿には、鬼気迫る物が有る。


(わ、分からない・・・右か・・・左か・・・奥か・・・?だ、誰か・・・教えてくれよ・・・。)


 頭痛と眩暈が激しさを増し、眼が開けられなくなって来た。

 もはや、自分の力で家屋を見つける事は不可能だろう。その場に座り込んで、風雪に晒される事しか出来ない――。


(しくったなぁ・・・せめて、服くらい・・・・・・。)


 過剰な体温の乱高下を防ぐには、服を着るのが最も効果的だ。

 燃えたら困るという理由で脱いできた事を、深く後悔している。


(もう、ダメかな・・・あと、一時間も・・・持たな・・・・・・・・・?)


 死を覚悟した直後、征夜の第六感が何かに共鳴した。

 彼を呼ぶような、苦しそうな声が聞こえる。何かに悶えるように、助けを呼ぶ声だ。


(だれか・・・おねが・・・さ、さむ・・・せ、せいや・・・たすけ・・・。)


 それは、消え入りそうなほど細い、女性の声だった。

 助けを求めて、征夜の名前を呼んでいる。


(僕を・・・呼んでるのか・・・?一体・・・誰が・・・?)


 一体、誰が自分のことを呼んでいるのか、征夜は疑問に思った。しかし今は、そんな事どうでも良い。


(声の先に・・・人が居る・・・!僕を・・・呼んでるんだ・・・!)

「い、今・・・行く・・・!」


 勇者として、自分には人を救う義務がある。そして何より、自分を呼んでいる者が居る。

 立ち上がる理由は、それだけで十分なのだ。


<<<心・・・眼・・・!>>>


 精神を研ぎ澄ませて、風雪に遮断された空気の流れを読む。


 本来、そこにあるべき世界の姿。

 雪など降るはずが無い南国、そこを流れる温かな風の流れ。そこに、世界の本当の姿が映っている。


(見つけた・・・!この先に・・・誰かが居る・・・!)


 征夜はゆっくりと、歩み始めた。


~~~~~~~~~~


(こ、ここだ・・・この中に・・・僕を呼んでる人が居る・・・。)


 木製の家屋の扉に手を掛け、ゆっくりとドアノブを回す。

 足音を立てないように細心の注意を払いながら、部屋の奥へと歩み寄る。


(ど、どこだ・・・?僕を呼んだ人は・・・一体どこに・・・?)


 意識が朦朧とする中で周囲を見渡すが、彼を呼んだと思わしき人はいない。

 目の前には大きなベッドがあり、フカフカの掛け布団が置かれている。


(・・・だ、ダメだ・・・もう・・・体力が・・・無い・・・。)


 征夜には既に、助けを呼ぶ人を探す余力もなかった。

 目の前に広がる柔らかい寝床に、潜り込みたくて仕方ない。


(ここに・・・入れば・・・体温を・・・調節できる・・・。)


 征夜はついに、限界を超えた疲労に屈してしまった。

 腰に帯びた刀を僅かな金属音と共に降ろし、ベッドの傍に立てかけた。


 掛け布団を捲り上げ、温かい寝床へと潜り込む。

 ホカホカとした優しい温もりが、限界を超えた高温を逆に冷まして行く。


(これは・・・人肌の温もり・・・?だが何故?逆に・・・冷まされるような・・・・・・うわっ!冷たッ!)


 掛け布団の奥に、大きな冷たい塊があった。

 征夜より少し小さいくらいの、冷たくやわらかな塊。それは明らかに、周りの掛け布団よりも温度が低い。


(これは・・・抱き枕か・・・?これなら・・・体温をもっと下げられる・・・!)


 冷静な考えとハッキリとした意識が戻ってきた征夜は、指先に触れた抱き枕と思わしき物を力強く抱きしめた。

 柔らかい感触と、ヒンヤリとした温度が腕全体に広がる。心地よい感覚が、血管を通して全身に広がって行く。


 抱きしめているのは彼の方なのに、まるで包み込まれているような安心感。

 それは、彼を深く安らかな眠りに落とすのに、十分な感情だった――。


~~~~~~~~~~


(んんぅ・・・もう・・・朝か・・・?)


 背後から、小鳥のさえずる声が聞こえる。サラサラと雪解け水の流れる音。ポタポタと水滴が落ちる音。

 その他にも多くの要素が、吹雪が去った事を示している。


(体温が戻った・・・。これなら大丈夫だ!)


 抱き枕を放し、立ち上がろうとする征夜。ところが、すぐに異変に気付いた。


(ん?手が・・・動かない・・・?)


 腕が何かに掴まれており、動かすことが出来ない。

 強引に引きはがす事も出来るが、何かがおかしいのだ。


(僕は抱き枕を持って寝たよな?なら、何に腕を掴まれてるんだ?・・・ハッ!)


 凄く、もの凄く、かなり、非常に、嫌な予感がする。

 命の危機とは違う。文明人としての危機感。勇者として、もっと言えば人としての危機だ――。


(も、もも、もしかして・・・!き、昨日抱き締めたのって・・・!)


 彼の体勢からして、考えられる答えは一つしか無い。

 背後から抱き着いて、今なお握りしめている存在によって、彼の腕は掴まれているのだ。


 布団が温かったのではない。抱き着いた存在の方が、冷たかったのだ。

 そして、周囲と温度が異なるという特徴は、恒温動物にだけある物だ。


 指の中にめり込んでいる柔らかい感触。それは既に、人肌の温もりを伴っている。


 それはまるで、”()()()()()()()()”のような――。


(・・・うん。逃げよう!)


 征夜は即決した。本人に意思が無かったとは言え、この場所に居てはマズい。

 起こして謝るべきなのだろうが、最悪の場合は”わいせつ行為”で逮捕される。

 相手の方が気付いてないなら、わざわざ起こして不快な気分にさせる必要も無いだろう。


 征夜は腕を掴んでいる手首を優しく振りほどくと、すぐに身支度を整えた。

 相手の胸元が大胆に露出している事に構う余裕もなく、急いで帯刀を済ませる。


(ま、まぁ・・・温めてあげたからノーカンって事で・・・ごめんなさいっ!!!)


 心の中で謝罪を済ませると、足早に小屋から飛び出して行った。


~~~~~~~~~~


 数分後、ミサラとの待ち合わせ場所である桟橋に、征夜は到着した。

 ミサラは既に待っており、手を後ろに組みながら鼻歌を歌っている。


「あっ!大佐!おかえりなさい!」


「ただいま!」


 抱き着こうと駆け寄って来たミサラを避けると、征夜はさっそく質問した。


「僕の袴、どこにあるかな?」


「え・・・あぁ・・・えと・・・。」


 預け物を返却してもらおうと手を出した征夜だったが、ミサラの様子がおかしい。

 口ごもっているような、言いにくそうな表情を浮かべながら、モジモジと体を揺らしている。


「どうしたの?」


「あ、いや・・・あのですね・・・。」


 ミサラはその後、昨晩の事を征夜に話した。

 吹雪の中、遭難した男女が小屋を訪ねて来た事。服を持っていなかった女性に対し、征夜の袴を貸した事。自分の持っていた服では、サイズが合わなかった事など。全てを報告した。


「・・・え?じゃあ、僕の服って・・・。」


「女の人に貸しちゃいました!ごめんなさい!」


「えぇぇぇぇぇッッッッッ!!!???」


 聞き間違いだと思い、耳を疑った。ところが、どうやら事実であったらしい。

 彼の渡した袴は、どこの誰とも知らない女性に貸し出されてしまったのだ。

 そうなっては、剣術の師が丹精を込めて編んでくれた道着は、返って来る保証が無い――。


「ま、マジか・・・。」


「ご、ごめんなさい!他に、貸せる物が無くて・・・!」


「うぅ~ん・・・。」


 大切な袴だったが、仕方ないだろう。

 たとえ見ず知らずの人とは言え、裸のまま凍えていたのだ。何も貸さない方が、人としておかしい。


(まぁ、いっか!それで、その女の人が助かったなら!)


 自分の服一着で、命が一つ助かったのだとすれば、それは代償に対して余りある成果だ。

 顔も知らない女性ではあったが、人助けは嬉しい物である。


 結論から言えば、その女性は”彼の良く知る人物”であった。

 ただ、ここで問題となるのは、無断で服を貸し出されたという事実に対して、彼がどう向き合うかである。

 その点において、彼に後ろめたい感情は微塵も無い。


「人助けなら仕方ないさ!あの服は、また師匠に作ってもらうよ!」


「し、師匠・・・?まさか、アレって貰い物なんですか!?」


「まぁね。でも、大丈夫さ!頼めば、作ってもらえるから!・・・たぶん。」


「ほ、本当にごめんなさい!な、なんて言えば良いか・・・。」


「良いから良いから!それより、新しい服を買わないと!」


 征夜はそう言うと、ミサラの手を取って走り出した。

 彼の中にも、彼女の中にも、モヤモヤとした思いがある。


 だからこそ、それを振り切る為に動く事にしたのだ。

 しかしその思いは、完全に平行線である。


(あのオバサンのせいで、大佐に嫌な思いさせちゃった・・・。

 いや、私が悪いのよね・・・勝手に貸したりしたから・・・。)


(感触からして、あの人絶対に下着付けて無いよな・・・。花に知られたら・・・殺されるぞ・・・。)


 ミサラは征夜の事を思いながら、征夜は花の事を思いながら、寄り添うようにして走り続けた――。


~~~~~~~~~~


 一方その頃、目を覚ました遭難者の女性は――。


「う~ん!よく寝た!」


 体調は完全に本調子まで戻っていた。

 手足には熱が満ち、活力が爆発している。青ざめた唇と頬には赤みが戻り、体全体の疲れが一切なくなっている。


「きゃっ!丸見えじゃない・・・!これを・・・こうしてっと・・・よし!これだけ結べば、はだける事は無いわね!」


 冷静な判断力を取り戻した彼女は、自分の胸が殆ど袴に収まっていない事に気が付き、慌てて胸元の紐を固く結びなおした。


 一晩中、征夜によって温められた彼女は、完全に低体温症から立ち直ったようである。

 そして、同じく本調子を取り戻した連れと共に、冒険を再開した――。


今回のアルファ版です!(微エロ注意!)

https://www.alphapolis.co.jp/novel/115033031/408542049

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