EP139 夜の闇を征する者 <キャラ立ち絵あり>
受け継がれた魂が、やがて伝説となる――。
2人は囲炉裏を囲み、共に過ごす最後の夜に景気を付けるため、飲み交わす事にした。
パチパチと音を立てながら立ち昇る灰の前で、弟子と師はのんびりと話し込む。
「其方は何か、某に聞きたい事は無いのか?」
「・・・そう言えば、まだ凶狼の瞳について聞いてません。」
「おぉ、そうだったな。某も詳しく知っている訳では無いのだが、一応知っている事と言えば・・・。」
資正はそう言うと、彼の知り得る限りの情報を清也に伝えた――。
凶狼の瞳は資正が付けた呼び名であり、流派の名が神眼流たる所以でもある。
資正がかつて、天界に蔓延る邪悪を制圧した際に、琥珀色に光っていた瞳。それはまさに、今の清也と同じだった。
激しい興奮状態によって発露する、限界を超えた力。瞳が光るのはその兆候に過ぎず、その実態は不明である。
ただ一つ言える事、それが現れるのは"成人するまで、争いに身を置かなかった者"のみである事――。
武家の最下級出身の資正は、幼少より副業である酒造りの技ばかり教え込まれてきた。そして齢20を超えてから、足軽の1人として本格的に剣の道へと入ったのだ。
清也もある意味、同じ事だろう。彼自身が最も理解している境遇、それは"争う事なく生きてきた事"である。
受験戦争は裏口入学で通り越し、体育の授業の大半は見学し、定期試験は適当。運動会は欠席する。それは正に"争いを避けた生き方"その物である。
分月透流は、2人とはある意味で真逆ながらも、結果としては同じだった。
武家の嫡男として生まれた彼は、幼少より様々な修練を行い、ありとあらゆる武道に精通していた。
では何故、彼の生き方が"争いを避ける"と呼べるのか。その答えは簡単である。
向かう所"敵なし"だったのだ。彼にとって武術の試合は茶番であり、相手はもはや敵ではなかった。そう言った意味では、争いにすらなっていない。
多くの剣士と試合をしたが、結局はその全てが圧勝に終わった。
「この力が使える人は、3人しか居ないのですか?」
説明を聞き終えた清也は、驚いた調子で質問する。
不思議な力だとは思っていたが、まさかそれほど稀有だとは思っていなかったのだ。
「あと1人だけいる・・・いや、正確には"いた"だな。某の師もまた、同じ力を持っていた。」
「師匠の師匠・・・ですか?」
「あぁ、そうだとも。」
資正の師匠は、彼同様に足軽の出身だった。
そして28から剣の道に入り、35から弟子として資正を育てた。
彼は決して、腕の良い剣士では無かった。一般的な足軽と同じで、傑出した能力の無い凡庸な男だった。
しかし彼の教えが、今の資正を作っている。その事は、疑いようの無い事実だ。
「いた・・・と言う事は、その人は既に・・・。」
「300年も前の事だ。大方の知り合いは老衰で死んでいる。・・・だが、あの人の死に様だけは、この目がしかと覚えている。」
300年と言う時間の流れに、多くの人は命を飲み込まれる。年老いて安らかに逝けたなら、それは本望だろう。しかし資正の師は、そうでは無かった。
彼が22の頃、隣村との些細ないさかいが、10以上の集落を巻き込んだ合戦となった。その年は飢饉で、皆が飢え冷静な判断が出来なかったのだ。
僅か400人の素人と足軽だけが出た戦。大名が加担する事はなく、ある意味で小規模な戦である。
ただし、各陣営の兵力は300対100に割れていた――。
「300対100!?勝てるわけ無いですよ!」
「某もそう思った・・・。そして我々は、100側の兵だった・・・。」
当時を思い出し、苦々しげな表情を浮かべる。それが合戦ではなく"掃討"であった事は、聞くまでもなく理解できる。
「僅か1時間で、50は死んだ。それでいて、敵方はまだ280は残っていた・・・。」
「そ、そんな・・・。」
280対50。そんな戦、明らかに勝敗が決している。
どう足掻いても、勝ち目はないはずだった――。
「その時だった。我が師の瞳に、"琥珀色の輝き"が灯ったのは・・・。」
「・・・目覚めた・・・という事ですね・・・。」
無言で首を振り、清也の推論を肯定する。しかしどうやら、それだけでは無かったらしい。
「氷狼神眼流の開祖は、ある意味で某では無いかもしれん。」
「と、言いますと・・・?」
「我が流派を象徴する二つの要素。一つは神眼であり、もう一つは何だ?」
「調気の極意・・・ですか?・・・・・・まさか!」
「其方の想像通りだ。我々が調気の極意と呼ぶ物を最初に使ったのは、"我が師"であった・・・。」
資正がそう言うと、冬の冷たい隙間風が囲炉裏の火をはためかせた。
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「一体、どのような技だったのですか!?最初に使った技は、どんな技ですか!?」
清也はまるで子供のように目を煌かせながら、遥か古の剣士に思いを馳せる。
好奇心に満ち溢れ、答えを知らねば眠れないと言わんばかりに、全身に鳥肌が立っている。
しかし資正の解答は、意外な物だった。
「特に、技のような物は使わなかった。至って普通の剣術を、いつもと変わらずに使ってみせた。」
「・・・え?」
ごく普通の剣術なら、調気の極意を使う必要など無い。基本に忠実に、淡々と剣を振るえば良い。
だがそれは、地に足を着けていた場合である――。
「我が師は、"空を飛んでみせた"のだ。そして遥かな高空より、敵陣を強襲した。」
「・・・え?・・・えぇぇぇッッッッッ!!!!????」
「だから言ったであろう、"ある意味で"だと。
アレは我々の知る調気の極意を超越していた。だからこそ、呼び名を分けたのだ。」
凶狼の瞳と、別次元の調気の極意を手に入れた資正の師は、敵の本陣に斬り込み、戦況を一変させた。
軍師役の男を殺し、事実上の最高司令官であった者を人質にした。
そうして100対300の戦いは、決着の付かぬ間に終わったのだ――。
「その後・・・師匠の師匠は・・・?」
「翌朝に血を吐いて死んだ。確認した訳では無いが、肺が破れたのだろう・・・。」
「そ、そうでしたか・・・。」
調気の極意は、体温の乱高下を呼吸で操作する都合上、ある程度は肺に負担が掛かる。
ましてや空を飛ぶほどの突風を起こしたなら、無事で居られるはずがない。
「死の直前に、あの人は言った。この力は"命の力"だと。共に命を燃やす者達の、"生きる証"が自分に力を与えたと。」
資正はそう言うと大きく息を吸い、一呼吸置いた後で言葉を発した。
「名は・・・"せいしょうりゅうきの極意"。綴りは分からない。その正体も、結局は分からずじまいだった。
その後、剣道の更に奥へと進んだ某は、同じような力を得た。しかしそれは、師の行った脅威の技とは似て否なる物。」
「それが・・・調気の極意・・・。」
無言で頷き、肯定する。
穏やかな雰囲気の元で飲んでいた酒は、いつの間にか鳥肌を抑える薬と化している。
囲炉裏の薪がパチパチと燃えるたびに、周囲の気温が下がっていく気がした。
「あの力はきっと、1人では到達出来ない。直感で、それだけが分かるのだ。鍛える事で会得しようなど、野暮な事は考えるなよ。」
「・・・はい。」
心の奥を見透かされた気がした。確かに清也は、魔法も無しに空を飛べるなら、どんなに素晴らしいだろうと思った。
(だけど、肺が破れるのは嫌だな・・・。)
資正の師は自らの死を悟った末に、禁断の力を解放したのだろう。
そうしなければ、生きられなかった世界。そうしなければ、大切な物を守れなかった世界が、彼に究極の選択を迫ったのだ。
(まさに武人・・・尊敬いたします・・・。)
清也は彼の気高い覚悟に対し、ゆっくりと手を合わせた。
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天窓から降り注ぐ温かな朝の日差しが、埃っぽい寝室を照らし出す。
その後も続いた宴会は、清也が完全に酔っ払った段階でお開きとなった。
(うぅ〜ん・・・?今・・・何時だ?)
この部屋には時計が無い。だから、体感で判断する他に時刻を知る術はない。
(日光の角度的に・・・8:30かな・・・?)
「ふわぁ〜・・・よく寝た・・・。」
二日ぶりの睡眠は、快適な目覚めと共に終了した。そして、今日という日の意味を清也はすぐに思い出す。
(そうか・・・今日は卒業の・・・。)
目を瞑ると、多くの思い出が蘇って来る。
初めて資正に会った日、入門試験の肌寒さ、氷室に閉じ込められた恐怖、夢の中で自分を打ち破った感覚――。思い出したらキリがない。
小中高大の卒業式では、こんな感慨は一切無かった。
努力せずに入学し、努力せずに卒業する。そして、再び同じメンバーと共に進級する。そんな日々の繰り返しに、感慨などあるはずがない。
小中高大を合わせた16年の思い出よりも、この道場で過ごした四ヶ月半の方が、何倍も密度の高い思い出となっていた。
階段下より漂って来る香ばしい油の匂い。どうやら資正は、朝から肉を焼いたようだ。朝食には少し重いが、門出の日を祝うには相応しいだろう。
「おはようございます師匠!」
「おう、おはよう。」
一階の居間に降り、心地よい挨拶を掛ける。
最初こそ反りが合わない面も多かったが、今となっては家族同然の仲である。
清也の起床を確認した資正は、ゆっくりと振り返った。
「早速だが・・・まずはこれをやろう。」
畳み込まれ、足元に置かれていた着物を手に取り、ソッと投げ渡す。
「え?これって・・・。」
「お前の新しい衣だ。流派を背負って立つ者には、ふさわしい装束を着せねばならん。それが、師範である某の役目だ。
それに、お前はここに来てから大きく体型が変わった。以前の服は窮屈だろう。」
「まさか・・・自作ですか!?」
「当たり前だ。"一番弟子"に贈る物が、市販であるはずが無い。」
「師匠・・・!」
嬉しさで涙が出そうになる。辛かった修業でも、誰かに認められるだけで楽しい思い出になるのだ。
資正もまた、自らの剣道を受け継いだ剣士の誕生に、心躍る思いで居た。
別れは惜しい気もするが、更なる活躍を以ってより強く大成すると信じれる威勢が、吹雪清也から感じられるのだ。
「ほれ!はよ着てみんか!裾が合わねば整える必要があるのだ!」
急かすように着用を促すが、その顔は笑っている。
伝承者となった愛弟子の門出を、心の底より嬉しく思っているのだろう。
紺と藍を基調とした袴に、ゆっくりと袖を通す。内ポケットが付いており、短剣くらいなら入れておけるだろう。
胸元には小さな雪の結晶が描かれており、照り付ける朝日によって白く輝いている。
「んしょっ・・・よっと・・・どうですか?」
「おぉ!意外と似合っておるな!」
「そうですか!?えへへ♪」
丈も申し分なく、かなり動きやすい。
通気性も良く、かと言って寒くもない。ちょうど良い熱気を保つ生地だ。
「このマーク・・・じゃなくて紋章は、流派の物ですか?」
「そうだ。正確には家紋なのだが、この世界に我が血族はおらんのでな。」
少し寂しそうだが仕方ない事なのだ。転生者の多くは、家族を元いた世界に残してくる物なのだから。
元いた世界にあった物は、この世界にない。この世界にある物は、元いた世界に無いのだ。
しかし清也はこの紋章に対し、確かな既視感を覚えた――。
(・・・あれ?この紋章、どこかで・・・。)
その記憶は、おそらく地球での物だろう。
身近にあったような、かなり離れた場所だったような。どうにも記憶が曖昧で、よく思い出せない。
(父さんの・・・会社・・・?いや、有ったかな・・・?)
真剣に外装を見た事は無い。しかし見た事があるとすれば、それは吹雪カンパニーの中だろう。
(・・・まぁ、同じ東北出身ならマークも同じになるかな。)
惜しい。本当に惜しい。ここまで辿り着けば、あと一歩で閃いたと言うのに――。
残念ながら、先に気付くのは資正の方になりそうだ。
「さて清也、其方に次の贈り物をやろう。」
「え!?まだ有るんですか!?」
「おう、太っ腹じゃろ?」
真面目な顔をして自画自賛するところに、思わず笑いそうになる。しかし清也は、矢継ぎ早に訪れる面白いイベントに、興奮が冷めやらない。
どんな物だろう。期待で胸が張ち切れそうになるのを抑え、何とか鼓動を落ち着かせる。
(何だろう!?剣!?剣かな!?やっぱり剣かな!?)
剣士の門出に贈るなら、間違いなく愛刀は必須である。
清也の予想もまた、間違いでは無い。ただ、その贈り物は清也の予想とは違った。
「お前に送る物は・・・これだっ!」
バサバサと音を立てながら、細長い半紙を胸の前に持ち掲げる。そこには二文字の漢字が記されていた。
半紙の約半分ほどのスペースに、詰め詰めで書き込まれた文字は"征"と"夜"である。
「これは何ですか・・・?」
「何だと思う?」
意地悪な笑みを浮かべながら解答を急かすが、清也には本当に答えが分からない。
「えぇっと・・・元号ですか?最新は令和ですよ?」
そのポーズと、何処となく伝わってくる印象から、"それっぽさ"を感じた清也は、素直に答えることにした。
しかし、あまりに突飛な回答に呆れた資正は、声が出せないようだ。
数秒の間を置いた後に、ゆっくりと口を開く――。
「・・・新しい名前だ。」
「あぁ!名前ですか!・・・・・・ええぇぇぇぇッッッッ!!!???」
元号よりはマシだが、それでもかなり衝撃的な回答に、清也は思わず叫んでしまった。
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「え、あ、僕の名前ですか!?」
「某の名前な訳が無いだろう。」
「え、え?名前変わるんですか!?」
「それはお前に任せるが、一応表札には新たな名で記しておくぞ。」
門にある表札に、"伝承者"として名を載せる事を暗に含ませるが、清也は聞いていなかった。
「・・・どう言う名前ですか?」
名前が変わるのは変な感覚だが、選択肢を与えられると気持ちに余裕が出来た。
読み方や、その意味を聞いてから判断しても、決して遅くは無いだろう。
「其方の名前、清也は"清いなり"と言う意味が込められている。
これは本当に良い名だろう。汚れを知らぬ者であれ、と言う親の願いが籠った祈りの言葉だ。」
自分の名を褒められると、何だか少し嬉しくなる。名付けてくれた両親を讃えられた気がするからだ。
「では、なぜ変えるんですか?」
「・・・この名は、これからの其方に相応しくない。」
未来を憂うような。全てを見て来たような。悲しげな光が視線に篭る。清也にも、彼の言わんとする事が分かった。
「剣の道は修羅の道。その先にあるのは、血潮で彩られた人生だ。
だからこそ、この名では負けてしまう。美しい名では、魂に力が篭らんだ。」
その通りかもしれない。いや、間違い無いだろう。
平和な世界で、平和な生き方をするなら、"美しさ"が求められる。平安時代の貴族社会で歌詠が流行ったのも、彼らが優雅だったから。
だが、清也が生きる人生はきっと違う。資正が生きた時代もまた、弱肉強食の世界だった。だからこそ、彼の行く末が分かるのだ。
「"夜の闇を征する者"。それが新たな名、征夜に込めた意味だ。
其方がそれを認めるなら、これからはそう名乗るが良い。」
「征・・・夜・・・良い名前ですね・・・!」
呼び名は変わらないのに、明らかに力強い。魂を震わせるほどの覇気が籠った、武人の名である事が察せられる。
そしてそれは、勇者を志す者に相応しい名前でも有るだろう。
「もし気に入ったなら、上半分に姓を書け。
そうする事で呪いが宿る上に、某は其方の姓を知らんのでな。」
「はい!分かりました!」
渡された半紙に、墨と筆で力強く"吹雪"と書く。
この行為は即ち、連綿と紡がれた苗字の遺伝に新たな名を馴染ませる意味がある。
古人が功績を讃えて与えられた由緒正しい名に、新たな自分の名を自らの意思で繋げる事に意味があるのだ。
資正の達筆な文字の上に、清也が書いた雨上がりのミミズの様な文字が連なる。
見るに堪えない歪さだが、本人としては満足である。
「書けました!」
「おっ、見せてみよ!」
嬉しそうな声で本名の開示を急かす。
初対面の日に、清也の名を聞かなかった事を、実は資正も後悔していたのだ。それが気になって、ここ最近は夜も眠れなかった。
(はてさて・・・一体、どんな家の男なのか・・・。)
資正にも匹敵する剣才を持つ清也。彼が一体、どのような血を引く男なのか。気になるのも当然である。
名字を聞けば、その者の出身地は分かる。それが自分と同じ東北の出身なら、尚更である。
資正もまた、清也に本名を明かしていなかった。
自分から"明かす意味がない"と啖呵を切っておきながら、先に教えたのでは格好が付かないからだ。
そんな中、ついに清也が振り返り、己の本名を叫んだ――。
「今日から僕の名前は!"吹雪征夜"です!!!!!」
沈黙と静寂が、暖かな居間の気温を下げる。何とも言いようがない空気が、2人だけの空間を包み込む。
大きく目を見開いた資正は、深く息を吸って心を落ち着けた。取り乱しては、格好が付かないからだ。
「某の剣が"馴染む"のも、ある意味で当然か・・・。」
自らが生きた世の、遥かな未来の産物を眼に捉えながら、1人の"剣豪"は大きな嘆息を漏らした――。
"征夜"の立ち絵、目の部分を少し下げてみました。
幼さが減って、若干ハンサムになってます。・・・多分!