EP132 年老いた怪物
結論から言おう。花の提案したノート作戦は、驚異的な成果を見せた。
元より筋力だけは鍛えられていた清也だったが、その有り余った力の使い方を、やっと覚える事が出来たのだ。
その日に習った事、稽古中に気付いた事、明日の目標、その三つを与えられた半紙に書き込むだけで、清也の修業効率は抜群に向上した。
そして、一ヶ月が経った――。
(よし・・・今日もやるか・・・!)
雪山に日課の狩りをしに来た清也は、太い幹を以って聳え立つ大木の根元を叩くと、心の中で意気込んだ。
「すぅ〜はぁ〜・・・でやぁっっっ!!!」
深呼吸をして、掛け声と共に力の限り跳躍する。
地面を踏み締めていた彼の足は、いまや地上5メートルにある太枝の上へ乗せられていた。
(ハトは打ち落とせる・・・鷹は美味しく無い・・・あっ!カモがいる!今日の夕飯はカモにしよう!)
見晴らしの良い高所から、獲物に狙いを定める。視界に映っただけでも三種類の鳥類が、清也の標的となった。
(あれは・・・ツバメかな?落とした事無いんだよなぁ・・・。)
もう一種類いる鳥は、どうやら清也には難度が高いらしく、食材候補には上がらなかった。
(鳥を狩ったら、次は鹿を狩りに行こう。禁足地の奥には、まだ沢山いるはず。)
密かに次の獲物を決めた清也は、脇腹の下で握り締めた木刀を、斜め右下に向ける。
「よし・・・行くぞっ!!!」
狙いを十分に定め、標的に向かう進路を決定する。そこまですれば、後は実際に的を落とすだけだ。
現在地の大木の枝を踏み締めて、再び跳躍する。そして猿のように枝と枝を駆け渡っていく。
そして、樹上を駆け巡る過程で目に入った標的を、清也は決して逃がさない。
「まずは一羽!」
捕食者から逃れようと羽ばたいたハトを、清也は木刀一本で難なく打ち落とす。頭部を殴打し、昏倒したのを確認するより先に、羽を掴んで背負い込んだ籠に放り込む。
まさに一瞬の早技。それを何十回も繰り返す事が、現在の彼が行う狩猟スタイルである。
枝に止まり羽を休めるハト、樹上を優雅に飛んで行く鷹、湖から群れで飛び立とうとするカモ、それらを片っ端から打ち落とした後、彼は禁足地の鹿を狩りに向かったーー。
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「今日も大漁だ〜!」
鼻歌を奏でながら、清也は浮き足立って山道を下って行く。
背負った籠には、叩き落とされた鳥たちが折り重なっている。何匹かはまだ生きているが、鍋に放り込まれれば、結局は同じ事だ。
そして刀を持っていない方の手には、タンコブが出来た鹿が抱えられている。
この一ヶ月間、清也はまさに飛ぶ鳥を落とす勢いで成長して行った。いや、もはや進化と言っても過言では無い。
彼はその進化に、半ば有頂天になっている。傲慢な態度を取る事は無いが、自分の実力を過信し慢心する節があった。
グァオォォォォ!!!
「出たな熊!勝負だッ!」
纏わりついた血の匂いが、禁足地の主を呼び寄せた。
熊は既に繁殖期に入っており、その上に縄張りを侵食されたとあっては激怒して当然である。
巨大な咆哮で周囲の粉雪を巻き上げながら、熊は大きく腕を振りかぶり迫って来る。
しかし彼は、その姿を見ても何の動揺も起こさない。
(下がガラ空きだ!)
武術の概念を知った清也には、もはや熊など敵では無かった。
弱点と攻略法を瞬時に判断し、的確な斬撃を加える"作業"。それが彼の戦闘だ。
懐に潜り込んだ清也は、抱き込んで爪を突き立てようとする熊の手を、手首から頭上に切り上げた。
人とは思えない怪力によって、攻撃を見事に弾かれた熊は腹部を剥き出しにしてしまう。そこまで大きく体勢を崩した隙を、清也が見逃すはずが無い。
「もらった!!!」
バシーンッ!!!
木刀が熊の胸板を打つ音が、粉雪のチラつく森林に響き渡った――。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ただいま帰りました〜!」
「おう、おかえり。」
薪を割っていた資正に、清也は勢いよく挨拶する。
花との再会以来、師弟としての関係性も大きく改善された。
教えた事をきちんと学び取るようになった清也は、資正の望む剣士に至る道を歩み始めたからだ。
出来の良い弟子に対する愛着も、少なからず有るのだろう。最近は褒められる事も増えてきた。
「見て下さい師匠!ハト5羽、鷹3羽、カモ8羽に、鹿と熊が一頭ずつです!」
「うむ、そろそろ空中戦にも慣れてきたか?」
剣道を教える上で、空中戦を考える事はまずあり得ない。
しかし、氷狼神眼流はあらゆる状況下に対応出来る事を、モットーとして掲げているのだ。
鳥を撃墜する狩りの手法も、その鍛錬である。
「はい!ある程度なら!」
「なるほど・・・地上での戦いは申し分無い。
空中でも動けるようになったなら、いよいよ基礎鍛錬は終わりかも知れんな。」
「はい!基礎鍛錬は終わ・・・・・・えッッ!!??」
あまりにも唐突な宣言に、思わず面食らってしまう。
これまでの二ヶ月間、地獄のような特訓を繰り返して来た生活が、突如として終焉を迎えるかも知れないのだ。その衝撃は計り知れない。
「お、終わるってどう言う事ですか!?」
「簡単な事だ。カカシを殴る稽古をやめる。素振りの回数も減らそう。」
「ほ、本当ですか!?じゃあ、これで修業は終わりって事・・・では無さそうですね。」
資正の冷たい視線に圧されて、発言をその場で撤回する。
冗談のつもりで言ったのだが、割と本気で嬉しそうな顔をしていたのが癪に触ったのだろう。
「ここから先は、お前の事を門下生として扱う事は無い。」
「・・・え?は、破門ですか・・・?い、いや今のは冗談のつもりで・・・。」
謝罪しないとまずい。そう思って、まずは釈明から入ったのだが、その必要は無かった。
「今日から、某はお前の事を"伝承者の候補"として扱う。清也、お前は次代の氷狼神眼流を担う剣士になれ。」
「あぁ!なるほどそう言う事ですね!門下生じゃ無くて伝承・・・・・・ええぇぇぇぇッッッッッ!!!???」
「うるさいぞ。」
「え?あっ!?え?ぼ、僕が、伝承者ですか!?伝承者って、あの、凄い人ですよね?強い人ですよね?」
あまりにも唐突な宣告。先ほどの何十倍も、その衝撃は大きい。
弟子に入って三ヶ月。剣術を習い始めて、僅か二ヶ月である。そんな清也が背負うには、あまりにも巨大な称号だ。
「凄いかは知らん。強いかはお前次第だ。だが、お前の他にアテが無い。選択肢が無いなら、お前にしか任せられんだろう。
某もいつ死ぬか分からん。伝承者を残せるなら、残すに越した事は無い。」
「し、師匠・・・。」
あまりにも若々しい身のこなしと、衰えを感じさせ無い活力。
清也は彼の事を老翁と意識した事は無かったが、既に齢300を回っているのだ。いつこの世を去っても、何らおかしく無い。
「修練場を変えるぞ。山の向こうに竹藪がある。そこで次の修業をする。」
「はい!わかりました!」
元気良く返事をする清也。自信と期待に満ち溢れた笑顔を浮かべ、大きく頷いている。
「ただ、一つだけ聞いても良いか?」
歩み出そうとする資正は、突然立ち止まると清也の方は振り返った。
「はい!何でしょうか!」
修業についての覚悟を聞かれるのかと思い、心構えを示そうと息巻いている。
しかし質問の内容は、予想から大きく外れていた。
「お前、そんなに肉を食うのか?」
「・・・ハッ!確かに・・・。」
狩るのが楽しくて、無我夢中で撃墜し続けていた。
しかし、普通に考えてこれほど肉を食べる必要は無い。
「フッ・・・馬鹿な弟子だ・・・。」
資正はあまりにも短慮な弟子が可笑しく思えて、思わず笑ってしまった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
不思議な光景だ。雪山を抜けた先に積雪は無く、木漏れ日の差し込む竹林が広がっている。
温かな日差しが差し込むその場所は、雪山暮らしで冷え切った清也の心を癒していく。
そして、鬱蒼と茂る竹林の奥深くにある広場、何も生えていない円形の空き地にて、資正は歩みを止めた。
「着いたぞ、ここでお前に新たな修練を授ける。」
「はい!よろしくお願いします!」
「では修業に入る前に、一つお前に聞いておこう。伝承者の資格とは何だ?」
「えっ・・・。」
清也は言葉に詰まる。伝承者という言葉の響きは知っていても、それを成す要素については何も知らない。今ここで、資格とは何たるかを推理する必要がある。
清也は考える。そして熟考の果てに思いつく。
資格。それはきっと、流派の根幹をなす要素を受け継いだ証だろう。そして、それこそが伝承の対象になる。
(流派の根幹・・・氷狼神眼流は、跳躍の速度と鋭さに大きな特徴がある。しかしそれは根幹じゃ無い。
姿勢を低く、隙を見せずに敵の懐を常に窺う。そして無傷で継戦する。その為には、接近戦以外の方法での攻撃も用いる。・・・そうか!)
流派の特徴を反芻する。元より氷狼神眼流は、あらゆる武術を融合させた事により、通常の剣術流派とかけ離れた性質を持っている。
飛ぶ鳥を撃ち落とすほどの、縦横無尽な跳躍。
熊の懐に潜り込めるほど、低く深い構え。
無傷での継戦を第一とする、刀による鉄壁の防御。
受け流しと反撃を同時に行う、しなやかな足捌き。
まさに"邪道"とも言える、真空を用いた遠隔攻撃。
その全てが、あらゆる戦法を可能にし、目的の確実な遂行を促している。
では、その教えを最も良く体現しているのは、一体何なのだろうか。清也には、それが分かった。
「"奥義"の習得・・・。」
「うむ、半分正解だ。確かに、奥義の習得は必須事項だ。」
「では、後の半分は・・・?」
「答えは簡単だ。」
資正はそう言うと、腰に差した木刀を清也に向けて、勢いよく抜き放ったーー。
「え・・・?ま、まさか・・・。」
「開祖に打ち勝ってこそ、真の伝承者なり。
さぁ・・・来い清也!某を打ち破り、氷狼神眼流伝承者となれ!」
無茶振りとしか思えない。剣の道を既に300年近く歩んでいる者に、僅か2ヶ月の修業で勝てと言うのだ。
そして何よりも、その強さは伝説が証明している。
(舞のように剣を振るい・・・空気をも凍らせる冷気を放ち・・・光を超える速さの斬撃で・・・数多の邪神を打ち砕いた・・・。)
多少の誇張は入っているだろう。しかし、事実無根のはずが無い。それは三ヶ月を共に過ごした清也が、一番よく知っている。
刀を握って向かい合った今、目の前にいるのは老人では無く、剣士・資正なのだ。そして、かつて狼の勇者と呼ばれた男その人でもあるーー。
(勝てるのか・・・?邪神を斬り倒した人だぞ・・・。)
真剣勝負では無い。それなのに、自然と恐怖を感じてしまう驚異的なプレッシャーが、相対した資正にはあった。
足がすくみ、自然と怖気づいてしまう。そして一度意識すると、目の前にいる相手が、とてつもなく巨大に見えて来る――。
「来るのか!来ないのか!ハッキリせんか!」
「は、はい・・・。」
覇気の篭っていない返事。消え入りそうな声が、喉を通って僅かに出て来る。
「何を怯える事がある!お前は24、某は300だ!こんな老翁に負けるほど、軟弱な稽古を付けた覚えは無い!」
「で、でも・・・。」
心が折れそうになる。戦う前から、既に負けているような錯覚が、清也の全身に突き刺さる。
資正の言い分も、捉え方次第だろう。
確かに彼は、若き日の自分と比べて、大きく衰えている。特に肺活量などは、比較にならないほどだ。
しかし、鍛錬に注いだ時間は無駄になっていない。
300年分の経験と研鑽の記憶が、資正に衰えを補って余りある実力を持たせている――。
「待っている女がいるのだろう!ならば、老翁一人倒せんで、一体どうするのだ!」
「そ、そうですが・・・。」
心が揺れる。安易な方に、痛く無い方に、危険で無い方に流されそうになる。
(そ、そんな突然、伝承者なんて・・・!僕はただ・・・花を守れるくらい・・・強くなれれば・・・強くなって・・・彼女を・・・。)
考えても考えても、花の顔しか頭に浮かばない。
しかしそれでは、資正に勝とうとする意志など、湧くはずが無い。何故なら彼は、花に危害を加える敵では無いからだ。
思考の迷宮に埋まり込む。どうすれば勝てるのかよりも、何故戦うのかについて、考えが集中してしまう。
(勝てない・・・勝てるわけ無い・・・!もう十分に強くなった!そうだよ!今ならきっと、魔王にだって勝てる!)
希望的観測を浮かべる自分。当然、それが真実で無い事など気付いている。
(師匠とは戦わなくて良い!そうだよ!だって、僕はあんなに強くなったのに!)
強くなったからこそ、果敢に挑むべきだと言う思考が、頭の中に湧いて来ない。
このような場面で、彼の成功体験の少なさが響いて来る。
受験に勝ち、部活の試合に勝ち、定期試験で友人に勝つ。そう言った小さな勝利と、競争の羅列によって大人という存在は作られる。
それを経ていない者は、たとえ力が強くとも所詮は仮初である。
怖い物を知らないだけであり、勇気を知っている訳では無い。
だがそんな清也にも、確かな成功体験があった。
それは、自分の弱さを打ち破ったという、人間界における"究極の勝利"だった――。
(弱い自分を消し去って、天空を舞う不死鳥となる!)
脳内に響いた決意の声。一筋の光が、清也の思考回路を瞬く間に希望で照らし出して行く。
その果てに清也は、ある大切な物を思い出したーー。
(待てよ・・・違うぞ!何を言っているんだ僕は!
もう忘れたのか!弱い方に流されるな・・・!僕は決めたじゃ無いか!弱い自分を殺した・・・!そして・・・!)
三ヶ月前の決意、殺人の贖罪として求めた夢、剣士としての巨大な指標、清也はそれを思い出したのだ。
心のうちに沈み込んだ闘志が、熱く燃え上がりながら浮上して来る。
「まさかお前は、師よりも弱いままで修業を終えるつもりだったのか!そのような覚悟、武士から見れば片腹痛いわ!
弟子は師を超えて、ひとかどの剣士になるのだ!老翁にも勝てん剣術を伝承して、一体何の意味がある!!!」
資正は未だ俯いたままの清也に対して、叱咤と激励を込めた説法を説いている。
耳に届いていない事も気付かずに、ただひたすら持論をぶつける事で清也を奮い立たせようとしているのだ。
「僕は・・・強くなります・・・!」
「うん・・・?」
あまりにも唐突に、清也の意識が現実に向いた事で、資正は少しだけ驚いた。
小さいが、再燃した熱の篭った決意が、彼の口から放たれる。
「この宇宙の誰よりも強くなって・・・より多くの人を救って見せます・・・!
だから僕はあなたに勝って、まずは"世界最強"になります!」
戦闘レベルの低い平和な世界。その世界における最強は、きっと難しく無いだろう。
勇者として魔王を倒せたなら、それは限りなく最強に近い存在だ。
しかし、そんな魔王さえ霞んでしまうほど、圧倒的に強い存在が、目の前にいる気がした――。
「ハハハ・・・大きく出たな!まぁ良い、大志を抱くのは若人の特権だ・・・!」
資正は否定しない。自分の実力を過信する気も、傲る気も無い。ただ、事実として理解していた。
300年前の日本。江戸幕府が成立し、真の天下統一が成された時代。各地における大規模な戦は、徳川の下で収められた事だろう。
しかし武士の放つ闘魂は、未だ根強く残っていた。
大砲による城攻めが行われる時代であっても、決して肉体の研鑽を忘れる者はいなかった。
直近数十年まで大合戦の連続だった、江戸時代。
ここ300年は目立った戦乱が存在しない、太平の世界。
平穏な現代社会から見て、どちらがより"異世界"と呼ぶに相応しいかは、口に出すまでも無い。
(やはり、この人が最強だ。今、確信した・・・まだ見たことも無いけれど・・・魔王よりも、この人の方が何倍も強い!)
資正は魔法を殆ど使えない。だからこそ、魔王と言う魔導の頂点と比べるのは、お門違いも良いところだ。
しかし単純な体術や腕力、仙道にも通じる身のこなしは、決して魔王などに劣らない。
清也は大きく深呼吸し、戦う覚悟を決めた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
木刀を向け合いながら、ジリジリと睨み合う二人の剣士。
片方は熟練の極致にあり、もう片方は新参者だ。
しかし、気迫では負けていない――。
「どうした?来ないのか?」
誘うような手つきで、清也を誘い寄せる資正だが、その手には乗らない。
いや、むしろ乗らせない為の忠告であり、これは一種の試験だ。
「氷狼神眼流教義・第一条・"先手必敗"!」
「フフフ・・・上出来!」
満足そうに笑みを浮かべる。
氷狼神眼流は無傷での継戦を、第一目標とする流派だ。言い方を悪くすれば、相手に攻めさせる剣術。
自ら踏み込んで、相手の間合いに入るなど愚の骨頂だ。
「このままでは埒が開かぬな。・・・仕方ない。お前の判断力に免じて、師として譲歩するとしよう。」
聡明な弟子を褒めながら、油断を誘う。しかし清也は、そんな考えは見通している。
「おだてても、隙は見せませんよ。」
刀の柄を強く握り締め、相手の重心を必ず視界の中央に保つ。これが流派の基本であり、武道の基本だ。
緊張の中でも冷静に、ノート代わりに半紙へ書き込んだ内容を実践する。
「ならば・・・こじ開けるのみ!」
資正は突然、攻撃の宣言を放った。
せせらぎの響く竹林に、大きな怒声が反響し、清也に迎撃の構えを取らせる。
足腰に力を込め、重心を全身へと均一に流す。手足の先端まで、咄嗟の判断で動かせる状態に持っていく。
しかし、資正が姿勢を低くした瞬間。世にも不思議な事が起こったーー。
「・・・ハッ!?き、消え!うぉぶああぁぁぁぁっっっっっ!!!???」
ガガガガガンッッッ!!!!!ズシャッ!
何が起こったのか。少なくとも清也の目に、その答えは映っていなかった。
ただ分かる事。それは何も見えなかった事だけだ。
「え・・・?あ、あれ・・・?」
「どうした清也!立て!」
「え?・・・え?もしかして、僕負けました・・・?」
尻もちを付いている事に、立ちあがろうとして気が付く。
そしてどうやら、自分の体は広場を通り越し、竹林の半ばまで吹き飛ばされたようだ。
「あ、あの・・・一体何が起こったんですか・・・?」
「見れば分かるであろう。五連斬をお前の両手、両脇腹、そして面に加えたのだ。」
「・・・へ?うわ、いったあぁぁぁいッッッッ!!!!」
意識すると、途端に激痛が湧いて来る。資正の宣告は、どうやら本当のようだ。
確かに、斬られた覚えの無い五箇所に、拳大の打撃痕が残っている。
(ほ、本当に・・・何も見えなかった!い、一体どうなってるんだ!!??)
「安心しろ、最初から"負けられる"などとは思っておらん。
某の速度に慣れ、それを奥義・金剛霜斬で打ち破る。それがお前に課す課題だ。」
清也は、最初から勝てると思っていた。いや、負けるとは思っていなかった。
冷静さと闘志を取り戻した自分なら、そう簡単に負けるはずが無いと思っていたのだ。
しかし、この完全敗北を以って、その考えは甘かったと思い知らされた――。
「まだやれるな?」
「はい!もう一度おねがいします!」
刀を握り締め再び立ち上がる。今度は折れない。そして諦めない。
勝つために負け、その敗北から学び取る。それを幾度と無く繰り返す。
そうして少しずつ、"年老いた怪物"との力量差を埋めていく。
結局その日の戦績は、勝利数50対0。与えた打撃数150対0。放った打撃数150対0だった。
資正は狙った場所を決して外さない。そして、清也に打撃を放つ隙を与えない。
その結果として、この驚異的な完封試合が成立したのだった――。




