EP121 頼り無い
「やったぁぁっっっ!!!着いたぁっっ!!!」
日没を過ぎ、空が暗黒に染まった頃、清也は遂に地図に記された場所へ辿り着いた。娯楽のない道中を、ひたすらに歩き続けて来たのだ。その嬉しさは並大抵ではない。
「着いたのは良いけど・・・寒い!」
そこは、本当に不思議な場所だった。
初夏の蒸し暑さが残る草原の片隅に、巨大な山が聳え立っているのだ。しかし、そこまでは大して不思議ではない。
問題は、そこが雪山である事だ――。
「こ、凍えちゃうよ・・・。え、えぇと・・・何か暖まれそうな場所は無いかな?」
清也は暗闇の中で必死に目を凝らす。
そして山の麓に、小さな明かりを見つめた。白い煙が縦向きに立ち上っている。
「・・・たぶん、あそこが目的地だな。」
清也はその灯火こそが地図に示された物であると悟り、足早に駆けて行った。
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間近で見ると、予想していたよりも大きな建物だ。三階建てくらいだと思われる。
何よりも特異なのは、この世界で一般的な西洋建築では無く、木造の和風建築であるという点である。
立派な門構えの横には、縦向きの木製立て札が掛けられていた。
「氷狼・・・神眼流道場・・・?」
何故音読みしないのか、これが分からない。
「師範・・・××資正・・・?いや、違うかな・・・。」
今回は仕方ない。江戸時代の名前を正しく読むのは、流石に厳しい。
それに加え、立て札は所々黒ずんでおり、師範とされる者の苗字は見えない。
「取り敢えず、入ってみるか。」
清也は呼び鈴があるにもかかわらず、無断で門を開けて中へ入ってしまった。
こういったところで、社会経験の浅さが響いてしまう物である――。
石畳の道を進んでいき、砂利庭園を抜けた先にある横開きの扉に触れる。
光が漏れ出る源泉はその扉であり、奥からは人の気配が感じられる。
(い、良い匂いがする・・・鍋かな・・・?)
窓から溢れ出る煙には料理の匂いが込められ、美味しそうな気配が漂ってくる。
(は、入らないと、どうしようもないよね・・・。)
「ご、ごめんくださ~い!」
清也は大声で挨拶しながら、扉を開けた。
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扉を開けると中には白髪で、豊かな髭を生やした老人が座り込んでいた。
目を瞑ったまま、囲炉裏に掛けた鍋を箸のようなもので回している。
彼の放つプレッシャーは尋常ではない。
”本物の武士”だけが放つ威圧感のようなものが、清也の皮膚にヒリヒリと突き刺さり、鳥肌が立ってしまう。
「え、えぇと・・・資正さんですか?」
清也はここまでに、数々のタブーを冒している。
呼び鈴を鳴らさずに敷地へ入る。突然大声を出しながら、夕飯の席へと踏み入っていく。名を名乗る前に相手の名を知ろうとする。
たとえ現代人であっても、神経質な者ならこの時点で追い返すような非礼である。
否、普通に犯罪である。礼節を重んじる侍が、どのような心境でいるのかは想像に難くない――。
「資正だ。最近の若人は礼儀を知らんのか。」
目を合わせるどころか、目を開く事すらせずに返事をする。
流石の清也も、相手が不機嫌になっている事は察せられる。
「し、失礼しました!僕の名前は清也、名字はふ」
「血族の力を示すほかに意味の無い姓など、明かさなくて良い。」
名字を明かす暇さえも、資正は与えてくれない。
しかし清也にしてみても、名字を明かして得られる物はその程度な気がしてならなかった。
「ワシの元に来た・・・と言う事は”勇ある者”を志しての事か。」
「は、はい!僕は勇者を目ざ、うわぁっ!?」
資正は突然、右手の中指と人差し指で素早く空を切った。
すると、その指が動いた向きに沿って、清也の頭上を真空刃と化した鋭い風が掠める。
俗にアホ毛と呼ばれる、彼の頭頂部で逆立つ髪は、スッパリと切り裂かれた――。
「人の話は黙って聞け、愚鈍な若造よ。
お前の心には憧れと甘え、焦りと興奮、怒りと恐れが混在している。どれもこれも、明鏡止水を極めし真の武者には不要なものだ。
今のお前は煮え切ることも、煮えない事も出来ない半熟。自らの将来を熱望しつつも、何もなし得たことがない存在。お前が目指す者は、今のお前とは程遠い。
見せかけの優しさで臆病な本性を隠し、偽りの強さで本当の弱さを隠している。
お前の心には増長も見える。新天地で宝を手に入れ、自分には何かを為す力があると信じているのだ。他力に頼らず、何かを大成できるのだと。
今のお前は"無頼"を志していながらも、本質はその真逆、"頼り無い"であろうな。何とも、つまらない男だ。」
資正は全く目を開く事も無く、一瞬にして清也の全てを見抜いた。
彼がこの数日間、心の中に溜め込んでいた鬱屈した気分を、即座に言語化したと言っても過言では無い。
バッサリと自分の本性を切り捨てられる感覚に、彼は清々しさを感じる事しか出来ず、返答に困ってしまった。苦言を呈されている筈なのに、悪い気が一切しないのだ。
「え、えぇと・・・素晴らしい観察眼ですね。流石、神眼流です・・・。」
反論も同調も出来ない彼は、思ったことをハッキリと言葉にしてしまった。
しかし資正にしてみれば、上から目線な誉め言葉でしかないのだ。
「これは心の眼とする心眼だ。武の道を往く者が、年の功を以ってして得られん物でもあるまい。
神の眼とする神眼は、お前ごときが使いこなせるものとは思えんな。」
「は、はぁ・・・そ、そうですか・・。」
会話が完全に平行線である。強すぎる拒絶に対して、清也はどうする事も出来ない。
「あ、あなたは勇者様ですよね?
実は、あなたの仲間に紹介されてここへ来たんです!僕に稽古をつけて頂けないでしょうか!」
折れそうになる心を鞭打って、必死に資正へ頼み込む。
しかし当の本人は、まだ清也の姿を瞳に映してすらいない。
「氷狼神眼流は剣道と数多ある武術の融合。大気さえも味方につけ、流れのままに刀を振るい、太刀筋の中に未来への軌道を描く。
よって流れる水を見切る力、明鏡止水が不可欠だ。真の武士にしか得られないその力が、お前にあるとは思えん。
ここを知らされる者は皆、我が戦友によって見込まれた才気有る武士だけだ。老若男女を問わず、多くの者を奴は此処へよこしたが、わが流派を極めし者は未だかつて存在しない。」
「えっ・・・。」
それほどまでに会得難度の高い剣術流派であると思っていなかった清也は、思わず言葉を失った。
決して、甘く考えていた訳ではないのだが、その動揺は資正からは見え透いた物であった。
「分かったなら、早く去るが良い。・・・いや、今日はもう遅い。二階へ泊って行くが良い。」
一方的に畳みかけられる。しかし清也は、こんなところで諦める訳には行かないのだ。
「嫌です!僕は強くならなければいけないんです!お願いします!稽古をつけてください!」
それを聞いた資正は、わざとらしく大きな嘆息を吐き、一つの提案をした。
「聞き分けの無い奴だ・・・良いだろう、かかって来るが良い。
ワシはこれから鴨鍋を食すのでな。もしもワシが認める才があれば、今夜の卓を囲むことを許してやる。」
「・・・わ、分かりました。」
清也は仕方なしに、その提案を受け入れた。
腰に差した剣を足元に置き、邪魔になる上着を脱いだ。
しかし資正は突然、雪山中に響き渡る程の声で激を飛ばした――。
「何故刀を下ろすか!!!手前の力への渇望はそんな物か!!!!!」
「ひぃっ!!」
清也は驚きで情けない声を上げてしまった。恐怖で声が震えてしまう。
「で、ですが、刀を使うのは卑怯なんじゃ・・・。」
「この馬鹿者めがッ!ワシの周りは武具で溢れ返っておろうが!!!
そして手前には既に、手の内を明かしておる!そういった詰めの甘さが!お前の弱者たる所以だと、この頃にして何故分からんか!!!」
「ぐはぁっ!!」
資正が叫ぶと、十本の素早い真空刃が清也の体の外縁を掠めて行った。
瞬く間に数か所の切り傷が生まれ、服はズタボロにされてしまった――。
「もう、お前など本当に知らん!はっきり言おう、心底どうでも良い!
殺す気で掛かって来るが良い!殺される気も、攻撃する気も起きんからなっ!!!これを聞いて、手前は安心したであろう!勝手にしろ!軟弱者がっ!!!」
(ぐっ・・・そんなところまで見通しているのか・・・!)
清也は確かに、”攻撃する気も無い”と言う言葉を聞いて安心してしまった。
真空刃の矛先が、再び自分に向かう事は無いのだと知り、緊張がゆるんでしまったのだ。
「ま、負けている・・・!僕はもう、始まる前から負けているのか!」
清也はつい、自分の心中を叫んでしまった。
自分の情けなさを呪う気持ちが、そうさせたのだろう。今の清也は完全に、自分と言う存在を見失ってしまった。
(でも、やるしかないんだ!なんとしてもこの人に!認めてもらうしかないんだぁッ!!!)
清也は足元に転がった剣を、力強く腰の位置で握りしめた。
右半身を後ろにひねり、左手を柄に乗せる。
(たしか・・・こうして・・・。)
腰を低くして、相手を斬るための気合いを膝下に込める。
しかし、いざ清也が走り出そうという時、資正はある意味で”最初の教え”とも言える忠告をした。
「抜刀術を使うのか。・・・刀の傾きが逆だ。その刀身の短さなら、袈裟斬りを基本とした切り上げとなるだろうに、何故刃を上に向けているか?
まぁ、一撃目から居合による攻撃に用いる根性は評価する。素人がまともに使える技かどうかは、また別の話だが。」
「わ、分かりました!気を付けます!」
初手から抜刀術を使おうとしたのは、学生の頃に漫画で見た奥義を思い出したから。だが、今更そんな事を言える筈が無い。
とは言え、やっと会話と呼べる物が成立し、清也は自然と嬉しくなる。
しかし資正は依然として、その眉を動かしてすらいない。
「それでは、いきます!はあぁぁぁぁっっっ!!!!!!!!!」
力の限り叫びながら、全力で向けて駆け込んでいく清也に対し。
「では、冷めないうちに食すとするかの。・・・いただきます。」
ある意味、開戦の合図とも言える独り言を発した資正は、悠々とした手つきで鍋に手を付けた――。




