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EP120 戦闘の才能


 本当に、一瞬で勝負がついた。

 いや、その一閃が致命的だった。男にとっても、清也の抱く()()()()()()にとっても――。


「死になぁっ!!!クソガキぃ!!!」


 男は大きく刃を振りかぶり、迫ってくる。清也は一歩も動かずに、木棒を正面に構えた。

 普段の彼ならば、怒りのままに男を迎え撃っていただろう。だが、今回の彼は何処までも冷静だ。




「消えろ。」




 その一瞬はまるで、永遠のように感じられた。


 激情に駆られた清也の血管の中で沸々とした酸素が流動し、一気に上昇した体温が周囲に強烈な熱気を放っていく。

 そうかと思えば、冷淡さと冷静さを秘めた冷たい気流の流れが、全身に迸っていき周囲の気温が下がった気もする――。


 清也はまだ知らない。これこそが、彼の中に眠る才能が()()した瞬間である事を。


 強烈なプレッシャーが、清也の周囲の気流を乱れさせた。否、彼の味方をした。

 そして清也には、その気流を斬り捌いた軌道の先に”一筋の光”が見えた。


(そこが・・・正解・・・。)


 意図せずに発現した、不思議な感覚に導かれた清也。

 彼はその時、”気圧の裂け目”とも言える空間を力の限り斬った。

 極限まで集中した彼の目には、その空間がまるで歪んでいるように見えたのだ。




 清也の放った渾身の打撃は、男に届かなかった。

 しかし、彼の振るった棒により導かれた気圧の唸りは、鋭い真空波となって加速し――。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 どうして、こうなったのか。清也にはそれが分からなかった。

 気がつくと、盗賊の男は仰向けに倒れ込んでおり、清也の手には血塗れの棒が握られていた。


「・・・ハッ!」


 清也は急いで男の脈を確認する。

 そして気付かされる。彼が既に死んでいる事実と、その死因を――。


「斬り・・・傷・・・?」


 男の首にある致命傷は、明らかに打撲痕ではない。鋭利な刃物でザックリと斬られた痕である。

 清也は持っている棒を確認するが、その先端に肉が突っ掛かりそうな部分はなく、全体的に丸みを帯びている。


「この人を・・・殺したのは・・・僕・・・?」


 後悔はしていない。しかし罪の意識は、それとは別に存在する。


「ぼ・・・僕が・・・?人を殺した・・・?でも、どうやって・・・?」


 実感が全く湧かない。

 人を殺した事も、その方法についても、自分の事のように感じられない。

 呆然としているというのが、今の彼を形容するのに最も適切な言葉だろう。


「斬り傷・・・?どうやったんだ・・・?」


 本当に分からない。殺害の瞬間が、フワフワとした記憶になっているのだ。


「と、取り敢えず・・・埋葬しないと・・・。」


 清也は一度、気分を落ち着けるために三人分の墓を掘った。

 穴を掘る最中に顔が潰された女の死体、頭を砕かれた女の死体、首元を切られた男の死体を幾度となく凝視してしまう。


「二人はこの人に殺された。僕はこの人を殺した。この人を生かしたら、もっと多くの人が死んでいた。・・・三人の中で、僕が与えた傷痕が一番小さいんだな。」


 埋葬が終わってもなお、清也には殺人の実感が湧かない。

 その代わり、三人の苦痛に満ちた顔を見ている中で、不思議な感慨に囚われたのだった――。


~~~~~~~~~~~~~


 清也はその後、三日三晩歩き続けた。


 できる限り川に沿って歩き、夜はしっかりと休む。そんな日々を、ゆったりと過ごしていた。

 あれ以来、目立った出来事は特になく、ただ時だけが過ぎて行ったのだ。


 そして遂に、地図の場所の近くまで来た清也は、日没前に一休みする事にした。


「あと、二時間もあれば着くかな・・・ちょっと休憩しよう・・・。」


 木陰に座り込み、腰に差した剣を地面に下ろす。

 清也はこの動作を、この数日間で幾度となく繰り返していた。そして、いつも同じ事を感じていた――。


「やっぱり・・・お前、成長してるな?」


 清也は独り言を呟く。いや、人ではない物に話しかけている。

 その視線の先にあったのは、彼の愛刀・フローズンエッジだ。


「お前はまだ、人を殺した事が無いのか・・・羨ましいよ。」


 清也は疲れたような表情で、自らの愛刀に話しかける。まるで、一人の友人のような口調である。


「僕に合わせて、ちょっとずつ()()()()んだろう?まだ、本気を出せてないんだね。」


 剣は返事をしない。当然である、それは剣なのだから。


「君を使いこなせないのは、僕のせいだ。でも、君を人殺しの道具にしたくないよ・・・。」


 清也の瞳から、大粒の涙が出てきた。

 あの日以来、剣に話しかける奇行は、彼の心を保つ為の支えにもなっていたのだ――。


「こんな僕でも、誰かを守れるのかなって思って来た・・・。

 でも、僕が今までしてきたのは、人殺しだけだ。そんな僕が、()()なんて、名乗っても良いのかな・・・。」


 剣を抱き抱え、握り締めながら泣く。

 ヒンヤリとした感触が、清也の心を清めていくようだ。


「魔王を倒す。いや、()()のが僕の使命なら、罪を背負う覚悟が必要なのかな・・・。その覚悟が、あそこに行けば分かるのかな・・・。」


 地図に描かれた白い山の絵を思い出しながら、消え入りそうな声で呟く。

 その姿はどう見ても、”勇者”の姿とは思えない――。


「やるしかないんだ・・・やらないと、多くの人が死ぬんだ・・・。

 僕がやらないと・・・僕たちが、やらないと!」


 魔王を殺さねば、もっと多くの人が死ぬのだろう。

 盗賊を一人殺した程度で落ち込んでいたのでは、先が思いやられる。それが正論の筈だ。


 だが清也は、それでも人を殺したくないと思った。

 殺さずに済むのなら、その道を選びたい。だが、命を奪わずに悪を正すのは、殺す事の何倍も難しい。


「強くなる・・・!傷付けないで、守れる力を得るために!」


 再び歩み出す体力を取り戻した清也は、沈んで行く夕日に向かって叫んだ。

 そして、”勇者ではなく一人の男として”誓いを立てた。


「僕は!この”宇宙の誰よりも強くなってやる”!

 大切な人を・・・いや、”より多くの人”を救うために!!!強くなってやるからなぁぁっっっ!!!!」


 力の限り絶叫する。

 転生前の清也なら、こんな事はしなかっただろう。

 人を殺す前の清也なら、こんな誓いは立てなかっただろう。


 これは、成長の証なのかも知れない。だからこそ、悲しくも思われる。


 何故なら遥かな未来で、彼はこの誓いを悉く逸脱するのだから――。


 何はともあれ、心の中の燻りを発散した清也。

 彼はそのままの勢いで、夕日に照らされる草原を一目散に駆け出して行った。

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