EP117 久しぶり
花とシンがソントに到着してから、一カ月が経った――。
当初の約束の日は超えているが、清也は約束の場所に現れる事は無かった。
不安に押しつぶされそうな心境のまま、花はひたすらに彼を待ち続けた。
酒場にて、様々な服などを編む事が日課になりつつあったが、何故か服は袴を着ている事も多かった。
シンは毎朝毎晩を遊び歩き、飲んで寝て賭けて喧嘩して――と言う、自堕落な日々を送っていた。
新しい恋人も出来たようで、夜は女のホテルで寝る事が多い。その事に関しては、花も認めている。
サランは最近、偏食が加速してしまい、人参ばかり食べている。
そんなある日、シンは突然に”引越し”をすると言い始めた。
早朝に帰還した彼は、酒を煽りながら荷物を纏める。花はその様子を、不安そうに眺めることしか出来ない。
「おーい!花〜!!!引っ越しがてら飲みに行くけど、お前も来るか~!?」
完全に泥酔したシンが、必要以上の大声で花に呼びかける。
「まだ朝の8時よ?そんなに飲んだら体調崩すわよ?」
編み物をしていた花は、信じられないと言う顔でシンの方を見返す。
しかし彼は、既にギルドから居なくなっていた。
「あ!待ちなさい!」
どんな人間でも放っておけない性分の花は、シンを追いかける為に酒場の外へ跳び出して行った。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「そんなに飲んだら、アルコール中毒になっちゃうわ!」
周りに聞かれたら可哀想だと思った花は、人通りの少ない場所を選んで忠告を叫ぶ。
しかしシンの苛立ちは、沸々と募るのみだ。
「うるせぇなぁ・・・俺のお袋でも無いのに、そんなに世話焼かないでくれ。」
「言わなきゃ飲み続けるでしょ!もっと体に気をつけないと、早死にしちゃうわよ・・・。」
花の嗜める様な口調が逐一、気に触るようだ。
シンは、酔いにより引き下げられた沸点へと、簡単に達してしまった。
「男は二種類いるんだよ。世話されるのが好きな奴か、そうじゃない奴。
俺は清也と違って、お節介な奴は嫌いなんだ。何でそれが分からねぇんだよ。」
隠す気もなく完全に苛立っている。それでも尚、花は引き下がらない。
「ほら、飲むだけならギルドでも良いでしょう?
清也が帰って来た時に、2人で迎えた方が良いと思うんだけど・・・。」
花は純粋な気持ちでシンに提案する。
しかし、シンの方は怒りを通り越して驚嘆に近い表情になった。
「え?お前まさか、アイツが生きてると思ってるのか?」
「・・・・・・え?」
「アイツが約束破るとも思えないし、普通にのたれ死んだんじゃないか?
それか他に女が出来て、戻ってくる必要が無くなったとか。」
「い、いや、そんなわけ無いわよ・・・そんなわけ・・・。」
薄々、花も気付いていた。いや、察せざるを得なかった。
あまりにも清也の帰りが遅い気がして、最も不安な気持ちになっているのは、他ならぬ花なのだから――。
「と言うわけで、待ってるのもバカらしいから、1人で飲みに行ってくる。引っ越しだって、さっさと終わらせたいしな。」
半ば打ちのめされている花をその場に残し、シンは先に進もうとする。
花はまたも、それを追いかけようとするのだが――。
「あっ!シン!待ちなさっ、むぐぅっ!?ふ、ふむぅっ!!??んんむぅっ!!!」
背後から突然、羽交い締めにされる。口元を抑えられ、満足に息も出来ない。
「見つけたぞ!賞金首だぁっ!!!野郎ども、取り押さえろっ!!」
(ぐ、くるし・・・息が・・・あっ・・・。)
締め上げられた花の意識は、朦朧としてしまう。
息が苦しくなってきた彼女は、尻餅をついてしまった。
「おいっ!コイツも賞金く」
「うるっせぇぞてめぇ!!こちとらイラついてんだよ!!!ぶっ殺されてぇのか?え?」
言葉にするよりも早く、シンは追跡者たちに殴りかかっていた。
二日酔いしている人間とは思えない手際の良さで、次々と向かってくる者を殴り倒して行く。
「おい止まれっ!コイツがどうなっても良いのか!」
人質を取った際の定型文を口にした男は、花の細い首筋にナイフを当てていた。その刃先は、的確に頸動脈を狙っている。
ダラリと脱力した花の様子から、既に意識がない事が察せられる。
「人質か、これは降参・・・・・・な訳ねぇだろ!」
ズガンッ!ズガンッ!
花を盾にして、完全に気が緩んでしまった追跡者の頭部に、流れるような射撃で二発の弾丸を撃ち込んだ。
声を上げる事もなく、男は後ろ向きに倒れてしまった。もはやシンは、その安否を確かめようともしない。誰の目から見ても、その男が即死している事は明らかだった。
シンが無言のまま、倒れ込んだ花を抱き抱えると、背後から心配そうな声が聞こえてくる。
振り返ると、そこには露出の多い服を着た美女が、こちらを覗き込んでいた。
「し、シン・・・大丈夫なの・・・?大きな音が聞こえたから、出て来たんだけど・・・。」
一言一言を発する度に、女性の豊満な胸が揺れる。
いや、わざと揺らしているのかもしれない。
「何でもねぇから安心しろ。・・・待っててくれ、すぐに行くから。」
シンは女性に対して、淡々と指示を出す。どうやら、二人はかなり親密のようだ。
それを聞いた女性は、だんだんシンの方へ近寄って来て――。
「えぇ、分かったわ・・・・・・ごめんね!」
シンの首筋に細い何かが刺さり、チクリとした感覚が首から全身へと広がって行く。
「・・・なるほど、そう言うわけか。」
シンは慌てふためく事もなく、特に不満そうな顔をせずに女に話しかける。
「シン・・・ごめんなさい!あなたと過ごせて・・・本当に楽しかったわ・・・ありがとう・・・。」
「まぁ、仕方ないか・・・それじゃあな。」
シンはそう言うと、静かに倒れ込んだ。
〜〜〜〜〜〜〜〜~~
「なんかお前といると、頻繁に災難な目に合う気がする。・・・不幸体質か何かなのか?」
「私だって知らないわ・・・危ない目に遭うのは私だって嫌よ・・・。」
「こりゃダメだ。この部屋、殆ど黄金の粒子が無いせいで、縄も切れねぇ。」
ずた袋を被らされた二人は、両手を後ろで縛られた状態で会話している。当然ながら何も見えず、どんな部屋にいるのかもわからない。
脱出の手段をいくつか講じたが、どれも失敗に終わっている。
「私たち、殺されちゃうのかな・・・。」
「まぁ、それも運命だろ。俺はすぐ殺されるだろうけど、お前は拷問されるか売られるかのどっちかだろうな。」
「え?う、売られるってどう言う・・・。」
「察しろ。待遇が良ければ、どっかの国王の妾にでもされるんじゃ無いか?悪けりゃ弄くり回されて終わりだな。」
「や、やだよっ!私には清也が・・・!」
その時、2人の捕らえられた牢の扉が開かれた。ゾロゾロと数人の男が入り込んでくる。
「えぇと・・・男は処刑で、女の方はオークションか・・・。」
「聞いた話じゃ、中々に良い女らしい。」
「どうせ売られるんだし、俺らが使っても問題ないよな?」
「いや、やめといた方が・・・。」
「バレないバレない♪」
そう言うと、男の一人が花の被った袋を引っこ抜いた。
久しぶりに吸える新鮮な外気に、花は少し喜んだ。ただし事態は依然として、危機的状況と言わざるを得ない。
どうやら花は壁を向いて拘束されており、扉の方は見る事ができない。
「きゃぁっ!あ、あなた達!一体何を!?」
「いや、もう慣れてるだろ。」
シンは的確にツッコミを入れる。最早テンプレと化して来ている気がしなくもない。
「男の方は黙らせろ!萎えるんだよ!」
「はいはい、すいませんでしたっと。」
シンは最早、諦めムードを通り越して脱力ムードである。袋の上から猿轡を嵌められても、何の反応も示さない。
「それにしても、良い女だなぁ〜♪」
「普通に可愛い。てか、嫁にしたい。」
「何か可哀想になって来た。」
「・・・やめるか。」
「・・・・・・は?」
男達の中で、意見が分かれ始めた。各々が主張を言い合っていく。
取り敢えず、花はもう一度ズタ袋を被され、今度は優しく猿轡をされた。
「流石にノータッチは男としてどうよ?」
「これ、持ち帰ってもバレなくない?乱暴するのは無しで。」
「良い子そうだし、普通に逃してあげたいんだけど。可愛いは正義だろ。」
「優しい貴族の所に連れて行くのが無難じゃないか?この可愛さなら、余裕で正妻いけるだろ。おっぱい大きいし、上品そうだし。」
「いや、つべこべ言わずにさぁ。」
その後も、話し合いは十分近く膠着状態となった。
中々に結論は出ず、最も有力な折衷案は「花を優しい貴族に売った後、見返りとして全員分の女を見繕ってもらう。」であった。
「ダメだこりゃ、話が終わらねぇ。・・・少将!?何故こんな所に!?」
「・・・強いて言えば、勘かな。何故か分からないが、ここだと思った。」
これまでは居なかった、若い男の声がする。目を塞がれた花は、その姿を視認する事が出来ない。
「そこにいるのは・・・誰かな?」
少将は、壁を向いて拘束された花を指差して、部下と思わしき男に聞いた。
「あっ!そうなんですよ少将!実は、捕らえた女が偉く美人でしてね!
このまま売られるのは可哀想だって事で、何とか逃がそうと思ってるんですけど・・・。」
「おい!俺は賛成してねぇぞ!」
再び揉め始めた男達を他所に、”少将”は何かを考えこんでいるようだ。
そして即座に、何をするべきか決心した――。
「潮時か・・・今助けるから待ってて!」
「え?少将、一体何を!?うわぁっ!!!」
金属と金属がぶつかり合う音が聞こえる。鈍い打撲音が数回響き、次々に何かが倒れ込んでいく。
目の見えない花は、その様子を想像することしか出来ないが、自分への害意は一切ない事が感じられて、一先ずの安息を得る事が出来た。
そして、遂に一切の音がしなくなった頃、一つの足音が花に向けて高速で迫って来た。
そして噛まされた猿轡を解き、被らされた袋を優しく取り払った。
「ぷはぁっ!助けてくれてありがとう!!!」
花は嬉しそうに感謝の言葉を述べるが、その瞳に映る表情は花よりも遥かに嬉しそうである。
そして花の表情にも即座に、溢れんばかりの笑顔が爆発した。
「やっぱり君だったのか・・・久しぶりだね!花!」
優しい笑みを浮かべたまま、1人の男が花の瞳を覗き込む。
それは、誰よりも待ち侘びた男の顔だった――。
「こんな所で会えるなんて・・・!お帰りなさい!!!」
未だに拘束されたままのシンを放置したまま、再会した恋人同士はお互いを抱きしめ合った。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「合流に遅れてごめん!やらなくちゃいけない事が・・・・・・ん!?」
花の着ている服を見て、不思議そうな顔をする。
そしてすぐに、身に付けていたシャツを脱ぎ始めた。見違えるほどに割れた腹筋が、牢屋の中に晒される。
「僕の服!回収しといてくれたんだね!無くしたと思ってたけど、君が持っててくれたのか!」
「・・・えっ!?」
花は自分が身に纏っている青色の袴の持ち主が誰であるかを、即座に悟った。
「あっ、この服あなたの物だったの!?ごめんなさい勝手に着ちゃって・・・。」
そう言うと、花も袴を脱ぎ始めた。スルスルと袴を脱ぐと彼に優しく手渡した。
「ごめんなさい!本当は洗って返すべきなんだけど・・・。」
「あ、いや、あの、その・・・う、うん・・・。洗わなくても一向に構わないんだけど、その・・・僕のシャツ着て良いから・・・。」
毎日、花は欠かさずに洗濯をしていた。その為に目に見えて分かる汚れは存在しない。
しかし彼は、服の汚れなど一切気にしていなかった。むしろ問題なのは、彼女の格好である。
目のやり場に困った彼は、彼女の姿を直視する前に虚空へと視線を巡らせた。
それを見た花も、やっと自分の格好を理解した。
「あ・・・う、うん・・・///」
完全に下着姿の花は少し恥ずかしそうにすると、すぐに渡された服を着直した。清也の方も、自分自身の服が戻ってきて満足そうにしている。
「よし!刀も差せるし、何より動きやすくて良いな!」
清也は背に取り付けた剣を、腰に帯びた。
花が着ると少し不恰好だった袴も、清也とは完璧に調和している。
「素敵よ・・・清也・・・♡」
花はそのままの勢いで、久しぶりのキスしようとする。
清也もそれを受け入れるように、少し前のめりになった。
しかし、そんな二人の間に割り入って来るものがいた――。
「あっ!少将!!探しましたよ!チュッ♡」
花の背後から、見覚えのある少女が現れる。
そして突然、彼女を差し置いて清也の頬にキスをした!
「うわっ!?花の前でそう言う事しないでよ!」
「えへへ♡良いじゃないですか♡」
「・・・え?」
花は唖然とした。四ヶ月ぶりの再会だと言うのに、全くもって腑に落ちない。
恋人である自分を差し置いて、何故その少女が清也にキスするのか理解出来ないのだ。
「あ、あの・・・。」
「あっ!誰かと思えば、いつぞやのオバさんじゃ無いですか!」
「ぐはっ!!」
ミサラの言葉が、花の心臓に突き刺さった。
しかし、めげない折れない諦めない。花は食ってかかるように、ミサラに詰問する。
「あ、あなたは彼と、どう言う関係なの!?」
「もちろん、ガールフレンドです♡そうですよねぇ?少将♡」
ミサラは念を押すように彼の方を仰ぎ見るが、彼は別の事に気を取られているのか、全くもって反応がない。
「20・・・いや、25だな。結構な数の追手が来る。」
清也はそう言うと、腰に差した剣に手を置いた。抜刀の構えを取る。
「ちょ、ちょっと待って!?せ、清也!?こ、この子は一体・・・!」
花は追手など気にする余裕もない。事実を確かめようとするが、彼にはそんな余裕は無い。
「危ないから、少し下がっててくれ・・・。」
そう言うと凄まじい速さで剣を抜き放ち、雲のように白い冷気が暗い牢獄で煌めいた。
「清也、その剣は一体・・・?」
花は驚いた。彼が持っている剣は、二人の馴れ初めでもあるフローズンエッジとは異なる、銀色の柄に白い刃の日本刀だった。
袴姿の彼と良く映えるその刀は、眩しいほどに美しい光を放っていた。
「氷狼神眼流伝承者・吹雪征夜!参る!!!」
征夜は力強く宣言すると、唖然とする花や目を煌めかせるミサラ、芋虫のように転がっているシンを尻目に、25対1と言う圧倒的不利な戦闘を開始した――。




