EP116 悪夢 <♤>
※今回の話には、かなり残酷な描写が有ります。
"♤"は、今回レベルのグロさの回に付ける記号とします。
暗い夜道の中を、花はヨタヨタと歩いていた。
右も左も分からずに、只ひたすらに森の中を歩いて行く。
(・・・あれ?なんで私、歩いてるんだっけ・・・?)
思考も足取りも、フワフワと飛び跳ねるような感覚で、自分の意思や目的意識などはそこに無い。
(・・・?ここはどこ?)
分からない。ただひたすらに、吸い寄せられるように森の奥へと歩んで行く。
辺りは静かで、川が緩やかに流れる音と、足元の枝を踏み折る音だけが心に沁み入って来る。鬱蒼とした森の中だと言うのに、一切動物の気配を感じない。
闇雲に奥へ、奥へと進んで行く中で、月光が照らす一筋の真円を見つけた。銀色の光が、夜の闇を虚空へと除いている。
(・・・・・・?)
花は未だに、自分が何をしているのか分からない。
しかしそれでも、前に進む事だけは止められない。
降り注ぐ月光の真円、その中央に立った。そして膝を着き無心のまま夜空に祈る。
「清也と、無事に再会できますように・・・。」
彼女の小さな祈りは、僅かな吐息と共に月光に照らされ散った。おもむろに立ち上がった花に対して、背後から迫る気配がある。
ガサガサと音を立て、茂みを掻き分けながら何かが歩いている。明らかにこちらを狙っている。
それは、狼の群れだった。動物の気配は確かに無かったが、狼にとって気配を消す事は造作もない。
ましてや、目の前を無防備な獲物が歩いているのだ。出来るだけ森の奥へ追い込んだ方が得だろう。
「・・・え?」
直感的に、自分が捕食されそうになっている事を、花は悟る。しかし、どのようにこの場を脱するかが思い付かない。
狼はソロソロと、花に向けて近寄って来る。柔らかく美味しそうな肉体と、魅惑のフェロモンによって、引き寄せられていると言うのが正しいかも知れない。
しかし、頭が回らない。一歩も動けないのだ。今の花の感覚は、簡単に言えば居眠りする直前のようなものだ。
そんな中、遂に一匹の狼が花に跳び掛かって来た。力強く押し倒し、腹部を噛みちぎろうと顔を近づける。
ここに来て、やっと花の感覚は元に戻った。そしてすぐに、反撃を開始する。
手元の杖を使って狼の口を塞ぐと、呪文を唱えて草木を操作した。それでも尚、攻撃を掻い潜った数匹の狼が花に迫って来る。
しかし花は、あまり恐怖を感じていなかった。
フワフワした感覚の中に、一種の安らぎを覚えているのだろう。
そして遂に、花の喉元が狼に食いつかれそうになった。その時――。
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静かな呪文が、あたりに響いた。それは、判別不明な音声であった。
即座に放たれた魔法が、花に纏わりつく狼を蹴散らした。しかし何故か、花に付き纏う不快感は純度を増した気がしていた。
「あ、ありが・・・・・・え?」
そして彼女は即座に、不快感の正体を悟った。いや、悟らされた。
身を割くほどの'"激情"と"興奮"、そして"嫉妬"が彼女に向けられた視線に込められている。
やり場の無い怒りとも違う、"明確な殺意と憎悪"が彼女をその場に縛り付けた。
先程のフワフワとした感覚と異なり、今回は断言できる。
(こ、怖い!!!な、何なの!この人!!??)
薄暗がりの中から、その者の姿か露わになり始めた。
(か、顔が・・・無い!?と言うより、人じゃ無い!!!)
六本の腕を備え、顔面のパーツが何も無い存在が、花の方へとにじり寄って来る。先程の視線は、強烈なプレッシャーが具現化したものだったようだ。
「こ、来ないで!あなたは誰なっ・・・!!!???」
ポタ・・・ボタボタボタボタ・・・
鼻血が止まらない。いや、頭の中を抉られている。脳をかき混ぜられている事を、実感せざるを得ない。
鼻血だと思っているものは実際は脳からの出血で、次第に耳からも血が流れ始めた。
「あ、ああっ、あああぁぁっ・・・!」
嗚咽を漏らしながら、出血を止めようと模索する。
しかし既に言葉を発するための器官は、医療では修復不能なレベルにまで、破壊されてしまっている。その為に、魔法を唱える事も叶わない。
壮絶な痛みである。そして何よりも命が助かる見込みが無い現状が、恐怖以外の感情を失わせた。
言葉にならない声を発し続けた後に、花は気を失った。否、絶命にほど近い昏睡に陥った。
~~~~~~~~~~
次に花が目を覚ましたのは、見知らぬ小屋だった。
四肢は拘束され、冷たく硬い板の上に載せられている。
「え!?ちょっと何これ!?だ、誰かいないの!?」
当然、起きた花はパニックになる。どうやら、彼女の脳は治療を受けたようだ。
新たな拷問を実感させる為に――。
「誰か!これを外し・・・・・・いぎゃぁぁぁっっっ!!!!????」
とても、女性が出して良い声では無い。
しかし花はそんな事を構っている余裕がない。
「い、いだいっ!!!???な、何これぇっっっ!!??」
腹部に深々と突き刺さった杭に、花はまだ実感を持てない。
更なる苦痛を与える為に、何処からが現れた先程の怪物は、それを力の限り捻じ込み始めた――。
これ以後の事は、"語るのに忍びない拷問"としか表現のしようがない。
気絶する事を許されなかった花は、それらを全て実感させられた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
吐き出した血に溺れ、泣き叫びながら死を懇願する経験をした後、花はついに胴体と首、頭以外を残さない体になっていた。
もはや命以外に何も残っていない。強いて言えば、激痛を実感するための感覚神経くらいだろう。
その残された命も、もはや風前の灯である。数えきれない箇所から出血し、耳は聞こえず目も見えない。
しかし、死を救済に感じられるほどに、花の心は壊れていた。ただひたすらに望んだ死が、ようやく訪れようとしているのだ。
「ころ・・・ころし・・・て・・・。」
懇願する花の胸元に向けて、凄まじく太い杭が打ち込まれようとした。
顔が見えずとも、その表情が見て取れる。"笑っている"、その怪人は、無様な死を迎えようとしている花を見て、嘲笑っている。
その瞬間、花の中で途方もない"怒り"と"生きたい"という欲が爆発した。
その叫びは、潰れた声帯と擦り減らされた思考の間で呼応し、かすかな声を生成したのだ――。
「た、たすけ・・・て・・・せいや・・・。」
無意識に呟いたのは、またしても恋人の名前。
これは助けを呼ぶより、もはや遺言としての意味合いの方が強かった。
その祈りは、清也には届かなかった。
いや、届いたのかも知れない。遥か遠い宇宙を駆ける存在に――。
音もなく、花を捕らえている小屋が吹き飛んだ。正しくは、微粒子レベルに霧散した。
そして花の背後に、もう1人の巨大な気配が現れた。
花は、その存在が誰なのか分からなかった。
しかし唯一分かる事は、その者が憎悪と破壊の化身である。と言う事だ。
その者はすぐに、花の致命傷を裕に超えた胸元の傷に、優しく手を当てた。暖かい空気の流れが、全身に染み入って行く。
「あ、あぁ・・・。」
今度は恐怖の嗚咽ではなく、安堵により自然と溢れた声である。
花の体は即座に全快し、失われた手足や臓器も修復された。
生命の危機は去った。しかし花には、立ち上がる気力はない。それでも尚、助かったと言う不思議な実感が彼女にはあった。
「き、来て、くれたの・・・?清也・・・。」
彼女は何故か、そばにいる男が他人な気がしなかった。その為に自然と、自らの祈りが通じたと信じ込んだのだ。
彼の方は優しく花を抱擁すると、短く言葉を付け加えた。
「私は・・・違う・・・奴じゃない・・・。」
それだけ言うと花の周囲に、小さいが限界まで強固なバリアを張った。自らの技に、彼女自身を巻き込まない為に――。
彼が言った事が花にも聞こえていた。それでも尚、祈りが届いた気がして自然と言葉が出ていた。
「ありがとう・・・清也・・・。」
限界まで疲れを溜め込んだ彼女の精神は、その後深い眠りについた――。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ハッ!?」
花は、勢いよく跳び起きた!朝露に濡れるテントの影が、昇ってきた天道と彼女を隔てている。
近くを流れる川のせせらぎが、爽やかな朝の到来を、何よりも強く告げている。
「さ、寒いっ!」
無防備にも下着同然の恰好で寝ていた花は、すぐに近くの上着を羽織った。
「・・・清也!?」
着替えが終わったら、すぐに昨夜の事に気が回ったようだ。
その勢いのまま鍵付きのテントのチャックを開け、砂利道へと転がり出た。
「おっ!おはよっ!」
たった今、朝食を作り終えたシンが軽快に挨拶する。しかし、今の花はそんな事どうでも良い。
「せ、清也は!?彼のこと見なかった!?」
「寝ぼけて変な夢でも見たのか?焦りすぎだぜ!
ソントには今週中に着くだろうが、清也に会えるのは2、3週間後だろ?」
「そ、そうじゃ・・・まぁ、いっか・・・。」
花は、シンの中に答えがない事を悟り、少し気を落とした。




