EP94 怒雷
「ここが宝物庫なのかな・・・?」
花とシンは研究室の近くにあった階段を下り、鉄格子付きの扉を二つ見つけた。
「鍵とかあったか?」
シンは花に確認を取るが、花は首を横に振る。
「全く無かったわ。・・・て言うか、開いてない!?」
花は扉の片方がよく見ると、少しだけ開いている事に気が付いた。
「あぁ・・・これはやられたな。」
シンは突然、悔しそうに頭を抱えた。
「えっ!何が?」
「多分だけど、誰かに先を越された。前に来た奴が水晶の杖を持って行ったな。
だから扉は開いてるし、鍵は無かったんだ。」
シンは少し寂しそうに自分の見解を言うと、扉に背を向けて歩き出した。
「えぇっ!?どうしよう!?それじゃあ、その足は・・・!」
花はシンの左足を見ながら悲痛な叫びを上げた。
今までは足が治ると信じて来たからこそ、彼の痛々しい足取りを直視する事が出来たが、これからはそうもいかない。
「まぁ、うん。治らないな。でも何とかなるだろ。」
シンも少し残念だったが、花を心配させるほどの事では無いと、持ち前の明るさで思い直していた。
しかし、彼女の気持ちはそれでは収まらない。
「ごめんなさい!ごめんなさいっ!!」
遂には頭を下げて謝罪し始める花だが、シンにはその理由が分からない。
彼女は、この町に来てから密かに思っていた事が、いよいよ抑えられなくなって来た。
「いや、謝んなくて良いって!お前のせいで足が食われた訳じゃねぇし!」
シンは花の心理を理解せずに、最も言ってはいけない事を言った。
「違う!全部私のせいなの!!私が悪いの!!」
シンの意に反して、花の自己嫌悪は加速していく。
「私が・・・こんな所に連れて来なけれ」
花は最後まで言い終わる事なく、地面に倒れ込んだ。
倒れ込んだ花本人にさえ、何が起こったのか分からない。ただ分かるのは、右頬がヒリヒリするという事――。
「良い加減にしろ!!!!」
倒れ込んだ花の胸ぐらを掴んだシンは、全身全霊の怒声を浴びせた。
訳がわからずに、呆然と倒れ込んだままの花に対し、シンは”再び張り手”しそうになるのを、懸命に堪えた。
「今!向こうで大勢が死んでいる!!何故か分かるか!」
花は放心状態で虚空を見つめているが、シンはそれを許さぬように軽く頬を叩いた。先ほどよりは力を抑えている。
「これは海を!生活を取り戻すための戦いなんだ!
俺が何でここへ来たのか、お前が何をしに来たのかは、もう関係無いッッ!!
これは俺が始めた戦争だ!もう何人が死んだか分からない!
勝つまで、奴を殺すまで、俺たちは止まらないんだよ!!!"来なければ"なんて、考えるべきじゃ無いんだ!!!」
シンは早口で捲し立てると花の胸ぐらを放し、背を向けたまま冷静な口調で話し始めた。
「行くぞ、もうここに用は無い。外へ出て、みんなを助けないとな。」
シンはアトランティスの外に出ようと階段へ向かうが、花はそれを呼び止める。
「待って!」
「何だよ、まだガタガタ言ってんのか?」
心底不機嫌そうな声で振り返ったシンだが、花は不自然な笑みを浮かべて立っている。
臍は扉の方を向き、首だけをシンの方に向けて話しかけているのだ。
「あるわ・・・!」
「はい?」
「水晶の杖があるのよ!!」
花が指を差す扉の、鉄格子の向こうに台座があり、そこにはあるものが浮遊していた。
「透明の・・・ゴブレット・・・?」
シンが見た水晶の杖は、おおよそ杖とは言い難い形をしていた。
小さな透明のゴブレットに、エメラルド色の蛇が巻き付いている。
しかし、花にはそれが水晶の杖だと思える確信があった。
彼女は目を輝かせて、そのゴブレットの名を叫んだ。
「ただのゴブレットじゃ無いわよ!
アレは多分・・・ヒュギエイアの杯よ!!!」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「え?ごめん、何て言った?」
シンは聞き返す、花は知っていて当然と言わんばかりに名を叫んだが、シンには聞き覚えが一切無い。
「もうっ!何で知らないのよ!!
ヒュギエイアの杯は薬学の象徴じゃない!!!!」
薬剤師は怒ったように叫ぶが、銀行員には全く見当がつかない。
「へ?あ、うん。何か凄いんだな。」
シンに取っては、電車ですれ違う他人並みに興味が湧かない事だが、花は興奮が少しも冷めない。
「凄いっ!本でしか見た事なかったのに!実物の方が断然綺麗ね♪
ちょっと待ってて!すぐに取ってくるから♪」
そう言うと、鼻歌混じりにスキップをしながら花は部屋へと向かって行く。
薄布二枚で支えられた豊満な胸が、足踏みをする度にユサユサと大きく揺れる。
(よし!何だか分からんが目に焼き付けとこう!!)
シンは先程までの怒りを忘れて、純粋に目を癒す事にした。
しかし、シンはその時重大な事を思い出した。
(あれ・・・?この廊下、どこかで・・・!!ヤバいっ!!!)
「花ぁっ!!!その部屋に入るな!!!」
シンは力の限り叫んだが、後一歩遅かった。
「え?何・・・?」
花は驚いてシンに振り向くが時既に遅し、花の体は既に部屋内にスッポリと収まっていた。
「出ろっ!そこにいたらダメだっ!!!」
シンはあの夢と同じ事が、花に起こるのだけは避けなければならないと思った。
しかし、凄惨な死へのカウントダウンは着実に時を刻んでいく。
「分かった!・・・え?あれ!?開かないっ!?」
花が潜った扉、確かに鍵は開いていたはずの扉が、捕らえた獲物を逃さないと言わんばかりに、その口を固く閉ざしている。
逃れられない死が、勢いよく彼女に迫って来る。
花は本能的な恐怖から、鉄格子の扉を力の限り殴りつけ、開けようとするが、一切の手応えが無い。
「何で!?何でよっ!!何で開かないの!?」
花は焦りで、自然と涙が溢れ出てくる。
自らの末路が否応無しに想像させらるのだ。
そして、遂にその時が訪れた。
天を裂くほどの、荘厳で恐ろしい声が響いて来る。
<弱く汚い心よ!暗闇で眠るがいい!!>
天井から何本もの三叉槍が現れ、そして――。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!!!!????あ"ぁっ!?あ"あ"ぁぁっっっっ!!!!????」
花に対して、無数の電撃が浴びせられる。
本来、美しい歌声を奏でるはずの喉からは野太く、痛ましい叫びが響いてくる。
花に浴びせられる電流は少しも止む事なく1分間も流れ続けた。
最初は叫び声を上げていた花も、今ではピクピクと痙攣するだけだ。
白く美しい肌は、焼け焦げて真っ黒になっている。
シンはその光景を、檻の外から眺めることしか出来ない。
肉が焦げた匂いが辺りに充満し、花がその形以外のすべての特徴を無くした頃。
その消し炭は檻の外へと、ゴミのように投げ飛ばされた。




