EP92 一抹の望み
「もう下ろしてくれ、大丈夫だ・・・。」
花に背負われたシンは覇気のない声を出しながら、肩を叩いた。普段の快活な様子はなく、明らかに顔色が悪い。
今、2人はアトランティスの扉を開けたところだ。
円形の扉を抜けた先には、もう一つ同じような扉がある。
花はその光景を不思議に思った。だが、シンにはその意味が分かった。
「こいつは・・・多分、エアロックだ・・・。」
彼にアドバイスされ、花は手前の扉を閉めてから、奥にある扉を開けた。
シンの予想は正しかった。
花が扉を開けると、その先には空気があった。
シンと花はそのまま、ウォータースライダーのような通路を滑り落ち、大広間へと落下した。
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「きゃっ!」
花は突如として、重力を感じない水中から冷たい大理石の地面に投げ出され、大きく尻餅をついた。
勢いよく地面に衝突したので、通常なら尋常で無い苦痛を伴うはずだった。
しかし、花の臀部に蓄えられた、豊かな脂肪が尾てい骨を保護したので、想像したほどの苦痛は無かった。
シンは空中で体を捻って、柔らかいカーペットの上に着地した。
全身を咄嗟に動かすほどの元気は、取り敢えず取り戻したようだ。
「シン、ちょっと足を見せなさい。」
花はシンの返事を待たずに左足のヒレを外すと、食い千切られた患部を観察した。
状態は花が思っているよりも、幾分かマシだった。
確かに、足首から下は無くなっている。断面も決して綺麗とは言えない。
しかし、花の魔法の効果なのか、既に出血は止まり、断面にはカサブタが出来始めている。
化膿している様子もなく、単純に足が無いことを除けば、決して悪い状態では無い。
「ふぅ・・・良かった・・・。取り敢えず、病気にはならなそうね。
出血も止まってるし、ちゃんと病院に行けば大丈夫ね。でも無理はしちゃダメよ。」
花は心配そうに声をかけるが、シンは薬剤師に太鼓判を押された事でかなり安心した。
「言われてみれば・・・だいぶ気分が良くなってきた!これなら歩け・・・ぐげぇっ!」
シンは調子に乗って、歩き出そうとした。
だが、再び襲ってきた激痛によって、その場に倒れ込んだ。
「松葉杖でも作りなさい。そうすれば多分大丈夫よ。」
シンは花に言われるよりも先に、黄金の足ヒレを松葉杖に変形させた。
「上に上がったら、義足を作らないとな。
いや、黄金で作ればオートメ○ルみたいに使えるか。」
シンは早くも、今後について考えを巡らせ始めたが、楽しそうに笑っている。
それとも、笑うフリをしているだけかも知れない――。
花も職業柄、医者や看護師ほどでは無いが、大怪我や大病を患った人を大量に見て来た。
もちろん、明るい心持ちで生活をしている人もいたが、毎回の様に向精神薬を求める人もいた。
身体だけではなく、心も病んでしまう事が、花に取って最大の心配であった。
(な、何て声を掛ければ・・・。)
花は必死に考えを巡らすが、良い言葉は少しも思い付かない。
薬局で出会う患者達には言える言葉も、半年間連れ添った者には言い難いものだった。
しかし、花の中に一つの天啓が降りてきた――。
「治せる・・・!」
「え?何だって?」
「治せるわ!水晶の杖があれば!!!!」
「マジで!?」
「えぇ!確か、水晶の杖に太古の魔法薬を詰めれば、欠損した部位さえも復元出来るって、本に書いてあった!!」
「太古の魔法薬・・・?」
シンはここに来て、急に花の言う事が胡散臭く思えて来た。
「確か、魔法薬もアトランティスにあるらしいわ!行ってみましょう!!ついでに、鎮痛薬も探さないと!」
「分かった!物は試しだよな!!」
藁にもすがる思いで、二人はアトランティスの探索を開始した。
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「寝室・・・天体観測所・・・大浴場・・・円卓の会議場・・・あったわ!シン、こっちよ!!」
暗くジメジメとした廊下を、花は表札を見ながらゆっくりと探索していた。
内部には水が入っていないだけで無く、ほとんど風化した様子が無い。
壁に書かれた文字や美しい絵画も劣化する事なく判読できる。そして花は、遂に目当ての部屋を見つけた――。
「ここが魔法研究室・・・。」
花はシンが来るのを待つ事なく、扉を開けた。
部屋の中は、いかにも研究室という雰囲気だった。
丸底フラスコや魔法瓶が丁寧に置かれており、奥の棚には怪しげな薬がズラリと立て掛けられている。
そこそこ酷い悪臭が漂っているが、花は学生時代から慣れているので、全く気にせずに入って行った。
「ここは・・・薬の研究だけじゃ無いのかしら・・・?きゃっ!何これ!?」
花は部屋を探索するうちに、奥に行けば行くほどグロテスクな資料が増えていくのが気がかりだった。
紙も特殊な素材で出来ているのか、壁や扉と同様に文字が判読できる。
「うぉっ!?この女、めっちゃエッ・・・何でも無い。」
いつの間にか調査に加わったシンはどうやら、掘り出し物を見つけたらしい。
二つの意味で、元気になってきたようだ。
「真面目に探してよ!!あなたの足を治すためなんだよ!?」
花の意見は真っ当である。
「真面目に探してるって!うぉっ!また見つけた!いやぁ、ここの研究員は趣味が良い!」
シンは恐らく既に故人であろう人物と、ある意味で意気投合した。
「はぁ・・・。自白剤・・・解毒剤・・・抗生剤・・・媚薬?これ、複製して清也に使えば・・・。」
「飲んでみたら分かるぞ!安心しろって、俺がそばにいるから!」
シンは自然な流れで、同人誌的展開に持ち込もうとしているが、花は完全に無視した。
「その元気があるなら、鎮痛剤は必要ないわね?」
花は皮肉っぽく言ったが、いつもなら乗ってくるはずのシンが不自然に無反応だ。
心配になった彼女がシンの方に向くと、彼は一冊の資料に目が釘付けになっている。
しかし今度は先ほどと違い、真剣な眼差しでページを次々と捲っていた。
そして、一通り目を通し終えたシンは無言で、花にその資料を渡した。
渡された冊子の表紙には、このように書いてある――。
『新型生物兵器開発・unknown計画について。』
いよいよ100部分目の大台を突破しました!
10000PV突破も達成できました!
三日坊主の私が、ここまで続けて来れたのも、読んでくれている皆様のおかげです!
本当にありがとうございます!
これからも頑張って書いていきますので、楽しんで頂けると嬉しいです!




