EP8 渓谷
清也は渓谷へと降りるための梯子を無我夢中で駆け降りていく。
その途中で、梯子が壊れて使えなくなってしまったが、構わずに血の海になっている渓谷の中心へと、一目散に走り出す。
息は切れ頭はジンジンするが、そんなことどうでも良かった。
自分にとって初めての仲間。
前世では金勘定抜きで付き合ってくれる友は、ただの1人もいなかった。だからこそ、死なせるわけにはいかなかった。
「フラウーッ!死んじゃダメだぁっ!」
近寄って初めて傷を見るが、かなりひどい。
後頭部を強く打って、大量に出血している。全身を打撲し、口と鼻からも血が垂れている。
元いた世界でも、この傷ではきっと助からない。
「くそ!くそくそくそ!何か無いのか!」
清也が必死になって周囲を周囲を探ると、杖があった。
これなら彼女を治せるかもしれない。そう思い振りかざしたが、反応がない。
たしか、フラウが調合した魔法は5回分。そしてーー。
「僕が切られたのも5回だ……。」
そう、彼女は回復魔法を既に使い切っていたのだ。
「僕が弱かったせいで!くそ!」
何か無いかと思い清也は必死に、彼女のバッグを失礼だと知りながらも探った。しかし小さな種以外は、何もなかった。
袋には観賞用とかいてあり、魔法には使えないと注意書きがある紙が貼ってある。
清也は万策が尽きた事を、絶望を以って悟る事になった。
しかし、遂にフラウが呼吸をしなくなった時、それは起こったーー。
ガツンッ!
「痛ぁっ!?」
彼の頭上に、何か硬い物が落下してきた。
頭頂部の激痛を耐えながら、落下物を取り上げて見ると、それは青い"星型の鉱石"だった。
いや正確には、先ほどまでは青色だった。今は赤色、いや緑色だ。次々と色が変わる。
「これはまさか!エレメンタルストーン!?こんな物がどうして上から……。」
頭上を見上げても、鉱石が取れそうな場所はどこにも無い。だからこそ、上から落ちてくるはずがないのだ。
だが、これは紛れもなくエレメンタルストーンだった。そして清也は、瞬時に図鑑での解説を思い出す。
「工夫して使えば瀕死の重傷を治せる!」
そしてその"工夫"は今、目の前に転がっているーー。
「杖だ!この杖を使うのか!」
自分でも魔法が使えるのか、そんな事は分からない。
しかし成功を祈りながら、エレメンタルストーンを砕く。砕いた鉱石の粉末を、杖の持ち手部分に流し込み、魔法の生成を待つ。
そしてーー。
「頼む!効いてくれ!」
そう叫んで、清也は杖を彼女に向けて振りかざした。すると、彼女の体が黄金色に輝いたーー。
次の瞬間、彼女はパッチリと目を覚ました。
「あれ?清也さん。ここは一体?」
彼女の声には苦痛の色は一切無かった。
「ここは渓谷だよ。君は袖を掴まれて落ちたんだ。トロッコと一緒に。」
「ああ!思い出した!私、頭を打って……死にそうなほど体中が痛くて……こ、怖かったよぉ……!」
フラウは泣き出してしまった。
無理もない、通常なら死んでしまう傷を負って、激痛に耐え続けたのだから。
「で、でも、どうして生きてるんだろう。私、傷もほとんどないようだし……。」
「エレメンタルストーンを使ったんだ。君の杖と組み合わせて。」
「本当にありがとうございます!感謝してもし切れません!
でも、それって貴重な鉱石ですよね……それを、私なんかのために……。」
生まれて初めて、お世辞でなく人に感謝された気がする。
言葉では言い表せないほど、気分が良くなって来る。
「君は大切な仲間だ。仲間より貴重で大切な物なんて、この世にあるわけないだろう?」
清也は気の利いた事を言ってみる。
それを聞いた彼女は、更に泣き出した。そして、こんな事を言った。
「でも、エレメンタルストーンを持ち帰ったら凄い剣が作れたんですよね……。
実は私、町に帰ったら売ろうと思ってたのですが、お礼としてこれをあげます!」
そう言うと、胸ポケットから血が付着しても分かるほど、白く光り輝く美しい鉱石を取り出した。
「これは、一体?」
そう言って図鑑を取り出して調べた。
どうやらこの鉱石は"アイス・クリスト"というらしく、名前の通り"氷属性の原石"で、この鉱石から剣を作ることもできる。
「本当にくれるの!?ありがとう!」
そう言って立ち上がったが、すぐにある事に気が付いた。
上に登る手段がない。さっき、梯子は壊してしまったのだ。
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「う〜ん……どうやって登ろうかな……。」
清也とフラウは途方に暮れる。日没も近くなり、辺りは暗くなり始めた。
「そろそろ、野犬とか狼が出て来ちゃう頃ですね……。」
そうなってはまずい。盾のある清也はともかく、ほぼ丸腰のフラウは簡単に組み伏せられ、柔らかい体を貪られてしまうだろう。
「何とかしないと……うん……?」
足元に、フサフサとした違和感を覚えた清也は、視線を下に落とす。すると、先ほどまで無かった苗が、地面から生えている。
良く見ると植物の根本には、"観賞用・魔法には使えない"と書かれた紙が刺さっている。
「ジャックと豆の木みたいに、これを伝って登れたら楽だね!」
夜が近くなり、気温が下がり始めた事で不安になって来た清也は、軽い冗談を飛ばす。
当然だが、この苗が崖を越すまで渓谷の底で待っていたら、ヨボヨボの爺さんになってしまう。
たが、彼女は目を輝かせて清也の方に向き直った。
「これで上に上がれますよ!」
流石の清也も、そこまで馬鹿じゃない。この苗では上がれないと、フラウに言ったがーー。
「大丈夫です!私を信じて!」
彼女は、清也の手を力強く掴んだ。女性特有の柔らかい肌触りが、手のひらに伝わって行く。
そしてーー。
<原始より受け継がれし命よ!その無限の可能性の一端を私に見せて!>
花が詠唱を行うと杖から青い閃光が走り、小さな苗は2人を乗せれるほど巨大な葉を付けて、メキメキと成長し始めた。
彼女に連れられて葉に乗ることで、清也は無事に渓谷を抜け出すことができた。
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「今のは一体?」
「あれが、1日に一回の攻撃技です。植物の形や、生える向き、成長速度、その他様々な要素を操れます。
植物が生えてないと使えないのですが、何故あそこに生えていたのでしょう……?」
「多分、君を助けるためにバッグを漁らせてもらったとき、出てきた種がエレメンタルストーンを使った魔法の余波で発芽して、ある程度まで育ったんだろうね。」
「何はともあれ、抜け出せて良かったです!」
「そうだね!君がいて助かったよ!」
「う、うん……。私も、セーヤがいて良かった……///」
フラウはどこか恥ずかしそうに頬を赤らめた。清也には、その意味が理解出来ない。
疲れて気が抜けているのか、気を許したのか、その両方なのか定かでは無いが、フラウは敬語を使うのをやめている。
(それにしても、あれほど凄まじい技だったとは……。凄い仲間を見つけたな!!)
清也は今後の冒険が、更に楽しみになった。




