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異世界転生モノ 加藤幹夫の場合

作者: むしやろう


1章「君の『夢』は何だい?」


どこかから、声が聞こえる。子供をあやすような、脳にどろりと染入る声が聞こえる。


「自由に生きて、みたい」


止めてくれ。と叫びたくなるのを懸命に堪えながら、心にもないことを言う。心の底からはっきりと出たその言葉は夢なのかもしれない。まとまらない思考を振り払う。


「それは魔王が世界征服を語るようなモノだなぁ」


くすくすと笑う。はっきりとしない視界で吊り上る口角が見えるように、眺めているだけで面白いのか続きをうながす。


「なら世界征服をしよう」


今度こそはっきりと声に出して笑う。腹を抱えているのが見えるが、本気で考えていたこちらとしては顔を歪めるほかない。


「君は魔王になるつもりだったのかい?」


息も絶え絶えに、笑いを堪えながら聞いてくる。それもいいかもしれない。きっと一番わかりやすい夢、そして全ての夢の行きつく先。どんな夢も単純化すればこうなるのだろう。だからボクは世界征服をしよう。


どんな夢でも叶うように。どんな夢も叶えられるように。世界を、征服してから夢を考えてみようか。


死んだ。そうだ、ボクは死んだ。結果だけ言えば、前を見ていないバカそうなカップルが撥ねられそうなので突き飛ばしたのだ。


体が勝手に動いていたのだ。バカはどっちだ。でもボクは後悔していない。ボクよりも生きるべきだと思うし、ボクに使われる世界のリソースを幾分か削減出来たと思えば安いものだ。


そうだ、ボクにはもったいないのだ。生きる価値のハッキリしない、ただただくだらなく人生を浪費するボクには。こんなムダにしかならないような人間を育ててくれて親には感謝している。


しかし、世界には生きるべき人間と言うのがいるのだ。きっとあのカップルはうまくいけば子供も産むし有意義な人生を歩むのだ。それこそ別れたりしたら死んだボクがバカみたいじゃないか。


いや、ボクバカなんだった。でもまぁ、悪くない、人生だった。いや、悪い人生だった。


世界には神様が居てボクみたいな役立たずでも異世界に転生させるらしい。なんでも地獄も天国も人手不足で収容限界だとか。収容限界て。


限界とかあるんだ。地球と同じく球型なのかな。だから要領よく分散させるために一時的に退避させるんだとか。退避させないとダメなのか。しかも順番待ちだった。マジか。


「まぁ今適性試験を受けてる人はすぐ済みそうだから」


うんざりした顔を向けながら見るからに中間管理職の人が言う。神様にも部下が居るのか、でもなんだろう見た目で決めたとかじゃないよな。


なんか無駄に美女じゃない?と余計なことを考えていると何かもめているような声が聞こえる。


「君がどう思おうと勝手だがこちらの要求はのんでもらう」


神様も苦労するんだなとか考えながら相手方の反応を覗いてみる。すると短髪のサッパリした二十代の男性が居た。黒い半袖にジーンズ、筋肉質の体を見てると健康にしか見えないのできっと事故死だろうな。


とか不謹慎なことを考えていると、こくりと頷き煙や霧に光が当たったような壁に進んでいく。あれは誰かに刺されたのかもなぁ。不謹慎の方向を変えてみると、ゆっくりと形容しがたい壁にのまれていく。


「転移門、テレポーター、まぁ呼び方は人それぞれね」


よほど不思議そうに眺めていたのだろうボクに向けて中間管理職さんが答えてくれる。


「さて次は君か」


なぜボクがこの人を神様だと思ったかと言うと、視界に映らないのだ。その人影に、いや、光が人の形をしたものに目を向ける。神様は問いかけてくる。


「私が眩しくないのかい?」


そういえばさっきの人の表情というか顔すらはっきり見ていなかった。目をつぶっていたのか。確かに眩しいが目を向けてられないというほどじゃない。意味を確かめる為に首を傾げる。


「そうか、ボクを直視出来るというのは珍しい。それだけ後ろめたいことが無いということさ。ここで天国と地獄行きを決めることは無いが、自慢できることだぞ」


「まぁ友達も居ないので閻魔様に自慢するとして、適性試験とは何をすればいいんですかね」

「君もチュートリアルは受けない派なのかい?」


きっとさっきの人は受けない派だったんだろうなぁ。でも説明書を読まずにチュートリアルも受けない、となるとそれはジャンケンのルールをわからずに勝とうとする子供だ。いや、さっきの人子供だったのか?


「デメリットが無いならぜひ受けさせてほしいんですが」


それを聞くとにっこりと笑うように(いや表情は見えないのだが)


「では端的にチュートリアルの説明から」


それから約三十分で全行程が終わる。内容としては射的、かたぬき、金魚すくい、輪投げなど、あまり見かけないレベルの縁日の出し物をこなした。


これで何をはかったのだろうか。いや人間の能力レベルを調べるのに必要なんだろうか。神様なんだしわからないことはないだろう。うん?じゃあ何でこれやったんだ?と思っていると


「これで獲得した総合ポイントで異世界にもっていけるボーナスが決まる」


納得した。つまり神様が言いたいのは能力を計っていたのではなく、初期ステータスボーナス。つまり与えられる能力の分類、餅は餅屋といったものだ。だからやらなくても問題は無いのだ。ただ追加能力が減るくらいで。


「ボクの総得点は下から何番目ですか?問題外ですか?ダービーくらいですか?」

「どうしてそんなに卑屈なんだ。一種目百点、全七種目、時間制限三百点、千点満点で君は五百と二十五点。うむ、実に表現に困る点数だな」


となると平均より少し下くらいかな。と考える。にしても時間制限で三百点か。


「どんなボーナスが選べるんですか?」

「まずはチート武器。メジャーなのはこの辺だな。特殊能力を一つランダムに持つ剣。好きな魔法を一定回数コストゼロで打てる杖。特定生物の能力を学習できる体。これらが一つ三百点」

「さんっ……!?」


異世界に飛ばされるのだ。これくらいのサービスがあって当然だろう。しかしちょっと待ってほしい。


「異世界でボクは何をすればいいんですか?目的がわからないことには、選べません」

「もっともだ。しかしそれに答えるためには百点消費してもらう」


何をバカなことを言っているんだ。あからさまにイヤな顔をすると


「安心したまえ。ここで手に入るものはある程度、異世界で手に入るものだ。この情報も、武器も。その入手難度に対する対価、というのがこのポイントだな」


つまり、つまり?チート武器とやらがこの情報の三倍の価値がある、ということになる。六百点持っているなら、情報を得ず、武器だけ手に入れれば二つ持てるわけだ。そこでふと、気になることが出来た。


「ボクみたいにハンパな点数はどうするんですか?一つ武器をもらって、情報をもらって、残り百点どうするんですか?」

「異世界を選ぶ権利、異世界の地形情報、ある程度のカリスマ性、現実世界からの持ち物、これらが百点」


現実での持ち物、これは確実に異世界で手に入らないんだろう。にしても、異世界に行く目的と、異世界を選ぶ権利が同点と言うのはどういうことだろう。


「そうですね、ボクは『異世界の地形情報』『ある程度のカリスマ性』あとは体の再生能力とかありますかね?」

「それならヒトデ、と言いたいところだがその能力に限るなら『突きの飛ぶ槍』もサービスしよう。それで五百点。二十五点は記念に取っておきたまえ」


記念って何記念だろう。死んだ日が記念になるなんて誰か居たかな?クリスマスはたしかキリストの再誕祭だったハズだ。まぁいいや。正直死んだ上で別世界にまで行けて、ある程度のヒマ潰しまでさせてもらえる。いや、人生ってヒマ潰しだったような?


「これくらいでいいかな?まだ捌かないといけない人数はいくらでもいるのでね」

「そうだ、それで思い出しました。ここにくる条件ってなんなんです?天寿を全うした方や、即決出来る善人悪人は天国地獄の管轄として、年齢や世界の貢献度で決めてたりするんですか」


実際ボクだって事故だし、年齢は引っかかったにしても貢献度なんてものがあるなら絶対ここに呼ばれる自身は無い。つまりこれは年齢は上でも世界で貢献してたなら「判断の余地あり」とかなるんだろうか?


「神にもいろいろある。ということにしてくれないか?実際私以外にも神はいる。つまり同じ時間に複数の場所で適性試験は行われる。キミが聞いているのは管轄違いの神の営業妨害になる。これ以上言えないのは理解してもらえるかな?」


首をぶんぶん振りながら「藪蛇だ」と思い、首を突っ込まないことを全力で示す。さすがに神の営業妨害とか次元が違い過ぎて理解に苦しむ。そんな「取引先に断られました」みたいなテンションで殺されたくない。というよりここって死ぬのか?


「そろそろ一時間です」


そっと中間管理職の人の人が神様に耳打ちしている。聞こえてるけど、いや、聞かせてるのかな?


「では最後にわかりやすいお小言でも。この先に進めば次に私に会うのはたぶん君が希望もなく死んだときだ」


ゆっくりと先ほどの誰か、いやあれでも異世界の先輩になるのかな?が入っていった霧や煙の壁を指す。ボクはなんて呼ぼうかな、「ゲート」とか短くてかっこいいんじゃないかな?


「今と同じ姿で送られるがまぁ君は『カリスマ性』を取ったからある程度問題なく過ごせるだろう。しかし、老化もすれば病気もある。異世界は君が居た世界とほぼ同じ悪意を君に向けるだろう」


それを聞いて若干青ざめるが、言われてみれば当然の話だ。現実世界で足りなかった分を異世界で過ごさせてくれるのだ。


いや、まぁ収容限界になったのは向こう側の責任なんだけどね。なんか天国と地獄も不安になってきたなぁ。死語の不安とかイヤだわ、変な宗教にハマっちゃいそう。


テンションがおかしいのも仕方がないだろう。これから見たこともない、いや、夢にまで見た異世界に。手の届かない幻想に。心で描いた広大な景色に。これがはしゃがずにいられるものか。


「恐れるなかれ。神は君の味方だ。旅立つ君は存分に世界を楽しむといい。足りなかった青春の分も」


憐れむような声色に。背筋が凍る。上がったテンションは、そこでこと切れた人形のようにポタリと地面を舐める。そうだ。相手は神だ。


過去も覗けるんだろう。というよりそれが元々の職業だった。釈迦に説法だった。ボクはこれ以上無い恥を見られたのだ。いや誰だって過去を直視されるなんてありえないだろう。


何でこんなことでボクははしゃいでいたんだ。子供じゃあるまいし。ここで呼吸するのもイヤだった。逃げるように希望へと手を伸ばす。逃げてどうなるのだろう。今までだって逃げてきたのに。


すがるように幻想に手を伸ばす。すがってどうなるのだろう。いつ切れるともわからない蜘蛛の糸なのに。ならば、だから?いつだって疑問だらけな自分だが、はっきりと止まらぬように異世界へと手を伸ばす。進む足が止まらないのはきっと理由なんてないだろう。


いつの間にか凍った背筋が動いていた。軋む体は馴染まないがなかなかいい気分だった。


「出来れば一年くらいは楽しみたいですね」


不思議と不安はなかった。進む足が止まらなければいいなと、思いながらゲートに踏み込む。なんだか不思議な感覚だ。


抵抗のないカーテンのような感触だと思ってたのに少し重いプールのような不快にはならない程度の粘度がある。恐る恐る顔を潜らせると呼吸は出来るのか匂いは特にない。


「そんなこと言わずに天寿を全うしたまえよ」


振り返ることもせず背中にかけられる声は晴天を突き抜けるように、素晴らしく心地のいいものだった。


「やだなぁ。老後は二次元の嫁と笑って過ごす計画なのに」

「よい旅を。皮肉屋くん」


皮肉屋はないんじゃないかなぁ?という声は果たして聞こえただろうか。視界に広がる草原はどこまで広がっているんだろうか。


まずは誰かに会おうか。それとも敵に会えるんだろうか。月に一歩を踏み出した人類はこんな気持ちだったんだろうか。さしずめ宇宙人を探しに行く人類なのかボクは。でもまぁ、楽しみだなぁ。


足を進めるともう何歩目かもわからないほどで、走り出していた。


「ショック療法ですか神様」

「ああいう子はね、腐ってしまうんだよ。現世が不快だったから、異世界というぬるま湯が優しくて、ゆっくりと心が折れていくんだ」


ジロリと睨まれる。きっと彼女には有望に見えたんだろう。私に見えた彼の過去は彼女にも見えたはずなのに。あぁいう子がタイプなのかなぁ。


「可愛い女の子でもひっかけて旅を楽しむくらいの余裕があればいいんですけどねぇ」

「たぶんそんなタマじゃないだろう。友達でも作って魔王討伐とかそんな性格だよ」


魔王とか作ってないんだけどね。


当たり前のように俺と彼女の話は始まる。まぁ出会った経緯とか話の長くなるものは当たり前のように置いておいて。異世界に来た目的を話し合う。


「まず何から始めるんだい魔王さま?」

「呼び方から決めよう。魔王さまは俺が自覚しずらい、オレのことは名前で呼べばいいじゃないか」

「いや、私が呼んでもキミにしか声が届かないんだからキミしか呼ばないよ」


たしかにそうか。俺の影の中に生活している彼女は、契約して制約されている彼女は、呼びかけるも何も無いのだ。


会話相手が一人と言うのは遠慮も配慮も必要ないし案外楽なのかもしれない。頭の中で会話しているのだからカッコつけなくていいというか「」つけなくていいのだ。わかりづらいから()で話した方がいいんじゃないかと思う。こちらからも呼び方も決めなくてもいいわけだ。まぁしばらくはこのままでいいか。


「まず街を一つ潰そう。そこで全体の戦力バランスをみたい」

「大きく出たね。このあたりで街を一つというと城のある街になるね。作戦はあるんだろう?潰した後天使あたりを引っ張り出すんだろうけど、まぁ十中八九失敗するだろうね」

「作戦はある。というよりどこまで出来るか見たいというのもある。成功させないと意味がない。何を持って成功とするか、が大切だな」


参加することに意味がある。という言葉が嫌いだ。やることに意味がある。だとか記念参加だとか、吐き気がする。強いて言うならそんな負け惜しみ悔しくないのか、と聞いてやりたい。


「とゆうか囲まれてるぞこれ。そもそも話してて安全な場所だったのかここ?」

「は?いつから?というか規模は?どこ所属よ?」


と聞きながら状況整理する。さっきこの悪魔が召喚された時の魔力衝撃は隠すとかそういうレベルじゃなかったし、まともなヤツなら確認しておきたい。


しかし即座に対応できる戦力じゃない数だった。無駄な質問をするのは頭の回転を止めないため。こっちの戦力は一人だけで武器は六発装填式の銃が一丁。ただし、装填するのは、魔力なので残弾は考えないものとする。ここで油断するのは三流だ。


「君は戦艦大和って知ってるかい?」

「急だな。なんだっけホテルとか呼ばれてたことしか知らないぞ」


実際日本戦艦の知識にはまるで明るくない。宇宙に飛び出してからビーム撃ったり?何でそんなネタになったの?かなり大型だったんじゃないの?答えながら、考えながら、話を続けながら、生き残る方法を探す。


囲まれた規模は二十二人。一つ手順が省けた。こいつらはためしにヒトガタのエサにしてみよう。


「ではその改良型まで居たことはご存じかな?」

「なんなの?美少女にしてこれくしょんしてたの?」


なんだか初期投資が安くて何故伸びたのか開発が頭をひねったブラウザゲームが浮かんだ。いややってないけどね。


最初にこちらが隠れていた家を捜索に入られる前に裏口から物置側へと隠れる。そのまま警戒というより、たまたまこちらへはぐれていた様な二人組の片側へ襲い掛かる。


腰に飾られていた長剣を借りるとそのまま首をはねる。悲鳴を上げられないように二人目の声帯を正確に狙い剣先を滑り込ませる。


どうやら致命には足りないようでせっかくなので心臓へ借りた剣を返しておく。


「いやいや、あのころの海上戦略というのは少数精鋭をうまく動かすことに特化していたのね。今の囲んで叩かれるという状況を考えてどう逃げ出そうかと。」

「改良型まで引っ張り出さないと勝てない時点で逃げられなくない?」


なんもかんも資材が足りないのが悪いんや。技術があっても数が足らんかったんや。


せっかく目立たないように殺したのに空気を読めない四人組がこちらを探しに来たらしい。曲がり角で待ち構え一人が死体を見つける角度で腰にある狩猟剣を抜き後ろから頸動脈に突き刺す。


妙に切れ味がいいのは丁寧に手入れされていた証拠だろう。いや、衛兵が狩りに全力を尽くしているのはいいことだと思う。


装備を確認するとさっきの二人と同じ長剣のほかにバックラーがあったので遠慮せずまた借りるともう一人が気付いたのか大声を出そうとしていたので手首のスナップを効かせて狩猟剣を投げる。


パゴッといい音で頭蓋を砕く。武器を回収するついでにもう一本狩猟剣を借りる。さすがに残り二人も焦ったようで武器を抜く。


珍しく一人は大盾と長槍を構えていた。剣持ちにはバックラーを投げる。もちろん見え見えの投擲は剣で弾かれてしまうがバックラーは視界を遮るので影になるように構えていた狩猟剣でバックラーごと胸を引き裂く。


そのままバックラーの刺さった狩猟剣を槍持ちに投げつける。さすがに鉄製の大楯は狩猟剣では貫けないのでバックラーを弾いた瞬間に下から盾をめくりあげるように蹴る。逆手持ちした狩猟剣であばらを砕きながら心臓まで突き刺す。


「負けたけど?」

「負けたんだ!?じゃあ今までの話何だったんだよ。負けの経験なんて参考にならないよ。いや逃走経路とか生きる知識もあるかもしれないけどさ。不沈艦とか呼ばれてたの?生き抜く戦術とか出せるの?」


さらに追加で四人くる。さっきと違うのは四人ともこちらを警戒してる点だ。さっきと同じ剣持ちが三人、うち一人がバックラー持ち。長槍と大楯持ちが一人。たぶん四人小隊なんだろう。


バックラー持ちが隊長らしい他の三人が呼吸を合わせて突っ込んでくる。なので遠慮せず眉間に一発ずつぶち込む。これ以上温存していても不意打ちとしては役に立たないだろう。銃声で位置がばれるが隊長風の男の眉間に銃口を向けて人質として利用する。


「不沈艦と呼ばれてたのは雪風って艦だね。武蔵は1994年の初戦から半年と経たずにレイテ海戦で沈んだぞ」

「まじかよ仮にも最強大和の改良無敵武蔵さんじゃないの?戦艦とか大きさが全てじゃないの?でかくて硬くて敵の攻撃全部はじいて強い砲弾全部当てれば勝てるもんじゃないの?」

「子供みたいだなぁ」


人質として利用しながらリロードしておく。残った十二人も虐殺しておく。拳銃と剣ではまるで話にならない。


多少魔法で対抗されたが今度は弾速の差で話にならない。話にならないなら、もう必要はないのだ。話す必要がないのだ。そういえばヒトガタというのは領外で発生する異形の生物らしい。ためしに死体を食わせて成長させてみよう。


結論から言えば。町で冒険ギルドに入った。なんかファンタジーとかご都合とか冒険ギルドってなんだよとか。「説明に時間がかかりすぎるから」ってだけで省略していいレベルではない。


でもはっきり言えばここ読んでて面白いのかなぁ。と思ってしまった。でもまぁ省略しながらも順を追って説明させていただくこう。


ボクはとんでもなくマイナス思考でとんでもなく臆病なのだ。だから最初に見えた草原を好きなだけそれはもう好きなだけ走り回った後、ひとしきり大の字で寝転がって「生きてるぞぉ」と大声で叫んだ。


それはもうバカだから。でもまぁうん。無謀にどこへでもまっすぐ走り回るとかそんな感じではなかったのでやっぱり臆病なんだろう。


落ち着いて遊び疲れて、「時間間隔がよくわからないなぁ」とかつぶやいた後ボーナスでもらった「異世界の地形情報」を使ってみる。


なんていうか発声とか念じたりとか発動条件とか無いんだなぁ。と思っていると寝転がっているすぐ横に「サクゥッ」と聞き覚えの無い音がした。


なんか槍刺さってるんですけど。誰ですかこんな所で槍投げしてるの。はーい計測員さんメジャー持って来て。たぶんアイテムボックスとかストレージとかそんな便利なものは無いんだろうなぁ。


それで「初めて意識したタイミング」がボーナス入手トリガーだったのかな。


それで肝心の地形情報はと言うと頭の中にブワッと出てきた。しかしかなり情報はあいまいだった。なんか世界地図というか地球儀というか標高線がわかるレベルの緑と茶と白で色分けされている。


なんか小さくないかコレ?と思ったのはなんだか円形の地形に川が三本しかないからだ。まず海がない。単位としては一つの異世界というよりは大陸?に近いんじゃないかと思う。


ゆっくり眺めていると、自分はどこにいるのかと思う。しかし手に入れたのはあくまで「地形情報」だ。


自分がどのあたりにいるのかなんというか、違う気がする。コンパスで方角を確かめ町の名前を記入して進む方角を決める。


今の状況から考えて、最近のゲームって親切設計なんだなぁ。でも三本の川の周りに白い地形が大きい気がするこれが町表記なんだろう。


というよりなんていうかファンタジー世界にしては森とか山とか毒沼とかそんな感じのも表記されないのかな?まぁいいやと遊び疲れて冷えてきた体をシャキッと気合いを入れて立ち上がり、刺さった槍を引き抜いて川を探しに歩き出す。


とりあえず見える森に突っ込んでみようか。川の近くに森もあるわけだし。


バッタリと、明らかな不審者に出くわした。真っ黒のロングローブを着て大切そうに先端に鳥の意匠をほどこした長い木製の杖を抱いている人?だった。


いやはっきりと人だと断言するにはこの世界に対する情報が足りな過ぎるのだ。木陰からいきなり飛び出されたが焦って逃げるわけでもないらしい。


ボクが槍を背負っているのに構えないのを不思議そうに眺めながら。


「魔女の森で何をしている?」


驚くことに若い声だった。魔女って。えぇ……キミは見るからに魔女だけど単純な名前だなぁ。


「森でイノシシに襲われて荷物を全て失いましてね。命からがら逃げたはいいものの地図も無いので帰れずに困っていたんです」


ペラペラとハッタリが出てきて吐き気を催すがなかなかの嘘だった。


「そうか。ふむ。魔女には関わらない方がいい。魔女が言うのもなんだがな。良ければ町まで送ろう」


送ってくれるのか。しかし森の外まででもなく町までというのがありがたい。そこで気づく。そういえば「ある程度のカリスマ性」なんてもらってたな。


「それはありがたい。ぜひお礼を、と言いたいのですがあいにく持ち合わせもなく」

「結構だよ。魔女というのは嫌われていてね。正直まともな男性と話したのすら数年ぶりだよ。案外うれしいものさ。敵意を向けられない会話というのはね」


と、町の方向へ杖を向けてくれるので、町の方角へと足を進める。カリスマ性ってある程度じゃないのかなぁ。町中まで送ってもらうのはムリそうだ。


「少し話し相手になってくれないかね。私は生まれも育ちもこの魔女の森で、まぁ町の人間からは禁忌の森だとか呼ばれているがね。正直に言うと何度も殺されかけたよ。魔女というだけで恐ろしくて仕方ないんだろう」


「自分と違うということはそれだけ恐怖があるんです。恐怖の反対は理解だと。理解する努力は愛という感情に似ているんだと思います」


地面の感触を確かめるためか、自分の感情が沈んだためか。自然と視線が落ちる。足場が特に悪いわけではない。


しかしどこの木の根に足をかけるかわからないのだ。それにまだなにか魔物が出てくるかもしれない。クスクスと笑う声に目を向けると


「そうか。愛とはそんなわかりやすいものか。生まれながらの謎が一つ解けたよ」


このあたりは年相応なんだな。もしかしたら箸が転がっても笑うかもしれない。そしたら箸置きを作ろうかな。


そこでこの異世界の文明レベルってどんなものなんだろう。という疑問が浮かぶ。さすがに箸置きくらいあるか。しかしどんな話題を振ろうか。


いや町まで行けば置いてあるものからいくらでも察することはできるだろう。こちらからボロが出そうな話題を振るのはいくらなんでも総計だ。博打なんてのは倍率が見えて初めて成立するのだ。


「ついでに見かけないファッションだが今はそんなのが町では流行っているのかね?こんな森に居るとセンスに疎くてね」


思わず「あっ」と声が出る。なんなら濁点まで付いていた。表記も発音もめんどくさい感じだった。濁点が付くひらがなって五十音の内で二十個もあるんだな。とか現実逃避までしていた。いや、どうすれば致命傷を避けられるだろうか。


「ファッションには私も疎い方なので参考になりませんよ?町から町へ行商しかしてないので。ファッションが良ければ物が売れるというのはそれこそ服飾店なんじゃないですかね?」


ゆっくりと値踏みするようにつま先から髪の先までゆっくりと視線を動かす。ボクは見られて困る服装じゃなかったよな?


と思わず自分の服を確認してしまう。あのまま、死んだ時のまま、の服だった。そういえば痛みとか全然覚えてないな。衝撃というか吹っ飛んだような感覚はあるんだけどな。


あの時は何で外に出たんだっけ?そうだそうだ。コンビニまで炭酸系の飲み物を探してたんだ。いつもは近くの自販機なんだけど確か補充待ちで、だったら大きい2リットルの炭酸でも買ってしばらくつなごうと思ったんだ。


でも炭酸って封を開けたら抜けちゃうから飲みきる速さも美味しさにつながるよなぁ。とかくだらないことを考えてたんだ。


結局コンビニに着くことは無かったけど。コンビニに行く服だったんだ。青いというより空色の緩いパーカーで内側に着た薄い白地のアニメシャツを隠すようにしながら七分丈の白いパンツを同じく緩く着こなしていた。


暗くないのにドライバーの視界に配慮した服だった。結局はねられたんだが。そこまで考えていたところで、肝心の魔女さんの反応が遅いな?と視線を移すと、プルプルと震えて堪え切れない笑いを零すように


「……そろそろばらそうか。魔女の森にイノシシなんて動物は出ないよ。領外じゃあるまいし。異形なんて出ても有名なのはヒトガタまでかな。人を襲うがアレは魔力があれば見つかるマヌケは居ないだろう」

「んぐっ」


人生初めて出す声が出た。てゆうかどっから出たんだ今の声。なんだろう表現に困る声だな。というか人生終わってるんだった。なんなら冒険も終わりそうだった。冒険の書も消えてしまいそうだった。あの特徴的なトラウマ音を頭で響かせながらここは言い訳せずに正直に話そうと向き直ると


「言わなくてもいいよ。渡り人だろ?この世界じゃ珍しいことじゃあないんだ。実を言うとね魔女の黒いローブは嘘というか悪意を感じると静電気のようなものが首筋に走る形式になっているんだ。


キミは会ってから最初の一言に感じたのと先ほどの『行商』のあたりかな?つまり行商人ではないんだろう」


言葉の端々に知らない単語が出てきたがもう嘘が通じないならハッキリ聞いた方が楽なんだろう。少し唇を尖らせ不満を表しながら


「『渡り人』っていうのがボクのことだとはわかりました。まぁ隠し事も出来なくなったので交互に質問という形で妥協しませんか?」

「拗ねるな拗ねるな。というより交互で質問する意味はなんだね?君が質問攻めでいいと思うのだが」

「いや、それだとあまりにアナタにメリットが無いのでさすがに町まで案内してもらって持ち合わせもないんじゃ、ヒマ潰しくらいにしかならないかと」


救えないじゃないか。それでもヒマ潰しにしかなれないのが心苦しい。しかし渡せるものも無いのだ。救われたのはボクじゃないか。というより金魚しか掬ってなくない?


「驚いた。『渡り人』はどこの文献でも傲慢というか、明らかに能力で劣る私たちを下に見ている節があるからな」

「えぇ……文献に載ってるんだ。ってことは、あぁ、これが一つ目の質問と取ってもらって構わないんだけど毎回どんなタイミングで来てるとかわかる?」


「ん?そうか『渡り人』の来る理由か。そうだよな。意味があるハズだ。私が知っているのは二人だが一人は二年前くらいかな。領外にドラゴン退治なんて言ってたかな?もう一人はどうだったかな。確か八か月前、何かを召喚だったか。そっちは魔女に協力を頼みに来てたから顔も覚えてるな。と言っても私は参加出来なかったんだ。キミとは似てない黒服に黒のズボン、黒いメガネをかけた四十代の男だ」


顔は覚えていると言ったのに顔の情報が少なすぎるだろう。たぶん印象をサングラスに吸われたんだろう。大きな装飾を顔付近に置くことで全体をぼやけさせる。というより黒すぎだろ。


服の色なんて着替えればガラリと変わってしまう。魔女の黒ローブの印象に合わせたのか?なんだ?そんなに覚えられたくなかったのか?


「では聞いてみてもいいかい?」


見れば落ち着きがないようにそわそわしていた。思わず吹き出しそうになりながら「どうぞ」とうながすと


「君の居た世界にはどんな魔法があるんだ?正直今の私にはどうもこの世界の魔法は窮屈でな。なにか発想というか刺激が欲しい」

「魔法は残念ながら無いかなぁ」

「そうかぁ。ないのかぁ」


明らかにガッカリしていた。それはもうクリスマスにサンタの服に着替える父親を見つけたようにガッカリしていた。


「ほらもう少し参考になる話もあるからさ、ボクの世界じゃ電気で動く車があるんだ」

「クルマ?電気は魔法で出せるがクルマは知らんな。何だそれは電気で動くあたり念動力の類か?」


文明レベルを考えてなかった。この辺の話は町についてからの方がわかりやすくない?ってゆうか車無いのかよ。移動どうしようタクシーないんだ。徒歩とかボク疲れちゃう。


「……何だ?変だな」


その時ゾワリと何か、体を這うような、血管の位置がハッキリわかるほど血流が一度、心拍と共にバクリとなる感覚が走る。


「魔力が震えただろう?今のは異形が殺意を出した感覚だ。領外付近でもないのに異形だと?しかも数が多い。街付近で同時に起動した形になるな」


魔女さんが走り出すので慌ててついていく。町は案外近かったらしい。すぐに森を抜けると、走り出して一分とかからず煉瓦造りの家が集まりさらに遠くには城まで見える。


城とかあるんだ。あ、でも日本も現存する城あるしな。文明レベルとしては二百年前後の開きかな。いや、魔女さんが行けた森の中で街の近くまで来ていたということだろうか。


町の人と魔女とは交流がなかったらしいし、関わるな。と言っていたからには、本当は積極的に関わりたくはないんだろう。しばらく黙っていた魔女さんが


「六体。おそらくヒトガタだが一つおかしな反応がある。司令塔だな。統率も取れているし、数で潰されるのを避けている。城の衛兵は何をしているんだ」


その言葉の節々には痛いほどの怒りがにじんでいた。なぜ交流すらない、もしかしたら嫌われてるかもしれない人を、本気で心配出来るんだろうか。不思議に思いながらヒョイときっと街の境界であろう木で出来た簡易な柵を飛び越え


「じゃ、司令塔を潰せば街の人でも対応出来そう?」

「ムリだな。下手に刺激して抵抗したらしい。衛兵が来る前に戦力を一か所に集めて一人ずつ殺す方向になったらしい」

「目的は単に大量殺害かな。一人ずつ、ってことは第一目標は達成したと考えていいだろう」


やけに大通りを避けて細い道を駆けるので追い付くのにも足元に注意しながら走っていると突然杖で前を遮られる。


「来る途中で死体を見なかったのはこういうことか」


視線を向けるように杖の先端を向けられると、死体を運んでいる子供のラクガキの棒人間のようなヤツが見えるだけでも三体居た。


そして集まっている死体は二十人前後、その中心にいるアイツが司令塔だろう。棒人間が二つ三つ集まったような見た目が強そうには見えないのに拒絶反応すらある。と、その司令塔の棒人間で言うと黒い頭の部分が脈動を始めた。


「まずい。アレを止める手はあるか?」

「この距離はさすがに届きませんよ。走って六秒殺すのに二秒欲しいですかね。てゆうかアレどうやって殺すんですかね」


言ってる間にも脈動は大きくなり死体を無造作に持ち上げる。イヤな予感がした。分厚いステーキにフォークをさしてゆっくり持ち上げるような動きだ。アレ食おうとしてないか?


「人間で言えば首の部分だ。切り落とせば止まる。八秒でいいか?」


そんな間にも杖の鳥の装飾がバリバリと光っていた。ブツブツと何か言っているのはたぶんゲームじゃよく見る詠唱じゃないかと思う。磁力を反発させるように不安定に膨張と縮小を繰り返す。背中をトンと押され


「行け!」


同時に収縮した科学博物館の静電気を視覚化した球体が真上に飛んでいく。反発させていた障壁が無くなったからか見る見るうちに膨らんでいくその間にも走っているボクに気付いた三体?が邪魔はさせないというように道を塞ごうと走ろうとしてくる。


「バンッ」と風船が割れたより少し低いような音が鳴る一斉にヒトガタがそちらに意識を向ける。魔女さんが何かしたんだろう。信じることしか出来ないけれど、まぁそれだけ出来ればきっと満足なのだ。


ぐいっと腰だめに構えた槍を司令塔の首に向けて一気に突き出す。もっとも棒人間型の黒い頭は三つもあったが、とりあえず直感で一番上のものを狙う。槍など人生で使ったことは無い。


しかしズルリと槍の刃先を滑るキャベツサイズの黒毬は明らかに息の根を止めたことを実感させた。そのまま自分の体ごと槍を振り回すように二体目の首を引き裂く。


これは失策だっただろう。もう一体の動向を確認せず安全確保を怠ったのだ。最後の一体は視界の端でゆらりと凶器のような右腕の先端をボクの心臓に向けていた。ってゆうかコイツら正面ってどっちなんだろう。


パッと見じゃあ空間に墨を垂らしたような黒毬は、殺意どころか感情すら感じさせない。でもさっき人間食おうとしてたなら口がどこかにあるのかな。


考えている間にもゆっくり心臓へ近づいている。敵が遅いのではなく走馬灯が起きて思考が加速しているのだ。適切な対応も浮かばずに無駄な思考ばかりグルグルと恐るべき速さで回っていく。もしかしたらもう体に刺さっているのかもしれない。


しかし、凶器が心臓に届く目の前で「バシィ」と電流が走ると、惜しむようにブルブルと震えて崩れた。煙は出ているのに不思議と焦げ臭くはなかった。


「無事か?余裕を見て十秒持たせてよかった。あそこは逃げるべきだったろうに。何を悠長に戦っている?」

「いや、いざ戦闘となると思考が回らなくてですね。これ一人でなんとか出来たんじゃない?ボク必要だった?」


死ぬのを意識したのは二度目だが一度目は正確には死ぬ瞬間すら覚えてないんだから実質初めてだろう。多少なりとも恩義を感じないわけでは無いが、最初から魔女さんがまとめて相手した方が早かったんじゃないかと思う。


「アレは緊急措置だ。一人じゃあ『雷鳴弾丸』なんて撃てないよ」

「雷鳴?なんだって?」


呪文か。それは。いや魔法か。魔女だし魔法の一つ二つ使うよなぁ。ボクも何か覚えてみたいなぁ。なんかこう微妙に使えなさそうなの覚えそうだよなぁ。


「すみません。第二支部衛兵部隊長ランドルトであります。こちらで三体処分しました。状況確認に協力を」

「遅いぞ。それに第二支部だと?ふざけているのか。城の警備ばかりでなまったんじゃないのか」


嫌気というか吐き気すら感じているかのようにイラついている。ん?魔女の森で生活してきたなら何で町の様子に詳しいんだ?


どれだけ衛兵が居るのかわからないが第二支部、というかこの速さで衛兵が来てくれただけでもありがたいのでは?警察のようなものだと考えると確かに二十人前後の被害が出ている時点でダメなのかもしれないが。


「ただいま第一支部は領内に出た中級ヒトガタと戦闘中でして」

「中級!?どうしてそこまで放っておいたんだ。下級のうちに処分出来なかったのか?」

「領内に来た時点で中級だったんです!第一支部の半数は魔力爆発の捜査もしてまして、こっちも何が何だか……」


ん?やっぱりボクいらなくない?てかアレ弱い方なの?ヤダボク自信無くしちゃう。とりあえず情報集めというか状況確認とか出来るならありがたいなぁ。ボクこの世界の事あんまり知らないからさ。


「とりあえず城までお越しいただけますか?下級といえど魔女と二人で三体撃破は勲章ものですよ。城主から直々に第一支部に誘いがかかるかもしれませんよ?」

「いや、私は……」


そこで魔女さんは言いよどむとビタリとボクと目があった。すると、「そうだ」と言うようにポンと手を叩いて


「ぜひ案内してくれ。そして出来ればコイツを城主にかけあって冒険ギルド手続きをすっ飛ばしてやってくれ」

「「は?」」


思わず衛兵さんとハモってしまった。そうですよね。ギルド手続きをすっ飛ばすなんて出来るわけないですよね。やだなぁ魔女さんったら。ねぇランドルトさん?


「ギルド手続きをされてないんですか?それでヒトガタに対応出来たと?」

「あぁ。どことも契約していない渡り人だよ。喉から手が出るほど欲しくは無いかい?」

「え?アレ?ボク売られてない?アレ?知らない間に厄介払いされそうになってない?イヤだよ!?ボク魔女さんとじゃないと行かないよ!?」


当の魔女さんはと言えば目をぱちくりさせていた。


「そういえば、キミにまだ名乗っていなかった。私は雷の魔女ヴォルトのミリア。ヴォルト・ミリアだ」


あぁ。そうだ。名前なんて名乗るのはいつぶりだろう。緊張なんてしないけど、期待なんてしないけど、それでも。始まりはここなんだろう。ずいぶんと長い間、誰とも始まらなかったけど、終わってばかりだったけど、初めて異世界なんて来たんだ。二度目の人生とはよく言うが、そんな感覚をここで味わうとは思わなかった。震える手をグッと握りこみ歯を食いしばってやけにうるさい心臓を黙らせるようにゆっくりと深呼吸する。


「ボクは特に肩書のない加藤幹夫。気軽に幹夫って呼んでくれるとありがたいかなーって思います」


まさかあんなにうまくいくとは思わなかった。町を潰すのは失敗したけどヒトガタ七体で戦果は上場。やはり戦力は城の衛兵に集中していて街の住人は動く的というかヒトガタ成長のためのサンドバックって感じだったかな。


「つまらなそうだな」

「コールドゲームというのは寂しいもんさ。自分が大人げなくなる」

「目標達成はしても戦果評定はAという感じかな?ここまでやれば領主が出てくるだろう。というより想定外だった渡り人も確認出来て一石二鳥だな。ムリして領主を潰す理由もなくなったかもしれん」


この悪魔の言うことには渡り人には二種類居るらしい。いわゆる天使に対する悪魔のようなもので「ヒーロー」と「ダーク」と呼ばれているそうだ。実にわかりやすい。


「まぁ領主なんてのは天使がやってるだろうな。神から直々に命令を受けてその領土を管理しているんだろう。目障りな奴らさ。目標を決めて時間稼ぎと称し異世界の浄化を自分の手を汚さずにやってるんだろう」


「それこそオマエが逆の立場に居るからじゃないのか?向こうは神がヒーローを使って浄化を進める。悪魔がダークを使って抵抗をする。わかりやすい二極化だな。結論は神も悪魔も人間をたぶらかすだけで自分は高みの見物だ。だからってどちらに付きたい訳でもないさ、たまたま今は利用価値のあるオマエに付いてるってだけさ」


「ま、そんなことより銃って腰に下げてたら目立たないか?」

「さっきの戦闘で兵士の反応見てなかったのか?銃なんて技術力が足りないから見られても気に留めるモノでも無いんだろう。武器に見えもしないんだ。こっちからすれば木の杖から火が出たり水が出たりするのを警戒出来ないのといっしょさ」


結局オレたちの目的としては世界の支配者を気取る神に反逆しているのだ。そのためにまずは天使を討つ。さすがに直属の部下がやられれば出張ってくるしかあるまい。


天使をおびき寄せるには同じように領内をガタガタに荒らしてやればいいのだ。つまるところ、神を出す為に、天使を倒し、天使を出す為に領内で問題を起こす。第一目標の達成率は今のところ三分の一といったところだ。ならば次に打つ手は何か。


冒険ギルドに着いた後、ボクは神様の言っていたことに納得した。明らかにおかしい依頼があるのだ。どこがおかしいのかというと。


「『中級ヒトガタ一体を討伐せよ』ねぇ。雷の魔女さん、これだけ報酬金額おかしいし、なにより依頼主が城主ってなってるけどこれ女の人じゃない?」


「もっと気安くミリアとか呼んだらどうなんだ。この町はな、城下町というだけあって統制のとれた衛兵も居て治安がいい。そしてなにより城主が美人の女王なんだそうだ。まぁ噂程度しか知らんのだがな」


なんかこの依頼書だけ明らかにお札に入ったすかしのような、光を反射して文字が浮かんでいるのだ。しかも魔女さんにそれとなく聞いても女王から来る依頼というのは特殊ではないらしい。


つまり、この「神様より」と書いてあるのはボク当てなんだろう。ボク当て、というか渡り人当てというのが正しいか。


「中級ヒトガタってどれくらい強いんです?主に前回のヒトガタと比べて。」

「ふむ、説明すると長くなるが異形には下級、中級、上級、特級といる。まぁこの際特級は省かせてもらうが、上級はそこそこ数が居る。領土破壊級、とも呼ばれると言えば分りやすいが、これは領外で天使級が対処する。領土に近づいた時点で天使が片づけるが手こずる上にその間は領壁が無防備になる。渡り人三人で天使一人と同じ強さと言われている」


うへぇ。てゆうか渡り人が三人居て手こずるとかボクなんかダーズ単位で居ても負けるんじゃないだろうか。天使ってアレか?神様の付き人みたいなあの人か。えっ、あの人そんなに強いの?


「上級と中級も天地の差がある。俗にいう三対一の関係だ。中級三体居れば上級と同じ強さなんだ。つまり、さっきの話で言うと渡り人と中級異形は同じ強さなんだ」

「…………は?」


そうか上級が渡り人三人でイコールなら、その計算も正しいわけだ。そうか、街でヒトガタ三体を相手にしたのは意外と危なかったわけだ。


現に死にかけたし。いや、魔女さんが助けてくれなかったらまず死んでただろう。下級ヒトガタ三体は渡り人一人分の強さというわけだ。


「まぁ君の言いたいことは顔に書いてあるので省かせてもらうが、では下級から中級に変化するのはどういうことかというとおよそ一般人二十人分の魔力回路が居る。」

「そこは三人分じゃないの?」

「下級ヒトガタが一般人とイコールな訳がないだろう。私のような魔女は別としてもミキオは食われたらまず変化するな。下級から中級まで。そしてこの厄介なところは倒した時ではなく、食った時、つまり死体でも関係ないわけだ」


「二十人分の死体で変化するってこと?ちょっと待って。領内に出るってどういうことなの?天使が守ってくれてるんじゃないの?」

「基本的に天使は中級の異形から領内には入れない。さっきも言ったように上級を相手にしていたら本当に無防備になる。ただし天使はかなり計画的に動くから中級が領内に入ってくるなんてことほぼほぼ無い。逆に言えば、下級は弾かれない。そして領内で成長する分には天使は感知できないわけだ」


なるほど、そこを狙った何者かが居る。しかも中級を狙って出して同じタイミングで町を襲っている。おそらく組織犯行だろう。


計画性がハッキリしすぎているが目的は何だろう。愉快犯としたらお手上げだが同じ領内に住んでいて自分の立場すら危うくするのはおかしい。それに思考の理解出来ないヒトガタの誘導は難しいだろう。


「じゃあ中級ヒトガタって主に下級ヒトガタと弱点は共通なんです?あの黒い首の部分を落とせば倒せるんです?」

「見ればわかる。とは言いづらいな。ヒトガタを見たときの印象はどうだった?」


棒人間。ひょろっちい弱そうな関節の無い木の枝をまとめたような体に、てっぺんに子供が蹴るサッカーボールの輪郭をぼやけさせたような丸いものをつけたヤツ。ただし全身が武器になるような特性つき。


「その印象をひっくり返したような感じさ。見ないとわからないというのが正しいな。あれは災害のようなものだ。都市破壊級なんだから、アレが三体居たら確かに領土が落ちるだろうな」


「……見たことあるんですか?」

「ある。と言っても幼少の頃だがな」


とりあえずこの依頼は受けなければならないのだろう。とは言っても神様の依頼だとしてこれをクリアしたらどうなるんだろうか。


やっぱりこの世界で生活続行?そういえばこの世界で生活するボクのメリットって何だろう。天国地獄へ行くまでの時間稼ぎとしても神様の依頼をこなすのだ。それに対するメリット。たとえばこの依頼を無視した際のデメリットとか…


「この依頼には参加せざるを得んな」

「何でです?わざわざ命を危険にさらす意味があるとでも?正直お金に困ってても他の依頼やった方が安全なんじゃないかと思うんですが」

「ん?うむ。安全だ。しかし城の主戦力が戦闘で疲弊している。おそらく第二支部がこの依頼は合同で出るだろう。そこで彼らも帰らずいよいよ城が切るカードが無くなったらどうなる?」


そうか、この町が危ないのだ。総力戦としてもここは分水嶺なのだ。しかも第一支部から攻撃されていたと考えればもう後手なのだ。チェスで例えればチェックをかけられていて、将棋で例えれば向こうは詰み手が見えている状況だ。


「だから日時表記と名誉分配なんですね。要するにこれは城の全財産で参加者全員分配制で討伐したものには特別名誉的なものが出るんですね。もう準備期間もほとんどないや。用意するものとかボクにはないんですけど」


「とらぬ狸の皮算用とは言わんがやけに自信があるなぁ。何故もう勝った時の予測が出来るんだい?私はもう正直逃げ出したくてたまらないんだが。町の住人も大半は逃げる用意をしてるんじゃないかな」


だから依頼表にはボク達以外居ないのか。きっとみんな義勇軍としてこの依頼に参加する予定なのだろう。作戦も立てるとかそんな状況ですら無いのだ。後手から巻き返せて町も守る。でも不安は無い。下級ヒトガタとはいえ一対一なら負けない自信がある。回復能力は使いすらしてないのだ。槍はおまけでもらったものなのにここまで使いこなせたのだからメインの回復能力というのはどの程度なのか知りたい。


「自分の底が知りたい、というのもあります。どの程度なら一人で相手にして大丈夫なのか。一人で戦えなければ撤退という手段が見えます」


「命を安く考えるその考えは嫌いだな。底なんて見なくていいんだ。最後の一瞬まで抵抗すればいい。それに弱い敵だから戦うんじゃない。そもそも逃げるのが正解なんだ。どんな敵でも命のやりとりなんてするもんじゃない。強い敵には逃げ切れないから戦うしかないんだ。そこで初めて底を見る。おぞましいものさ。強くなりたいと思ったのはそこが初めてさ」


そう語る彼女はまるで自分の底を知っているようだった。そうだ。強くなりたいと思うのは誰かのためでありたい。彼女のように、死に直面した時ではない。


誰かを守れるように。手を伸ばせるように。届かない所まで努力したいから底が見たいのだ。彼女は間違っていると、はっきりと思った。


しかしそれを口に出すにはボクには何かが足りない。言葉に出来なくても行動で示すことは出来るのだ。


「素晴らしい作戦を思いつきました。準備があるので当日現地で合流しましょう」

「宿は取ってあるのか?あと二日あるぞ。突貫工事としても二日も余裕を持たせた王女は意外と有能なのかもしれん。案内しよう。もともとその予定だったろう」


宿は決まってない。しかし、これ以上魔女さんにお世話になるのもどうかと思った。宿なんて人に聞けばなんとかなるだろう。治安が悪いモーテルとかあるんだろうか。


「大丈夫です。これはボクがなんとかしないといけない気がするんです」

「イヤな目だ。死の匂いすらする覚悟の決まった目だ。しかし魔女のローブが反応しない。ウソも敵意も無いんだろう。悲しいな、頼ってもくれないのか」


それはそうだろう。「正面突撃」という素晴らしい作戦を思いついたのだから。きっと頼ったらここで折れてしまうのだ。


きっと何か全てがここで折れてしまうのだ。だから何も言わずに、自分が正しいと証明するために、折れてしまわぬように、動き出す。


「また会いましょう。では二日後に」

「あぁ、私の方も準備がある。杖の予備も欲しいしな」


ボクは登録したばかりの冒険ギルドを出る。そのまま、集合場所へと足を向けた。ボクはまだ二日ある。そう、魔女さんが来るまで二日あるのだ。その間に倒してしまおうと思った。


そこで正しかったと証明するのだ。言葉にできないもやもやを行動で示すのだ。それしか無いのだ。きっとこの胸のイヤな予感を消す方法は。


街を出てしばらく『異世界の地形情報』と照らし合わせる。比較的安全な道を選びながら集合場所へ行くと第二支部衛兵部隊長ランドルトさんが居た。


簡易テントと二匹の馬が居る馬の停留所のような場所も見える。干し草をむしゃむしゃやっていた。改めて肩書き長いなランドルトさん。すると向こうもこちらに気付いたのか


「偵察ですか?ありがたいです。第一支部の方々が時間稼ぎをしていますがどれほどもつかわかりません。依頼登録はなさいましたか?」


そんなものはしていない。なんというか城主から直々に報酬があるとか、金額がすごいとか、興味が無いのだ。


「いえ、ここで威力偵察というか、もしかしたら時間稼ぎも厳しくなってきてるんじゃないかなぁと思いましてね。休憩を入れながらある程度ループしているなら一度時間稼ぎに参加させて欲しいなと」


「は!?こ、こちらとしてはありがたいのですが本気ですか?いくら下級ヒトガタを倒したとはいえ相手は中級ですよ?私も初めて見ましたよあんなの」


だからそれが見たいんだって。時間が無くなってしまうがまだ二日ある。はやる気持ちを抑えながらあと一押し納得させる状況を探す。


ここを越えてループに入れれば対峙は出来るのだ。そこまで行ければ倒すところへ手が届く


「もしかしたら邪魔にすらなってしまうかもしれません。しかし、ここである程度時間を稼げたら冒険ギルドのランクを一気に上げることが出来るんじゃないですか?たとえば知り合いの第二支部衛兵部隊長が口利きしてくれるかもしれませんよね」


「わかりました。約束しましょう。私は城の伝令を待ちながら絶えず連絡を取り合わねばなりませんので中級ヒトガタの対応待機所を教えます。それから伝令用の早馬を用意しましょう。私が一筆入れますので向こうで戦っている第一支部の誰かに文書を渡してもらえれば、と思います。少しここで待っていてもらえますか?」


ランドルトさんは簡易テントに引っ込む。ちらりと仮眠を取っているであろう衛兵さんが見えた。きっと夜間交代制なのだろう。


六人一小隊で十八人三小隊で交代しながら戦っているのだろう。対応策を考えようにも魔女さんの言っていたように一度見てみないことにはどうしようもない。


百聞は一見にしかずだ。というヤツだ。聞いたこともそれほどないのでもう想像しかなかった。尾ひれを付けてそうとう強いんだろうなぁ。と思うしかなかった。


どれだけ強いと想像しても負けることも逃げることも出来ないというのは、不思議と気楽なものだった。


「これを持って行って下さい。馬の乗り方はご存じですよね。あとは絶対にケガの無いようにお願いします。こちらから援助出来るものはさほどありませんがくれぐれもお気をつけて。場所はこちらになります」


もちろん馬に乗った経験なんて無かった。しっかりと訓練されているうえ手綱も足を引っ掛けるアレも付いていた。アレなんて名前なんだろう。


なんか馬の背中に付けるアレとセットのヤツ。まぁ自転車と同じ要領だろう。馬に乗るというより馬に乗られるというか、いや、それじゃ意味が変わるな。この距離なら三十分とせずに着くだろう。


「ありがとうございます。どう転ぶかわかりませんが報酬は約束してもらった分で十分です。あとは成功報酬ということで」

「ご武運を」


適当にゆっくりと馬を進め始める。ランドルトさんは少し首を傾げていたがまさかボクが馬に乗ったことが無いとは夢にも思わないだろう。


とゆうか止め方わからないな馬さん。どうしよう。するとすぐに肌のざらつく様な感覚が走る。ギリギリ反応しない位置で準備していたんだろう。


少しずつ頭の中で考えを整理する。三十分というのは丁度いい時間だった。二十分もすると六人を中級ヒトガタがいなしているのが見えた。


初めて見た中級ヒトガタの印象は言われていたほど驚くものではなかった。初級ヒトガタより人っぽい形をしているのだ。棒人間のようにひょろひょろしていた体が人間のように筋肉質の丸みがある。


異形と言うより本当に人間に近づいているのだ。明らかに人と違うのは全身が墨を零したような黒さで、周囲の光すら吸っているように感じる。


ここまでくると上級ヒトガタも見てみたくなる。初級から中級は人に近づくという変化はあったがこれ以上人に近づくのはシルエット上では不可能な気がする。


戦闘フィールドとしては岩陰の多い砂漠になる前の岩場という感じだ。手ごろな岩陰に馬を隠す。止め方は分からなかったが少し強引に降りてありがとうと込めながらたてがみを撫でてみる。


なんか案外毛質が固くて微妙だったので首の横あたりを撫でなおす。なんというか言葉に出来ない感覚だった。人体の弱点であるのだがしっかりと筋肉の流れが美しい波を作っていて少し感動してしまった。


やはり根本的には時間稼ぎなので後ろで戦況を確認しているリーダー格の人にランドルトさんから渡されていた手紙を渡す。サッと目を通してもらっている間に


「交代してもらえますか?あと大きな魔法を使いたいので少し離れててもらえますか?」

「……にわかには信じられないのですが第二支部の証印付きとあらば信じるしかありませんね」


少し離れるのを足音で確認しながら目線を合わせる。ぎりぎりと締め付けられるようなプレッシャーを感じながら少しも情報を逃さないようにする。


こっちの気持ちを知ってか知らずか関節を軋ませながらギチリと向き合ってくる。槍という武器は圧倒的にリーチが強さに直結する武器だ。もちろん大きな魔法なんて使えないし遠ざけるためのでまかせだ。


どうしようか、倒すという感覚より人間に近いのでより「殺す」という感覚が大きくなる


「そういえば君って言葉しゃべれたりするの?」


人間に近い見た目なのだ。いきなりしゃべりだしたらびっくりして不意を打たれてしまうかもしれない。するとガパッと口らしきものを開けて


「ぐぉおおおおお」

「あ、知性はあるけど意志疎通は出来ない感じかな?」


足先が膝を狙って飛んでくる。全身凶器である以上避けるしかない。が、槍先で弾くように姿勢を崩させる。しかしこちらは武器が一つ。


向こうは武器の両足を崩しただけだ。崩れた姿勢から重心をずらすように遠心力ごと裏拳をとばしてくる。それをくぐるようにしてかわし軽く肘を胸に入れてみる


「ぐぶぐぐっ」


くぐもった声と共にひるむ。どうやら本当に人間の急所と同じようで呼吸器系にダメージを与えられたらしい。しかしそのまま胸が開いて左手ごとからめ捕られてしまう


「うおっ!?」


そのまま切り落とそうかと一瞬躊躇してしまう。それが命取りだった。ゴパンッとさっきより大きな音を立てて口が開く。これボクのこと食べようとしてない?ぐぐっと口が降りてくるとハッキリと内部が見えてくる。黒くうずまくそれは想像したブラックホールのようだった


「まったく君というヤツは!!」


グイッと縮みきったスプリングが跳ねるように先ほどまであった口が離れる。と同時に空間を滑るように自分の体も飛ぶ。背中にやわらかい感触を感じる


「磁力魔法のマグネリカだ。使い道が難しいんだけどね」

「さっきぶり?ボクの時計じゃまだ二日経ってないんだけど」

「高級魔法スクロールの『虫のしらせ』だ。死の確定直前に一度だけ使用者を運んでくれる魔法だ。埃をかぶっていたものだがくすねてきておいて良かった」

「せっかくだし協力してとどめを刺しますか」


ボクを心配して来てくれたであろうヴォルト・ミリアさんの肩を借りて立ち上がる。


「なに、予定を二日ほど前倒すだけだ。余裕が出来た二日で買い物でも付き合ってくれればいいさ」

「ボク、お金無いんだけど」


左足を軸にして地面に突き刺し、一気に三方向から攻撃を飛ばしてくる。杖の先端でくるりと弾き飛ばすと歌うように呪文を紡ぎ始める。こちらも負けじと一本を槍で地面に縫い付け、もう一本を蹴り飛ばす


「「とどめだ!!」」


「あー、あー……つっまんねぇな」


空気が、止まる。いつの間にか届いていた二人の一撃は完全にヒトガタを貫いていた。勝利が確定していた。乱入してきた人間の勝利だ。


銃口を後頭部に突きつけられている。ヴォルトさんはもしもさっきのヒトガタが、女性の形をしていたらこんな形だろうというような黒い影に後ろから抱きつかれる体で包まれている。少し身じろぎしたら柔肌からツゥっと血が流れる


「気を抜き過ぎなんだよ。何で敵が一人だと思った?そんな大技で決めていい相手だったか?」

「ヒトガタは人類の敵でしょう!?コントロールしていたとでも!?」


振り返って姿を見ようとするがゴリリと銃口をこすられ動くに動けなくなる。ヴォルトさんは動くなと言うように首を振る。そのせいで自分の首筋には幾筋も傷が走る


「残念だよ。知らないのか?神に協力者がいるように悪魔にも協力者がいる。ならお前たちのような邪魔者の命を真っ先に狙う人間が居るだろ。さらに言えばヒトガタは動物みたいなもんだ。コントロールというよりは誰にでも出来る躾だ」


「狙いはボクの命か。じゃあ彼女はいいだろう。ボクを殺して満足してくれるか?」

「待て待て待て!降参だ!協力する!君の望みは彼の命では無いだろう!天使か!?城主か!?頼む!命だけは助けてくれ!」


多少ヒトガタが腕を緩めなければ本気で死んでいたハズだ。それほどの命乞いだった。そんな価値なんて無いというのに


「ならお前の理由を語ってもらおう。魔女だぞ。なのになぜ領土内で人類に協力している?本来お前はこちら側だ」

「ッ!魔女にも居場所がある!人間に協力したいと思うことがそんなに悪いことなのか!?」


居場所が欲しかった。たとえ嫌われ者でも、腫物のように扱われても、安全だったから領土の内に居る。それよりも手を取り合いたいから一歩歩み寄ったのだ。それがそんなに悪いことなのか。しかし突然ヒトガタが首を振る


「時間切れだ。残念だよ。いいだろう君の要求は呑もう。魔女の命は保障しよう。だけど君の命はもらっていくよ」

「待っ」


ダァン!!と音がした気がした。胸に大きな穴が空いていた。後頭部にあった銃口はいつのまにか少し下に向いていたようだ。何故頭を狙わなかったんだろうか。ヴォルトさんが駆け寄ってくるのが見える。ヒトガタが離れると霧のように消えてしまう


「まだ君に伝えてないことが山ほどあるんだ。やりたいことだって!」

「気の合う仲間なんて……初めて出来たよ……」


遅まきながら頭を狙わなかったのは最後に話すためだと気付く。妙に生ぬるい液体でぬるぬるすると思うとヴォルトさんがボクを抱きしめていた。ボクの血液でどろどろになっている。いつの間にか地面も真っ赤に染まっていた。何か叫んでいるように聞こえるが何を言っているのかわからない。こんなことなら読唇術とか勉強しとけば良かったな


ここで意識が無くなる。そういえばここで死んだらどうなるのか、聞いてないなぁ


「凡人と天才をワンアクションで見分けるにはどうすればいいと思う?」

「銃を構えて避けなかったヤツが天才だよ。反射的に避けるヤツってのは恐怖しかない。避けないってことは避ける努力を以外の努力をしたってことだ。それは銃を理解する努力だったり、引き金を引くタイミングを見計らう努力だったり、そもそも銃が人を殺すと知らないヤツには効果がないが」

「ヒトガタを使って私を具現化させるなんて考えたね」


そもそもあいつらが食っているのは人間の魔力だ。それで具現化するのは人間に形が寄っているからだ。人間を食べた数で形が人間に寄るなら、もしも死体にオレの魔力を流したらどうなるのか?という話だ。


「もっと言えば想像も出来ない行動をするのが天才だ。凡人、天才の他にも分けることが出来て、仮に非凡人としよう。努力の出来ない『凡人』、想像できない動きで回避する『天才』、努力の出来る『非凡人』。非凡人の範囲を想像の出来る動きで回避する、まで引き上げるのが努力の範囲だ」

「君は生粋の戦争屋だね。努力で銃弾を避けようと考える発想自体狂っているよ。しかし、さっきのあれは時間が短くて良くない。あれだけコストがかかって実体化出来るのが5分も無いとは思わなかったよ」


確かにあれだけ時間をかけて犠牲を出して、ヒトガタを器として使ったのに内容物に器が耐え切れなかった?何が原因で?空の器だから?、意識が無いから?心が、無いから?そういえば、だ。そういえば心臓に穴の開いた人間を助けられるのかは知らないが心臓が止まった人間を助けるAEDは15ジュールだったか


「2000ボルト、50アンペアで電流を流し続けてみろ。仮にも雷撃の魔女なんだろ?コントロールは知らないがコンマ何秒かで流して生体電流を操作をしてみろ」

「救命魔法でも治癒魔法も出来ないんだ。私は雷撃の魔女だぞ、属性には使えない分類があるんだ」


助ける義理もない人間に何故アドバイスをしたのか。というより天使は来なかったか。無駄骨だったな


「ならそこで一生蹲ってろ凡人」


あー、あー…………つっまんねぇな。


ぼうけんは ここで おわってしまった !

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