白雪姫 7
「呆れられる理由…」
悪役が姫を嫌う理由。殺したいと思うほどに憎む理由。しかし、人の共感を得やすい理由では駄目だ。悲劇の人生を歩んだ悪役として、姫よりも目立たれては困る。
「コンプレックスを刺激された、というのはどうでしょうか?」
「コンプレックス?」
「はい。自分が過度に気にしているというものは、意外と他人には大したことがないものです。だけど、その人にとっては何よりも大きなこと。それならば、人の同情を買うことはないのでは…と思ったのですが」
「コンプレックス。コンプレックスね。…良いんじゃないかしら?」
継母は顎に手を当てて、頷いた。そして、「それなら、私も演じやすいわ」と続けた。
「私にもコンプレックスはあるもの。それを利用すれば自然な演技になるはずよ」
「コンプレックスですか?お義母様が?」
予想外の継母の言葉に姫は驚いて聞き返した。黒髪に美しい神秘的な黒い瞳、体つきは細くて美しく、いかにも大人の女性といった魅力のある人だ。また姫の計画を理解する聡明さがあり、立ち居振舞いも美しい。非の打ち所がない。それが姫にとっての継母だった。
「あら、私にだって劣等感を感じる部分の一つや二つはあるものよ」
「例えばね…」と言って、継母は席を立つ。そして姫の方に歩いてきて、頬に手を当てた。
「私は貴方が羨ましい」
継母の言葉に姫は言葉を失った。
「素敵な瞳ね。貴方の聡明さや優しさが滲み出ている。笑う笑顔はまるで花が綻ぶようで、誰だって見惚れてしまうでしょう。姫を見た者たちは皆、愛らしい美しさに惹かれて、貴方のことを好ましく思うでしょう。貴方は皆から愛されている。父親からも。王として無能でもあの人は酷い父親ではないわ。私が欲しくて仕方がなかった父親からの愛情を貰い、周りの者からも慕われている。ええ、とても…羨ましい」
「私にはなかったものだから」と継母は言う。
「私は昔から愛想がないと良く言われるわ。上手く笑えないし、母のように綺麗でもない。姫のような愛らしさもない。父親からも愛されなかった。これが私のコンプレックス」
継母は姫の頬から手を離した。自分の顔が強張っているのが分かる。まさか彼女が自分のことを羨ましいと思っていたなんて、思いもよらなかった。
「お義母様…私は…」
何て言えば良いのだろう。継母の過去は聞いてはいたが、ここまで彼女の心に影を落としていたなんて…。
「ごめんなさい。困らせてしまったわね。貴方を責めたい訳ではないの。それどころか私は姫に感謝しているの。私に計画のことを打ち明けてくれてありがとう。共犯者に選んでくれてありがとう。姫が女王になってくれれば、母のような愛されずに救われなかった女性を減らせるかもしれない。そんな希望をくれてありがとう。貴方があの時、私に声をかけてくれなければ、私は貴方のことを嫌いになっていたかもしれない。母を虐めた人たちような、心の汚い人間になっていたかもしれない。私が本当に悪役になっていたかもしれない。…だから泣かないで、白雪姫。貴方のせいじゃないのよ」
継母の言葉に漸く、姫は自分が涙を流していることに気がついた。彼女の暗い幼少期のことを思うと、胸が痛いほど締め付けられた。
姫は確かに夢を理解されなかくて、悲しかった。それでも姫を慕う人たちは周りにいてくれた。王も姫のことを娘として可愛がってくれた。
でも、目の前の悲しげな女性は違ったのだ。誰もいなかったのだ。唯一魔法の鏡だけは側にいてくれたが、彼女を守る人間は誰も彼女の周りにはいなかったのだ。
何て…悲しい。
(私は彼女に何ができるかしら…)
この悲しくて、優しい人に自分は何ができるだろう。幸せになって欲しい。そんな寂しげな微笑ではなくて、幸せそうな笑顔を浮かべて欲しい。そのために、自分は何ができるだろう。
「お義母様、私は女王になります。何としても。この計画を成功させましょう」
せめて彼女の希望だけは守ろう。姫はそう決意した。
その夜のことだった。
「姫様。姫様。私です。魔法の鏡です」
コンコン…とドアがノックされた。ベッドで寝ていた姫は深夜に誰が来たのかと一瞬恐怖を感じたが、魔法の鏡だと聞いてほっと息を吐いた。
「魔法の鏡さん?どうか致しましたか?お義母様の部屋にいたのでは?」
人の姿になった鏡と小人たちは、計画の実行の日まで継母の部屋にかくまってもらうことになった。魔法で彼女の部屋に隠し部屋を作り、彼らにはそこに入ってもらうことになったのだ。だから、鏡も本当は隠し部屋から出てはいけないはずなのだが…。
(何か用事でもあったのかしら?)
姫が首を傾げながらドアを開けると、やはり人の姿となった鏡が立っていた。
「夜分遅くに申し訳ありません。決して邪な気持ちはありませんので、安心してください」
「ええ…それは心配してませんが…」
継母の友人である彼を疑う気持ちはない。年頃の姫の部屋を訪れたのも夜這いといったものではなく、何か特別な事情あってのものだろう。
「実は姫様にお願いしたいことがあるのです」
「私に…ですか?」
「はい。お妃様に関することでございます」
そう切り出し、鏡は姫にある頼み事をした。




