白雪姫 3
「君が…僕の読書の邪魔をするまではね。これで…良いでしょ?」
一通り、説明を終えた彼はまた書物に読書に戻ろうとした。しかし、その彼の肩を姫は掴む。
「何?」
「貴方は王子ですか?それとも貴族?」
「一応、王の息子ではあるけど」
「権力とかにご興味は?」
「ないよ。あんなの、面倒くさいだけじゃない」
「結婚は?婚約はしておりますか?」
「してる訳ないじゃない。父様はこの舞踏会で相手を見つけてやるんだって言ってたけど、僕は女の子とか興味ないし、結婚とかしないで、ずっと部屋に籠ってダラダラと本を読んでいたい」
素晴らしい。これほどまでに、計画の王子役に相応しい人物がいるだろうか。
王子であり、興味の対象は書物に限られ、権力には一切の興味がない。となれば、妻である姫がどんなに好き勝手に動こうと、何とも思わないのだ。本と衣食住を提供していれば何も文句は言われない。
よし、この人ならば自分の夫に相応しい。姫はそう思って、王子の手を取った。
「私と結婚して頂けませんか?」
「はっ…?」
本のページをめくる手が止まった。彼は呆然と姫の顔を見ている。
「貴方と私の相性は最高です。貴方のような人をずっと探しておりました。何年も、そう何年も!是非とも私の結婚してください!!」
「…頭、おかしいんじゃないの?」
「いいえ!私は至って正気です。私たち二人の未来を真剣に冷静に考えた上での判断です。貴方は一生ダラダラできます。働く必要はありませんよ。私が一生養いますので、ご心配なく」
そう。彼はずっとダラダラしているだけで良いのだ。仕事もする必要がない。だって、彼の代わりに自分が働ければ良いのだから。
彼は気の向くままに、本を読み漁り、睡眠を取り、ダラダラと過ごしたい。
姫は初めての女王となり、国をより良くし、男性を優遇するこの国の価値観を変えたい。
利害は一致している。まさに最高のパートナーだ。
「え…?何が…?怖っ…なんかこの人怖い」
「怖がる必要はありません」
「止めて…こないで…」
「逃げないでください。貴方の願いを私が叶えて差し上げるのです」
王子役の理想は、姫の考えを受け入れてくれる人だったが、そんな人物なかなかいない。舞踏会にもいなかった。価値観というもの簡単に変えられるものではない。普通の人、この国の価値観が既に身に付いていしまっている人では駄目なのだ。
しかし、目の前の王子は違う。ただ気が弱いというだけではない。姫のやることにも無関心であると思われるのだ。彼の考え方も良い。価値観が本を何よりも重視していているから、計画に悪影響を与えない。
この王子を逃す手はない。彼こそ、自分の理想の王子なのだ。姫は必死にアプローチした。
王子は本を大切に抱き抱えて逃げ、姫はそれを追いかける。二人の追い駆けっこは一時間ほど続いた。
「何っ…説明して…」
「はぁ…はぁ…私、体力はないのですから逃げないでください」
「君が…追いかけるから…悪い」
「分かりました。分かりましたから、一から説明しますから、逃げるのは止めてください」
姫は継母に話した計画を王子に伝えた。彼は、王のように姫の夢を笑うことはしなかった。
「女王になりたいの?」
「そうです。女性だから王になんてなれない。それは大勢の家庭教師たちから言われました。そんな馬鹿なことを言ってないで、と夢も貶されました。それでも諦めきれなかったのです。だから何年もかけて計画を立てた。計画の悪役はある人が引き受けてくださいました。あとは王子役だけなのです」
「森の小人とかは?」
「それには心当たりがあります。彼らならば、私の助けになってくれるでしょう」
「そう…本気なんだね」
本気なのだ。本気で、自分は女王を目指している。
「貴方の力を貸して頂けないでしょうか。どうか」
王子は抱えている本を抱き締めた。戸惑っているように、視線を彷徨かせている。誘いを受けるべきかどうか、迷っているようだった。
「僕…今まで誰かに頼られたことなんてなかったんだ。本ばかり読んできて、誰とも交流したことがなかったから。でも君はこんな僕の助けを欲しがるの?」
「はい。貴方の力が必要です」
「多分、期待には答えられないこと…沢山あると思うんだけど」
「失敗を責めるようなことはしませんよ。もしこの計画が失敗したとしても、また一から計画を練れば良いだけのこと。私は女王になるためなら、何度だって挑戦します」
「そう…じゃあ、手伝ってあげる。勘違いしないでね。君のためじゃなくて、君が保障するって言ってた、僕の未来の生活のためだから。約束は守ってよ」
「勿論です。貴方が一生かかっても読みきれない書物と、快適な空間を差し上げますよ」
「期待してるよ」
人気の少ない静かな庭、月の下で二人は笑いあった。