表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/17

白雪姫 1


「何故、この国には今まで女王がいないでしょうか?」



ある日、幼い姫はそう言った。彼女の前には、分厚いこの国の歴史についてこと細かく書かれた歴史書が置かれている。姫は、その小さな細い手で、歴代の王の名前が連なるページを指差して、自分の家庭教師に尋ねた。



「私のお父様は王。私の亡くなったお母様は王妃。女王ではなくて、妃です。王であるお父様は、妃であるお母様よりも偉いのですよね。この本に書かれた王の方々も、自分の妻よりも偉かった。では、自分の夫よりも偉かった女性、王妃ではなく女王はいないのですか?」


「姫様、代々この国の王は男性だと決まっているのです」


「何故でしょうか?」


「何故って…それが決まりだからです」


「何故、そう決まったのですか。男性の方が国の統治が上手いと思われたのですか。今まで女性による統治を見たこともないのに?」


「…姫様、今は勉強の時間です。お喋りは控えて、ペンを動かしください」



それっきり、家庭教師は何も質問に答えてはくれなかった。姫は頬を膨らませ、暫くふてくされていた。ふと、隣の教師の顔を見た。教師は何でもないような無表情を作っていたが、彼の心の中の動揺は隠しきれていなかった。



(あぁ…この人は今までそんなことを疑問に思ったこともなかったのね)



教師の顔を見て、姫は彼の心情を察した。


この教師は一度も、疑問に思ったことがないのだ。どうしてこの国の王は男性でなければならないのだと。だから、彼は姫の質問に対する答えを持っていない。それなのに生徒から予想外の質問をされ、戸惑い、そして動揺したのだ。


他の知識はきっと豊富なのだろう。この歴史書に載っている人物はどのようなことをしたのだとか、王族として恥ずかしくないマナーとはどんなものなのだとか。


でも、教師は何故王が女性では駄目なのか、という疑問に対する答えを知らなかった。


そんな教師に勉強を教えられたくなくて、姫は自分の父親に家庭教師を違う者にするように頼んだ。



「家庭教師を?」


「はい。お父様、お願い致します」


「構わんが…姫よ、どうしてそんなことを?あの教師はそれほどまでに酷い教え方をしたのか?」


「いいえ。彼は良い教師でした。教え方もやすく、私も慕っておりました。…昨日までは」


「昨日までは?今日、何があったと?」


「彼は、私の一番大きな疑問に答えてはくれなかったのです」



姫の言葉に、王は首を傾げた。しかし、姫のことを娘として大事に思っている王は、娘の頼みならばそうしようと、詳しい理由も聞かずに、すぐに教師を解任して違う者を家庭教師に選んだ。


姫は新しい教師に期待した。前の教師は答えてくれなかったが、今度の教師はきっと自分の疑問に答えをくれるだろう。


しかし、姫の期待は裏切られた。



「何故、この国には女王がいないのですか?」



その質問に、新しい家庭教師は困ったような笑みを浮かべた。なんと答えれば良いのか分からない、といった風だった。


姫はまた教師を替えてくれるように頼んだ。次の教師も同じだった。次も。その次も。その次も。


三十人目になる家庭教師に尋ねて、彼もまた答えを知らないのだと分かった。そして漸く、もしかしたらこんな疑問を持っているのは国で自分だけなのかもしれない、と姫は思い始めた。



(王に女性はなれないなんておかしいわ。今まで誰も女王がいなかったのなら…私が最初の女王になればいいの。今まで誰もならなかったから、誰も女王を目指さなかった。だから私が最初の例になる。そしたら、きっと次の女王を目指す子はすぐに現れるでしょう)



姫はそう決意した。


この賢く、聡明な姫の名は、白雪姫と言う。







しかし、姫の夢はそう簡単に叶えられることはなかった。姫は最初に自分の夢を王に話した。優しい父ならば応援してくれるだろうと思った。しかし。



「白雪姫。それは良い夢だ。子供らしい良い夢だな」



そう言って、王は愉快そうに笑って、姫の頭をゆっくりと撫でた。


王は相手にしてくれなかった。子供が言うようなあり得ない夢だと笑われた。


姫は唇を噛んだ。



(駄目だわ。お父様でさえ、私の決意を本気ではないと思ってる。なら、この国にいる国民も女王なんてあり得ないと考えるに決まっているわ。正攻法では駄目。方法を考えるのよ)



姫は考えた。普通の姫ならば、他国の王子と結婚して妃になる。自分も年頃になれば結婚させられるだろう。しかし、それでは自分の夫に権力が渡される。今の国の価値観では、王子の方が優れていると考えられるからだ。


結婚をすることは良い。王族として世継ぎを生まねばならない責務は、自分も分かっている。問題は、このまま結婚すれば夫が王になってしまうということだ。



(結婚しても、王よりも権力がある状態にする。国民から慕われ、人を惹き付ける人物にならなくては。ただ頭が良いと言うだけでは、弱すぎる。それだけでは人を率いることはできないわ。もっと、絶対的な…何かが必要よ)



人を惹き付ける人物になるためには何が必要なのか。姫は考え、そしてある書物で答えを見つけた。それは、数十年前に現れた英雄の話だった。


国を困らせていた竜を、ある平民であった青年が倒し、英雄になったという話だ。青年は国民から絶大な人気を集め、一時は王よりも発言力のある人物になったのだ。



(物語性…英雄伝説のような…)



ただ王族として生まれたから王になった者と、平民から大きなことを成し遂げ成り上がった者。どちらに人は惹き付けられるかなど分かりきっている。



(でも私が竜を倒すことはできない。私は頭は良いけれど、力はないもの。それに男性に対抗するような言動や成果は駄目だわ。まだ男性を優遇する価値観が残る国でそんなことをすれば、いくら私が姫とはいえ潰される)



国で権力を握っているのは、ほぼ男性だ。まだただの姫という弱い立場である自分が、正面から彼らに喧嘩を売れば、自分は反感を買って足を掬われるだろう。


だから、英雄のような男性的な物語ではなく、女性的で受け入れられやすく、そして影響力のある物語が良い。姫はそう考えた。



(そうね…例えば、悲劇を乗り越えた姫君とか)



死の淵まで追いやられても、優しさと心の美しさを忘れず、悲劇を乗り越えた強い女性。そんな女性ならば、女王に相応しいのではないだろうか。


転機が訪れたのは、新しい母親となる女性を紹介された時だった。一目見て、ピンときた。王に気に入られるように振る舞っているが、目の奥に強い意志が宿っている人だ。


この人は、私と似ている。



「お義母様、少しお話が」



王に知られないように注意して、姫はある日継母に声をかけた。茶会に誘い、人気の少ない庭に案内した。使用人に茶を淹れてもらい、すぐに人払いをする。



「何か用かしら?白雪姫」


「貴方に見て欲しいものがあるのです」



テーブルの上に、どさり、と姫は分厚い紙の束を置いた。



「これは?」



継母は、紙に書かれた内容を眺めて尋ねた。



「貴方に私の計画を手伝って頂きたいのです」



紙の束は全て姫が考えた計画だった。姫が女王になるために必要な物語。自分で創作し、自分で演じ、自分の未来となる予定の物語だ。


姫は悪意ある者の手によって、城を離れることになり、何日も森をさ迷うことになる。暗殺を依頼された者にも殺されそうになるが、暗殺者は優しく心の清らかな姫を見て考えを変え、姫は暗殺から免れる。


その後、森で静かに暮らしていた小人たちと暫く暮らすが、悪意ある者がそれに気付き、また暗殺をしにやってくる。今度は姫は意識を失って長い眠りにつくことになるが、幸運なことに他国の王子が小人たちの家の側を通り、王子のお掛けで姫はまた目覚めて城に戻るのだ。



「こんな大掛かりなことを行うと言うの?一体、何のために?」


「私が、女王になるために」



継母は驚きで、目を見開いた。



「女王?本気で言っているのかしら?」


「貴方ならば、理解してもらえると信じています。お義母様の目を見た時から、感じていました。貴方はこの国の価値観に疑問を持っている。王を見たでしょう?我が父ながら、間抜けな人だと思っています。幼少期は慕っておりましたが、今は政務を臣下に任せて怠ける父に呆れているのです。彼は王の器じゃない」


「…だから、自分が王になると?」


「はい。この国の国民を見たことがありますか?私は知っています。冬に何百人も餓死で死んでいるのだということも。何故か?税金が高すぎるからです。そして、王が国民のための政策を行っていないからです。高い税金は臣下たちが盗み取り、国のお金は決して多くはありません。王はそれに気付いてもいない。こんな状況が続けば、いつかこの国は崩壊するでしょう」


「…」


「お義母様、貴方は自分の頭で考えられる人です。私には味方が必要なのです。貴方のような賢くて力になってくれる人が」



姫が女王になると決心してから、何年も経った。一見男性を立てているように見えて、自分の影響力を大きくできる計画を、姫は一人でずっと考えてきた。しかし、やはり一人でやるには限界がある。姫には協力者が必要だった。





























評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ