番外編7 解釈は自由?
イリスは学園の廊下をひとり歩いていた。
イリスが歩けば、生徒たちは口を噤み、道を空ける。
特に、ニジェルを剣で打ち負かしてからは、男子が恐れの目で見てくる気がするのだ。
私にはいつになったら友達ができるのかしらね?
イリスは思いつつも、悪役令嬢の宿命として受け入れるしかないのかと諦めモードであった。
ふと、廊下の先を見ると女生徒たちが窓際に集まって、階下を覗きこんでいる。
キャッキャと黄色い歓声があがっている。
その中に、レゼダとニジェルの名が混ざっていたので、イリスもつられるようにして、窓から階下を覗いてみた。
そこでは、男子数人が休み時間を使って剣の鍛錬をしていた。レゼダとニジェルもいる。
学園内でも有名なイケメンふたりが、制服のジャケットを脱いだ姿で、木刀で剣を交えている。
汗ばんだシャツが、体のラインを拾い艶めかしい。
女生徒たちが見蕩れるのはしかたがないだろう。
イリスはジッとふたりの様子を見つめていた。
先日の武術のトーナメント戦では、ギリギリでニジェルに勝つことができた。
しかし、本当にギリギリで一瞬の隙さえなければ、自分が負けていたとイリスは思っている。
だからこそ、ふたりの技術を見極めようと真剣なのだ。
レゼダ殿下とは試合が当たらなかったけれど、この様子では相当上手くなってるわ。
ニジェルはこのあいだよりもずっと技術が上がっている。
このままじゃ、すぐに追い抜かれちゃう!
イリスは焦りを感じていた。
なにしろ、バッドエンドに進んだ場合、全員腕力でぶちのめし逃げ切るつもりでいるからだ。
そのためには、大前提で攻略対象者の誰よりも強くなくてはならない。
まずいわね。私も訓練しなくっちゃ。
だいたいズルいのよ! あのふたりの長い手足!! 格好いいじゃない!!
しかし、舞うようにして剣を合わせるふたりは、楽しそうだ。爽やかな笑顔と、煌めく汗が美しい。
はじめは真剣に観察していたイリスだったが、思わず見惚れてしまう。
……うん。ニジェルも殿下も攻略対象者というだけあって、抜群に格好いいのよね。目の保養だわ~。
イリスの頬はニマニマと緩んだ。
イケメンのツーショットは乙女心をそそるのだ。
悪い顔をして殿下を追い詰めるニジェル最高ね。
必死な顔して避ける殿下も良いわぁ。
ああっ、ニジェルの剣は重いからまともに受けたら、駄目なのに!
あ、ニジェルったら意地悪ね。わかっていて、わざと煽ってる。
まんまと煽られる殿下も可愛い! 小さい頃と変わってない。
イリスは子供の頃を、懐かしく思い出していた。
訓練の一環でした鬼ごっこ。離れにいたときは一緒に剣の練習もした。
私も混ざりたくなってきちゃった。
イリスは思わず微笑んだ。
そんなイリスを見て、周囲は思わずため息を吐く。
「……ほら、イリス様がレゼダ殿下をご覧になっているわ」
「まぁ、あんなに愛おしげな眼差しで……」
「いつも冷たい眼差しのイリス様も、レゼダ様のお姿を見るときは違いますわね」
イリスは噂する女生徒たち周囲の視線を感じ、顔を上げた。
女生徒たちは、慌てて目を逸らし、レゼダたちに視線を戻した。
「……に、ニジェル様、頑張ってー!」
「ニジェル様、素敵!」
あえて、イリスに聞こえるようにニジェルを応援する。
そうすることで、女生徒たちは「レゼダ殿下ではなくニジェルのファンである」と、イリスに表明しているのだ。
恐れ多くもイリスのレゼダ殿下に色目を使ったりしません、という意味である。
ニジェルって意外と人気なのね。
イリスはそれを聞き、少し鼻が高くなる。なんと言っても自慢の弟なのだ。
モテるのは純粋に嬉しい。
それに対して……レゼダ殿下は意外と人気ないのかしら? あんなに格好良くて、優しいのに不思議ね。
レゼダの心配をするイリスである。
するとちょうど手合わせを終えたレゼダとニジェルが、女生徒たちがたむろする窓を見上げた。
キャーッと歓声が沸き起こる。
ニジェルの名前を呼ぶ女生徒たちを見て、イリスは少しレゼダが不憫に思えた。
これじゃ、あまりにもレゼダ殿下が可哀想だから……。
イリスは、レゼダに向かってヒラヒラと手を振った。そして、口パクでレゼダの名を呼んでみる。
レゼダはそれを見て、パァァァと全開の笑顔になった。
そして、イリスに大きく手を振る。
隣のニジェルは嫌そうな顔でイリスを睨み、シッシと手を振る。
イリスは思わず苦笑いする。
ニジェルが「見るんじゃない」と言っているのがわかるからだ。
イリスは「ハイ、ハイ」とニジェルに口パクで答え、軽く手を振り窓から離れ、廊下を歩き出した。
それにしても、ふたりとも格好良かったわね。小さいころに比べて筋肉だってついてきて……。
イリスは思わず力こぶを作ってみる。
……うん。どう見ても負けてるわね。腕力真っ向勝負は不利だわ。瞬発性や技術を磨いていかなくちゃ。
イリスは今後の訓練計画を練りながら、教室へ向かっていった。
廊下にたむろしていた女生徒たちは、イリスの背中が見えなくなってから、キャーッと盛り上がる。
「ねぇ、見ました?」
「ええ、もちろんですわ」
「あの、レゼダ殿下の笑顔……イリス様にしか向けられないのですわ」
「拝見できてラッキーでしたわね!」
「アイコンタクトでお話なんて」
「「「素敵~」」」
女生徒たちはひとしきり騒いだあと、ヒソと声を潜めた。
「それに、見ました? ニジェル様のイリス様への粗雑なあしらい……」
「ちょっぴり嫉妬も混じっているようにも感じられて」
「あら、どちらへの嫉妬なのでしょう」
「それは、ねぇ。うふふ」
「そうよ、解釈は自由なのですわ……」
「姉弟愛も友情も美しいですから」
ニヤニヤと笑う女生徒たち。
なにも知らないニジェルとイリスは、同時にゾクリと身震いした。
おわり
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