番外編5 勝ったのはだあれ?(勝つのはだあれ? 後日談)
イリスは戸惑っていた。先日のハンカチ取りゲームで勝者となったのだが、思惑が外れてしまったのだ。
王宮の苺タルトが食べたいと言ったイリスのために、レゼダがお茶会を準備してくれると言い出したのだ。しかも、妖精たちの分まで用意するといったものだから、妖精たちは大喜びだ。
今更断れる雰囲気ではない。
たしかに、たしかに王宮のケーキが食べたいって言ったけど!! それはケーキが食べたかっただけで、なにかの帰りにお父様がお土産で持ち帰るとか、魔導宮の帰りに寄ったときにとか、そんなんでよかったのにー!!
「あっはは! 良かったな! イリス!!」
上機嫌のシュバリー侯爵。双子の弟のニジェルは反対に機嫌が悪そうだ。
「父上、イリスが一人では心配なので僕も一緒についていきます」
ニジェルの申し出に、イリスは目を潤ませてコクコクと頷く。
妖精と一緒といっても、一人で殿下と対峙するなんて怖すぎる-!!
「そ、そうです! お父様! 不安なのでニジェルも一緒に」
「ニジェルは敗者だ。それを許すわけにはいかない」
キッパリと答える侯爵の姿は、父ではなく指導者の姿だった。
「あの、でも、私が勝ったのだし、勝者の希望を聞くのは良いのでは?」
今度はニジェルがコクコクと頷く。
「勝者だからと条件を後から変更する。イリス、お前にとってそれは正しいことなのか?」
侯爵に問われて、イリスはハッとする。
たしかに、それはズルイかも……。
「イイエ、私が間違っていました。申し訳ありません。お父様」
イリスとニジェルは威厳のある姿に反抗できなくなってしまった。
シュバリー侯爵は満足げに頷いた。
そして、破顔する。
「では、イリス、欲しいものがあったらなんでも買うように!」
上機嫌の笑い声で去って行く父の広い背中を見ながら、双子は顔を見合わせて、大きくため息を吐いた。
***
王宮へ着くと、私的な庭へと案内された。妖精たちは慣れた様子でイリスの周辺を飛び回っている。どんなお菓子が用意されているのか、予想しながら盛り上がっているようだ。
道案内をしてくれるメイドは、以前イリスの手袋を拾ってくれた子だ。今日もメイドのホワイトブリムにはあの日のレースで作られた小さなリボンが付いていた。
レゼダの専属なのだろうか。イリスが顔を出すときは、必ず側に控えている。そのため、イリスは顔なじみになっていた。
「今日の服装、派手すぎると思わない?」
イリスは慣れない服装が居心地悪い。
今日はドレス姿なのだ。パーティ用の豪華なものではないが、魔導宮へ行くときのような質素なワンピースとも違う。
それを朝から母親が中心となりメイドと一緒に、華美すぎないようにしかし美しくイリスを飾り立てた。
「いいえ! 今日もとても美しいです!!」
メイドが元気いっぱいに否定する。
お世辞だとはわかっていても、イリスはメイドの言葉に照れてしまう。
「……そ、そう? 殿下にはよそ行きではない格好を知られているから、なんだか今日だけ特別みたいで気恥ずかしいのよ」
「今日はふたりだけの特別なお時間という感じがして、殿下もお喜びになられると思います!」
ニッコリ答えられて、イリスがガクッとする。
「……それはイヤ」
思わずボソリと呟くが、メイドには聞こえなかった。
だ・か・ら! そういう誤解が困るのよ!! できればレゼダとふたりで会いたくはないの! 妖精と一緒といったって、見えない人のほうが大半だし。ふたりきりで会うほど仲がいいと誤解されたくないじゃない?
痘痕のおかげで、イリスが婚約者候補に挙がることはもうないだろう。しかし、婚約者でもないのにふたりきりで会う令嬢がいるという噂が立っては、レゼダにとって良くないと思う。
結婚できない私はともかく、殿下は王子ですもんね。殿下の方でその辺は配慮してほしいんだけど、きっとピュアな少年だから痴情のもつれなんて想像もできないんだろうなぁ……。
イリスはレゼダの子供らしい姿を見ることが多いため、すっかり忘れてしまっているが、レゼダは特別ピュアな少年ではない。しっかり外面を使い分け、どちらかといえば計算高い方だ。
しかも、将来ヤンデレになる素質ある少年なのだが、イリスはまったくわかっていない。
特別な意味はないお茶会なのに、両親の盛り上がりようといったら……。頭が痛い……。
イリスはドレスをチラリと見てため息を吐いた。両親はもちろん、家の使用人たちもウキウキと気合いが入っていたのだ。
「こちらでございます」
小さな池の畔である。鳥かごのような白いガゼボに、赤い薔薇が絡まって咲き乱れている。その中からレゼダが立ち上がって、満開の笑顔でイリスに向かって手を振った。
うっ! ま、眩しい!!
さすがに攻略対象者。生粋の王子様である。薄紅色の髪から後光がさし、イケメンオーラでイリスを攻撃した。
「こっちだよ! イリス!」
天真爛漫な呼び声に、イリスも釣られて微笑んだ。
レゼダの前まで足を進めると、淑女の礼をした。ドレスアップした姿なので、おもわず改まってしまう。
レゼダは眩しそうに目を細め、照れたように顔を赤らめた。
「なんだか、今日は不思議な感じだね」
「似合わない服装でしょう?」
イリスが苦笑いすれば、レゼダはブンブンと頭を振った。
「ううん! そういう意味じゃなくて、特別な感じがする。綺麗だよ、イリス」
にこやかに爽やかに言うレゼダに、イリスは首まで真っ赤になる。
殿下はナチュラルにこういうこと言っちゃうんだから。
「あ、ありがとうございます。でも、そういう言い方は誤解をされますわ」
イリスはチラリとメイドを見た。こんなセリフをメイドが聞いたら、レゼダにとってイリスが特別だと誤解するかもしれない。
メイドはニッコリと笑って微笑んだ。
……うん? その微笑みはなに? 誤解してないよ、って意味だよね?
一方レゼダはキョトンとして、小首をかしげた。
「誤解って? 誤解を生むような言い方はしてないと思うけど……。ふたりきりで会う時間にイリスがお洒落をしてきてくれたから、嬉しいなって思っただけだよ?」
ダメ押しのように答えられ、イリスは撃沈した。
メイドはウンウンと元気いっぱい頷いている。これは完全に誤解している。
これ以上、この話題を広げると誤解まで大きく広がりそうだわ……。
アオー、アオー、と池の水鳥の鳴き声が響く。
妖精たちはキャラキャラと笑っている。
イリスは諦めた。
「さぁ、イリス。お茶にしよう? 今日はゆっくりできるのでしょう?」
「はい」
レゼダに誘われ席に着く。
ガゼボの中に設置されたテーブルの上には、素晴らしいアフタヌーンティーセットが用意されていた。
ケーキスタンドのてっぺんには、妖精のモニュメントがついている。
緑色のロールケーキ。クルンとしたチョコレートが載ったオペラ。大好きな苺のタルト。渦巻きクッキーもある。
カラフルで種類も豊富なお菓子たち。それらを見るだけでイリスは今までの悩みが吹っ飛んでしまった。
「わぁぁぁ! 素敵ですね!」
「勝者イリスのために特別に用意したんだ。早く食べよう?」
「ありがとうございます! こんなにたくさん用意していただけるなんて嬉しいです!!」
「イリスが喜んでくれて僕も嬉しい」
興奮して喜ぶイリスを見て、レゼダは満ち足りたように微笑んだ。
メイドが温かいお茶をイリスの前に用意する。イリスがニコリと微笑みかければ、嬉しそうに微笑んでガゼボの外へ出て行った。
メイドが外へ出て行ったのを確認すると、レゼダはワゴンの上の布をバサリと外した。
そこには大きな籠いっぱいにお菓子が詰まっている。
「妖精たちの分はこっちだよ。たくさんあるから魔導宮へ持っていってみんなで食べてね」
レゼダが微笑めば、妖精たちは大興奮だ。
「レゼダ、いいこ!」
「レゼダ、すき!」
口々に燥ぎながらたくさんのお菓子の入った籠を取り囲み、妖精みんなで握ったと思ったらポフンと消えた。
どうやら魔導宮へみんなで運んでいったらしい。
イリスとレゼダは呆気にとられ、そして顔を見合わせて笑った。
妖精たちがいなくなり、本当にふたりきりになってしまったことにイリスは気がつかないまま、お目当ての苺のタルトをアーンと口に運んだ。
「おいっしー!!」
イリスが微笑めば、レゼダも微笑む。
ゆったりとしたふたりきりの時間が流れていく。ガゼボは甘いお菓子と薔薇の香りに包まれている。
遠目から見ても、幸せそうなふたりの姿に、王宮の使用人たちまで幸せな気分になる。
「おふたりでいらっしゃる姿は、まるで天使の戯れのようですわ」
メイドのひとりがホウとため息を吐いた。
「こんな時間が長く続くように、私たちも励まなくてはいけませんわね」
使用人たちは頷きあった。
レゼダはお茶を飲みながら至福の時間を堪能していた。
美味しそうにケーキを頬張るイリスを見るだけで満たされる。キラキラとした瞳で、お菓子を選んでいる姿が可愛らしい。
レゼダの目を気にしない振る舞いが、彼にとっては気が楽で安らぎだった。
ハンカチ取りゲームには負けたけど、僕は望みを叶えた。
勝ったのはどっちかな?
悔しげなニジェルの顔を思い出し、レゼダはクスリと笑った。
「? どうかしました?」
「ううん? どれがオススメ? イリス」
「緑のロールケーキって初めて見ました! しかもメロン味で美味しいです!」
「僕も食べてみようかな」
レゼダは緑色のロールケーキを口に運んだ。
「うん、美味しい」
満足げに微笑むレゼダの内心を、イリスは知るよしもなかった。
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