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60 聖なる乙女の発表日


 あの日ニジェルから渡されたレゼダの手紙は見た目こそ仰々しかったが、中はたった一言だった。


『貴女を僕の家に迎えにあがってもよろしいか』


 妙に砕けた言葉とへりくだった言葉が混じったおどけた文にイリスは笑って、同じようにアイリスの組紐を使って手紙を返した。


『お待ち申し上げております』


 と。





 今日は、次代の聖なる乙女の正式な発表日だ。

 祈りの塔での式典の後、街の広場で街の人々にお披露目することになっているのだ。この日は街をあげてのお祭りで、翌朝まで無礼講となる。


 イリスも式典には参列した。聖なる乙女の衣装を着たカミーユは可憐で、微笑ましい。

 式典用の白い軍服を着こむレゼダの美しさに王侯貴族たちが息を飲むのがわかった。イリスもレゼダを美しいと思う。思わず見惚れてしまう。


 式典後は、現在の聖なる乙女リリアルとその補佐官パヴォ、そして次代の聖なる乙女カミーユの三人が馬車でのパレードをして、街の広場に作られた特設ステージで盛大にお披露目だ。

 その後、夜には王城で夜会が開かれるのだ。


 レゼダとイリスが夜会の会場へ入ればザワリと周囲の注目が集まる。

 白い軍服姿のレゼダは、薔薇色の髪と瞳を輝かせ、まるで大輪の薔薇のようだ。レゼダに合わせたのか、珊瑚色のドレスを纏ったイリスに周囲はため息をついた。イリスは短いグローブで痘痕を隠してはいなかったが、それを咎めるようなものも今ではいない。


 巷では、『醜い痘痕のある娘』『血まみれで魔獣を倒す』『行動が異常な令嬢』などと言われていたイリスである。人気コンテストのドレス姿は美しくはあったがそれ以上に奇抜で、ある意味『異常な令嬢』の噂から離れないものだった。

 しかし、今夜のノーブルなドレス姿を見てしまえば、今まで噂に聞いていたイリスとはかけ離れていて、誰もが目を見張った。


「醜い痘痕など気にならないではないか」

「それどころか美しい」

「どこが異常だというのだ?」

「噂とはおそろしいものだな」

「醜い嫉妬が拍車をかけたのだろうな。嫉まれても仕方がない」

「シュバリィー侯爵にはやられたな。あれだけ美しい娘だ。表に出したくなかったのだろう」

「ただの深窓の令嬢だったというわけか」

 

 レゼダはイリスをつれて、人混みの中を見せつけるように堂々と歩いた。


「噂に惑わされぬレゼダ殿下は慧眼の持ち主だったわけか」

「幼いころから繰り返し『イリス嬢の痘痕は神の祝福の証だ』と言い続けておられた」

「友を庇おうとするお優しさだと思っていたのだが」

「いやはや、正しかったのは殿下だったな」


 そして、国王陛下と王妃様に挨拶をする。


「父上、母上、イリスを連れてきました」


 レゼダがそう言ってイリスはギョッとした。

 当たり前ではあるが、国王夫妻はレゼダの両親なのである。

 レゼダは臣下としてではなく、息子としてイリスを紹介したのだ。


 もちろん、非公式の場では顔を合わせたことがある。

 それでも、このような場でこのような言われ方は、少し不自然な気がした。


「話はよく聞いている。これからもレゼダをよろしく」


 国王からあらためて声をかけられ恐縮するイリスである。


 レゼダに連れられ社交をこなす。

 子供の頃からレゼダと勉強してきたことが今夜ばかりは役に立つ。

 そうやって、夜が更けたころレゼダがイリスに耳打ちした。


「そろそろ、抜け出そう」


 レゼダが悪戯に誘うように言って、イリスもそれに答える。

 レゼダの可愛い悪だくみはいつだってイリスを楽しませてきたし、イリスの秘密はレゼダを驚かせてきた。

 ずっと二人はお互いに秘密を共有してきたのだ。



 レゼダの用意した馬車に揺られて、郊外の丘の上にやってきた。

 レゼダの手にひかれるまま、馬車を降りる。


 イリスがここへ来たのは初めてである。

 この丘からは城下街から港まで一望に見渡せるのだ。

 しかし、イリスは避けてきた。



 眼下に広がるのは王都を包む光の数々。見慣れた王城も、学園も、教会も全てに祝福のランタンが灯されている。


 ここはあの場所だ。シティスとカミーユが最期を迎えた丘。目覚めの夢のあの丘だ。

 でも今夜はこんなに穏やかだ。


 イリスは自分がもっと怯えるかと思ったが、そんなことはなく安心した。

 それは一緒にいる相手のせいかもしれなかった。


 城下の祭りの様子を目を細め見つめるのはレゼダだ。朱鷺色の髪は夜闇に濡れて、薄暗く染まっている。


 呼びかければ、彼が振り向いた。海中の珊瑚のように揺らめく瞳がニッコリと満足げに笑う。その人の背に、城下から風が舞い上がった。

 柔らかな髪が、軍服を包むマントが、巻き上がって乱れる。


 やっぱり綺麗。


 イリスは見惚れ言葉を失う。


 朝を孕みだした冷たい夜風が気持ちいい。


「イリス、僕と一緒にこの光を守って欲しい」


 レゼダが言った。

 イリスは訳がわからず首をかしげる。


「僕はイリスが好きだよ」


 イリスは身構えた。ゲームでは、君が僕を好きじゃなくても、と続くのだ。それでは、ヒロインと悪役令嬢を入れ替えただけでゲームと一緒だ。


「だから、君とずっと一緒にいたい。ミントとチェリーの時みたいに、これからも二人でお互いの秘密を守りながらね」


 レゼダの言葉が違って、イリスは泣きそうになる。

 ゲームに言わされているのではない。それはレゼダの偽りない本心だとわかるからだ。


「共犯みたい」


 イリスが鼻声で答える。


「ずっと共犯だったでしょ」


 レゼダが笑う。


「これからも共犯ね」


 イリスが答え、二人で笑いあう。

 

 夜が明けだした。

 朝焼けの光がレゼダの髪と交じりあう。


「見ていてご覧」


 レゼダが水平線を指さした。


 海と空の間に、緑色の光が現れた。黒い水面みなもがミントグリーンに輝く。昇りゆく太陽だ。ほの暗いピンクと鮮烈な緑の閃光が、祝福するように王都を包み込んだ。


「グリーンフラッシュ!」


 思わずイリスが声をあげる。


「見た人は幸せになれるんだって」


 レゼダが笑う。


「イリスと一緒に見たかったんだ」

「私も一緒に見られて幸せです」


 イリスの答えに、レゼダは満足げに頷いた。





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