表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

53/70

53 聖なる乙女の最終審査 2


 金の檻に見えるが、正しくは祈りの塔の最上階にある『光の御籠みかご』と呼ばれる部分だ。聖なる乙女が祈りを捧げる場所であり、カミーユが無事聖なる乙女になることができれば、その檻は椿デザインの格子になる。

 しかし、イリスがカミーユを殺した場合、そこはイリスが贖罪を続ける監獄となる。その場合は格子がアイリスの文様になるのだ。

 金色の格子は、現在の聖なる乙女リリアルの百合の文様である。


 体に力が入らない。


 怖くてイリスは震えが止まらなかった。


 中央には透明の珠が浮いており、祈りの塔の先端から集められた光が、聖なる乙女の魔法と混じり合い、王国を照らすのだ。


 あの珠はイリスがバッドエンドで閉じ込められた魔法具じゃない!


 そう気が付いた瞬間にイリスの胸は恐怖で支配された。イリスは息が荒くなる。吐き出しそうだ。


 気持ちわるい。こわい。いや。



「では、カミーユ嬢から」


 リリアルは、水色の筒状の紙をカミーユに手渡した。カミーユの今までの成績を神に伝えるための書簡である。学力テストは知性と勤勉さを、魔獣討伐は魔力と判断力を、人気コンテストでは民衆の好感度と人前に立つ才能を測り、神に報告する。

 カミーユはそれを宙に浮いた珠に掲げる。

 書簡は珠に吸い寄せられた。飲み込まれた書簡は中で溶け、乳白色に激しく輝いた。まるで星が一つ爆発したかのような輝きだ。


「きゃぁ!」

 

 カミーユが叫ぶ。呆気にとられるブルエとレゼダ。

 リリアルとパヴォが頷きあい、国王と王妃も頷いた。


「つぎはイリス嬢」


 ミントグリーンの書簡を手渡され、イリスは硬直した。

 恐怖のあまり動けなくなってしまったのだ。

 

 どうしよう。あの珠に掲げなければ。でも、このまま書簡と一緒に吸いこまれてしまったら? 


 バッドエンドのイリスを思い出す。金の格子の中、簡単に死なないようにと、物の様に生命維持だけされ、一人孤独に死ぬまで生命力を吸い上げられる。苦しむ表情はなく、ただ、無表情にポッカリと口をあけ、空を見つめるイリスの絶望顔は美しく、悲壮だった。


 それを私が?


 イリスはゾッとした。潜在意識に刻まれた恐怖感に抗えない。


 バッドエンドじゃないはずなのに、どうしてこんな? どうしても避けられないの? 逃げたい。


 ガクリと膝の力が抜ける。イリスの気が遠くなった。


「イリス!!」


 レゼダがイリスの前に飛び出し、その影で金色の世界を遮った。力の抜けてしまったイリスの身体を、レゼダが抱きとめたのだ。いつの間にか大きくなっていた胸に、イリスは安心する。

 イリスは声も出せずに、ただ胸で息をするだけだ。身体に力が入らない。


「大丈夫?」


 イリスはその優しげな声に泣きそうになる。 


 本当は何もかも捨てて逃げ出したい。怖い。でもそうしたら、レゼダは怒るだろうか。レゼダを嫌がってボイコットしているのだと、そう思われる? それは、いや。頑張って、最後まで。


「……大丈夫、です、でも、ちょっと、まって」

「ごめんね。聞き方を間違えた。……無理なんだね?」


 覗き込む朱鷺色の瞳は酷く穏やかにイリスを見据えていた。

 イリスの瞳に熱いものがブワリと盛り上がる。


「でも、ちゃんと、ちゃんと審査をしなきゃ。逃げるわけにはいかないわ」

「いいよ、イリス、一緒に逃げよう」


 レゼダはそういうと、金の草原に魔法陣を描いた。魔法陣が二人を包み込み、レゼダがダンと草原を踏みしめた。


「駄目! レゼダ!」


 イリスが叫ぶ。レゼダは嬉しそうに笑った。


 瞬間、二人で落ちていく。

 爽やかな金色の草原から、冷たく薄暗い石の部屋へ。

 

 階下に落ちた二人はしばらく抱き締め合っていた。


 いつだって、レゼダ様だ。行き詰った時に、困ったときに、助けてくれるのはいつだって、レゼダ様だ。ワクチンを吸って王宮を追い出され、今回だって。


 イリスがギュッとレゼダに縋りつく。


「レゼダ様……」

「うん」

「ごめんなさい。ごめんなさい。私が逃げだしたせいで、きっとお咎めがあるわ」


 レゼダは最終審査前に候補者を連れ出してしまったのだ。何かしら罪に問われるに違いない。


 泣きながらレゼダの胸に顔を埋めるイリスの頭を、レゼダはよしよしと撫でる。


「イリスのせいじゃないよ。僕がイリスを傷つけたくなかっただけ」


 レゼダにも、もうわかっていた。魔力のないイリスは聖なる乙女には成れない。それでも、イリスがここにいるのは、イリス自身のためではない。カミーユに正しく聖なる乙女の座を勝ち取らせるため。古い考えの貴族たちに、彼女を認めさせるため。


 思い上がりかもしれないけど、僕のせいでもあるかもしれない。

 

― 聖なる乙女になったなら結婚を申し込む ―


 幼い頃のレゼダの宣言に、イリスなりに誠意をもって答えたのだ。努力したうえで成れないのだと、レゼダを納得させるためだ。


 酷いことを言ったんだね。


 レゼダにしてみれば、イリスを追いつめる意図はなかった。十六までにイリスを振り向かせるという自分自身への誓いだった。


「勝手でごめんね、イリス」


 レゼダの謝罪に、イリスはその胸に額をグリグリと押し付けた。


「レゼダ様は悪くないです。いつも私を助けてくれる。でも、私はレゼダ様を守れない。だから、やっぱり、巻き込んでごめんなさい」


 レゼダの謝罪の意味はイリスには伝わらない。すれ違った思いは、なかなか交わらないのだ。

 

「……僕らはずっと共犯でしょ?」


 レゼダは言い聞かせるようにイリスの髪を撫でた。



 そこへ金色の魔法陣が下りてくる。リリアルを中心に、今まで『光の御籠』の中にいた者たちが下りてきたのだ。


「カミーユ嬢が聖なる乙女に認められました」


 パヴォが厳かな声で、レゼダとイリスに告げた。


「イリス嬢の書簡は受け入れられませんでした。よって聖なる乙女の力はありません」


 そう言ってリリアルを先頭に螺旋階段に向かう。パヴォはすれ違いざまイリスに近づいて、耳元で囁いた。


「よかったですね」


 そして素知らぬふりをして螺旋階段を下って行く。


「イリス様っ! 大丈夫ですか?」


 カミーユが心配そうに駆け寄ってくる。


「うん。ちょっと気分が悪いだけ」


 イリスが微笑んで見せる。ブルエがそれを痛ましそうに見て、レゼダの頭をポンと叩いた。


「イリス嬢、すまないがもう少しお付き合い願うよ。気分が悪い時に申し訳ないけれど」

「いいえ。殿下、当然のことでございます」


 イリスは立ち上がった。軽く制服をはたき螺旋階段を下る。レゼダが手を差し出してくれたが首を振って断った。

 イリスは知っているのだ。この先、カミーユが聖なる乙女に認められるにはもう一波乱がある。イリスはカミーユが聖なる乙女になるところを見届けたいと思っていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ