52 聖なる乙女の最終審査 1
さて今日は、聖なる乙女の最終審査、現在の聖なる乙女との面接である。
二人は満十六歳になっていた。
祈りの塔での審査になる。祈りの塔は王宮の敷地内にある、王都で最も高い塔だ。最下層に聖なる乙女のための事務室や待合室などがあり、二階は謁見の間だ。そこから数階螺旋階段だけの部分が続き、最上階が祈りの場である。『籠の中の愛』レゼダルートの場合、カミーユはこの塔内に監禁され一歩も外に出なくなるのだが、本来は聖なる乙女が生活する場ではない。
聖なる乙女は、普段は一般の人と同じく生活をし、週に数回、祈りの塔の最上階にあるガラス張りの『光の御籠』に祈りを捧げに来るのだ。もちろん任期中に家庭を持つこともできる。乙女とは名称だけであって、恋愛や結婚は禁止されていない。
ちなみに、『光の御籠』にはバッドエンドのイリスが閉じ込められた珠のような魔法具がある。
ここは、その祈りの塔の一室である。今日の聖なる乙女の最終審査前に結果発表に呼ばれた貴族たちが歓談していた。
聖なる乙女による面接では、最終的な聖なる乙女を務める力があるか判断される。ないと判断されれば、聖なる乙女にはなれない。ただし、それはよくあることで、現在過去五年、聖なる乙女の最終面接で認められた者はいなかった。
問題は二人とも適性があった場合だ。そもそも、最終面接に候補者が二名残った前例はない。
「今回の審査は難しいことになりましょうな」
「どちらが選ばれてもおかしくないか」
「今回は二人に力があるということも考えられるのでは」
「そうなった場合、聖なる乙女を二人立てることになるのか」
「いや、どちらか選ぶでしょう。乙女同士で争うことがあってはならん」
今回の審査は話題が尽きない。
一人目の候補者は、家柄も申し分のない侯爵令嬢だ。しかし、彼女は二敗しており、土痘の跡が残るうえ魔力が少ない。
もう一人の候補者は、今こそ男爵家を名乗ってはいるが平民出身だ。しかし、圧倒的な魔力を持っていた。
二人とも妖精の長からの祝福を受けている。
「しかし、まぁ、平民上がりの娘が聖なる乙女に選ばれた過去はない」
「そのようなことがあれば我ら貴族の沽券にもかかわるしな」
「なんとしても、ここはイリス嬢に」
ひそひそと囁き合う貴族たち。それを聞き、デュポン男爵が自信ありげに笑う。
「務めの果たせない聖なる乙女ではこまりましょう? イリス嬢は素晴らしい方だが魔力が少ないのだと聞いております」
デュポン男爵は身分は低いがカミーユの保護者として、結果発表への列席を許されているのだ。
シュバリィー侯爵はそれを見て穏やかに笑っただけだ。
その笑いに、周囲はゾワリと鳥肌を立てた。
「い、イリス嬢は幼くから魔導宮でワクチンの開発に携わっていたのだとか?民衆から緑の聖なる乙女と慕われておると耳に挟んだが」
側にいた貴族の一人がシュバリィー侯爵へ問う。
「はて? 私はそのような噂は知りませんな。ワクチンの開発はレゼダ殿下と魔導士シティス殿で進められたはず」
シュバリィー侯爵の答えに、シティスの父サド伯爵に注目が集まる。サド伯爵は無表情のまま何も答えなかった。
イリスとカミーユは制服姿で、現在の聖なる乙女リリアルの前に立っていた。ここは祈りの塔の最下層。聖なる乙女の謁見の間である。
リリアルの金色の綺麗なストレートの髪が光り輝く。リリアルはまるで妖精の長のような純白のくるぶし丈のローブを着ている。ローブの上にはクリーム色の広袖のスモックを重ね、裾周りは金糸の百合の刺繍で縁どられていた。
リリアルの後ろには補佐官姿のパヴォが佇んでいる。同じような白いローブに、リリアルより地味なスモックである。
聖なる乙女の後ろには一段高く王族の座する場所がある。そこには国王陛下とその妃。王太子ブルエと第二王子レゼダがいた。
宰相をはじめとする貴族たちと魔導宮の役人や学園の教師たちが、両脇にずらりと並んでいる。その中には宮廷魔道士のシティスはもちろん、彼の父親サド伯爵、シュバリィー侯爵、デュポン男爵も立ち並んでいる。
「これから聖なる乙女の最終審査をはじめます。これは今までのあなた達の成果を神につたえ、聖なる乙女としての務めが果たせるか判断するものです。ここで選ばれなかったということは努力や能力を否定するものではなく、聖なる乙女として求められる力が違うとご理解ください」
パヴォの説明に、リリアルがニッコリと笑った。
「では、参りましょう」
聖なる乙女が祈りをささげる場所は、祈りの塔の最上階にある。
薄暗い螺旋階段を、リリアルが先頭に立ち、カミーユ、イリス、パヴォの順で登っていく。その後に王族が続く。聖なる乙女の最終審査を見届けるようだ。
イリスは螺旋階段を回りながらだんだんと気持ちが悪くなってきた。螺旋階段には一文字ずつ祈りの言葉が刻まれていて、それを読み上げながら登っていくのだ。魔力のある者たちが、その言葉を唱えながら登ることで、一種の魔法が作られていく。
螺旋階段の回転のせいなのか、魔法のせいなのか、イリスは目が回る。
やっとの思いで最上階の一つ下の階につく。階段はない。行き止まりだ。
レゼダはイリスを心配そうに見守っていたが、イリスは気が付かない。
階段はここまでなの? どうやって『光の御籠』へ行くんだろう。
イリスは疑問に思う。
リリアルが中央に歩み出て呪文を唱える。リリアルの周囲に金色の帯が展開されて、クルクルと回る。段々とその帯が大きく広がり、イリスとカミーユ達を巻き込んだ。
天井を見れば、そこには黄金の魔法陣があった。イリスたちはそこへ吸い込まれる。そうしてそのまま天井を突き抜ける。
気がつけば、イリスは金の草原の上に立っていた。グルグルとして気持ちが悪い。
イリスは恐ろしい想像を否定するために、浅く息を吸ったり吐いたりした。そうして、ゆっくりと辺りを見渡した。
そこには。
周囲をぐるりと取り囲む光り輝く金色の格子。格子の奥には、シティスの髪を思わせる紺碧の空が広がっている。
イリスはゾッとした。あまりの恐ろしさに足の力がよろめいた。ふわりと金色の綿毛が舞い上がる。
イリスは金の檻の中にいたのだ。
リリアルの服装が変とご指摘を受けました。
リリアル(とソージュ)の服装のモデルは、カトリックの祭服です。
そのままの名称は一般的ではないので、アルバをローブ、カズラをチュニックと書きました。
想像しにくいようなので、カズラをスモックに変更しました。