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50 ニジェルイベント


 イリスはコンテスト後学園長に呼び出されると思ったが、学園長は死んだ魚のような目でイリスを見ただけで、呼び出されることはなかった。イリスはそれにホッとする。


 実際は、人気コンテストの後、イリスがワクチンの普及に関わっていたことが貴族の間で明らかになり激震が走っていた。

 今まで、『神に見放された』と見下し、差別していた娘が、民衆の中で『緑の聖なる乙女』と呼ばれていたのだ。しかも、妖精たちと一緒に踊る姿は、魔力の強い者には見えていた。どう考えても、イリスが『神に見放されている』とはいえなくなってしまったのだ。

 手のひらを返しシュバリィー家に媚びを売る者、また逆に「聖なる乙女を名乗るとは何事か」と怒りをあらわにする者、様々である。

 その混乱に学園長は思考を放棄しただけだったのだが、イリスにそのことが知らされることはなかった。


 その反面、カミーユに対する嫌がらせが顕著になってきた。

 今まではカミーユ優位と思われていた聖なる乙女の審査だが、ここへきてイリスが最終面接に残ることになったのだ。

 妖精に慕われ、侯爵令嬢のイリスこそが相応しい、おもてだってそういう者が出てきたのだ。どうにも平民から聖なる乙女を出すことが気に入らないらしい。




 イリスが二階校舎を歩いていると、バシャンと水音が聞こえた。

 イリスは窓に駆け寄って庭を見る。そこでは、カミーユが呆然とした顔で池の中のニジェルを見ていた。


 もしかして、カミーユのイベントが起こったの?


 ゲームのストーリーから大分外れてきていたから、イリスは油断していた。ニジェルルートに入った場合、カミーユの母の形見のお守り袋をイリスが池に投げ入れてしまうのだ。

 それを見ていたニジェルが思わず池に飛び込む。ニジェルがカミーユに探索魔法を発動させるように指示し、魔法で光ったところからニジェルが掬い上げるのだ。二人で問題を解決することで、仲はより一層深まるのである。


 どういうこと? 私が投げ入れなきゃ起こらないイベントよね? っていうか、今気が付いたけど、ニジェルを応援するなら、私が投げ入れるべきだった!?


 イリスは周囲を見渡した。バタバタとかけていく複数の女生徒の影が見える。イリスはため息をついた。


 そうか、ゲーム補正って私だけじゃないわけね。


 イリスはもやもやした気持ちを抱え、カミーユの元へ向かった。

 すると、池に入ろうとするカミーユをニジェルが池の中から止めているところだった。


「カミーユ嬢は池の外から探索魔法で大切なものを探して」


 ニジェルの声がして、イリスは思わず木陰に身を隠した。ニジェルルートのために大切なストーリーだ。イリスが登場して邪魔をしてはいけない。

 そこで誰かにぶつかりギョッとした。

 メガーヌである。メガーヌも盗み見をしていたのだ。

 イリスは驚いていた。まったく気配を感じなかったのである。

 思わず叫びそうになるメガーヌの口元をイリスは押さえた。


 カミーユの声が聞こえる。


「探索魔法……」

「水に手を浸して失くした物を思い描くんだ」


 ニジェルに言われるまま池のほとりに膝をつき、カミーユは探索魔法を発動させた。池の水がユルユルと揺らぎ、中央部分の深そうなところから淡い光が立ち上がってくる。


「ここだね」


 ニジェルはためらいなく池の中央まで行く。


「ニジェルさま、もう、もういいです。それ以上は」


 カミーユが泣きそうな声で言う。ニジェルは泥の中に手を突っ込んだ。

 制服はびしょぬれで、泥だらけだ。


「これ?」


 ニジェルが泥の中から、カミーユのお守り袋を見つけた。

 カミーユは瞳いっぱいに涙を湛え、コクコクと頷く。


「見つかってよかったね」


 そう笑うニジェルの頬には泥が付いていて、緑の巻き髪は少しだけ水にぬれ、いつもよりウェーブがクッキリとしていた。

 ニジェルが池から上がると、カミーユは駆け寄ってニジェルの頬の泥を自分のハンカチで拭った。


「ありがとうございます」


 鼻声のカミーユに、ニジェルが笑う。


「騎士ならこれくらい当然だよ」


 汚れることを恐れない。それが騎士の家系だ。


「それより、これ大切なものが入っているんでしょ? 汚れちゃったけど洗った方がいいんじゃない?」

「でも、開けてもいいのでしょうか? お守りだと聞いています」

「気になるなら学園内の教会で開けてみたら? ボクも一緒に行くよ」


 イリスは二人の会話を聞いて安心した。ニジェルルートの流れでは、このまま二人は学園内の教会へ行き、聖水をもらい、お守り袋を清め開けるのだ。

 そこで、カミーユの出自が明らかになる。

 教会の中、二人きり。聖水の入った銀の盆に、サド伯爵家の鷲の紋章のついたアミュレットと青い髪が揺らめく。銀の盆を挟んで見つめあう二人。まるで結婚を誓う夫婦のようだった。


 思い出してもキュンキュンするぅ!


 鼻息の荒くなるイリスである。


「ありがとうございます」


 爽やかに笑いあい歩き出す二人。イリスはそれを眩しく見つめた。

 

 ニジェルとカミーユ……尊い……。


 思わず拝みそうになり、ハタと気が付く。ここにはメガーヌがいた。メガーヌは気まずそうな顔で、俯いている。

 

 どうしたのかしら? ニジェルルートはカミーユ的に不服? やっぱりトゥルーエンドと言われていたシティスルートを目指してたのかしら?


「メガーヌさんは、ニジェル推しではない?」

「……おし?」


 心底不思議そうな目を向けられて、イリスは不安になった。


「お、お、……あ、ニジェルをお好き?」


 もしかして、メガーヌはサポートキャラの自覚がない?

 

 よく思い返せば、メガーヌがストーリーを修正しようとするそぶりは見せなかった。ダンスの練習にしても、もしメガーヌがサポートキャラの自覚があるなら、イリスと練習させたりはしないと思うのだ。

 きちんとカミーユが好感度を上げるようにアドバイスし、誰かから誘われるようにするだろう。少なくとも、ゲーム上のメガーヌはそういうアドバイスをしてくれた。


 は? まさかイリスルートがあったとか? 全部クリアしたけれど、そんな記憶ないし、スピンオフ情報もなかったはず。やだ、私、カミーユに攻略される? それはあかんでしょ? 



「ニジェルさまに好意だなんて、私ごときがっ!」


 メガーヌが慌てて否定する。


「カミーユだって本当は分不相応の癖に!」


 突然の呼び捨てに、イリスはびっくりしてメガーヌを見た。

 メガーヌは我に返って唇を噛んだ。


「どうしたのかしら?」


 イリスは様子のおかしいメガーヌに声をかけた。





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