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5 レゼダ王子再び


「イリス! イリス! レゼダ殿下からお前に会いたいとのことだ!」


 興奮した様子で、父シュバリィー侯爵がドアを開いた。

 イリスは驚いた。あのお茶会以来会ったこともないのだ。疎遠にされる理由はわかっても、会いたいと思われる理由はなかった。


「何かの間違いでは?」

「いいや。間違いなくお前だ。一週間後、王宮でお茶会が開かれる。イリスも王宮に上がる様にとのことだ」

「お断りします」


 イリスは即答した。


「あっはっは! イリスは面白いことを言うな? お断りなどできるわけないだろう? 必要なものは何でも好きなものを買いなさい」


 シュバリィー侯爵はごきげんにそう言うと、部屋から出て行った。


「嵐のような人ね」


 イリスが呟けば、メイドの一人がクスリと笑った。



 本日は王宮に上がる日だ。イリスはイヤイヤながら馬車に乗った。大いにごねてニジェルにも一緒に来てもらうことになった。

 シュバリィー侯爵の大好きなハーフアップの縦ロールに大きなリボン。必要ないと言ったのに用意された豪華な手袋は、身につけずに馬車の中へおいていくことにした。今回も痘痕を見せつけて大いに嫌われて来ようと思ったのだ。


「あー、憂鬱、もう嫌よ」


 馬車の中でぼやけば、ニジェルは仕方がないよと笑う。


「だって、お話しすることなんて何もないもの」


 ニジェルの様に男同士の趣味があるわけではない。レゼダとニジェルは友達かもしれないが、イリスにとっては知らない人なのだ。



 王宮につけば、小さな温室に案内された。白い花が咲き乱れている。

 中にはレゼダと兄のブルエ王太子がいた。ブルエはレゼダの五つ上で、今年十八歳だ。

 遠目で見たことがあるくらいで、イリスはブルエと面識はない。


「イリス嬢だね。ニジェルもよく来てくれた」

「イリス・ド・シュバリィーと申します」


 イリスは丁寧にカーテシーをする。


「そんなにかしこまらないで。私たちとニジェルは良い友達なんだよ」


 ブルエは、優しく微笑んだ。うす紫と薄紅の中間色の繊細な髪がサラサラと音を立てる。青白く滑らかな頬にはうっすらと赤みがさして、男性でありながらも儚げである。


 あまりの美しさに見惚れていれば、ブルエははにかんで笑う。


「先日のお茶会は面白かったんだって? 私も参加すればよかった」


 ブルエが笑いながら話しかけてきた。


「面白かった、ですか?」


 特に面白いこともなかったはずだ。イリスは不思議に思う。


「イリス嬢の武勇伝を聞いたよ」

「兄上!!」


 レゼダは慌ててブルエを制した。

 イリスはカッと顔を赤らめて俯いた。武勇伝とは、あの手袋の件に違いない。


 なんてこと! 王太子殿下にまで知られているだなんて。穴があったら入りたいわ!


「珍しくお茶会の後でレゼダがごきげんだったから聞いてみたら」

「兄上!」

「面白いご令嬢が来ていたとかで」

「兄上!! いい加減にしてください! もう席を外してください!」


 レゼダの声に、ブルエはコホコホと小さく咳をした。


「……あ、兄上、強く言い過ぎました。申し訳ありません。でも、お体に障ります。どうかお休みください」


 レゼダが心配そうに言えば、ブルエは小さく笑った。


「レゼダは優しいね、では、私は退散するよ。ニジェル、良かったら一緒に来てくれない?」


 ブルエの言葉にニジェルが寄り添って肩を貸した。

 小さな咳をするブルエの肩を抱いて、ニジェルは温室から出て行った。


 ブルエ殿下は体が弱かったのかしら……。そう言えば設定では、ゲームが始まる前に兄が亡くなり、第二王子のレゼダが王太子になっていた。これって、ゲーム開始までにブルエ殿下になにか起こるっていうこと……? 

 まって、もう一人の攻略対象シティスの恋人もゲーム前に病で亡くなっているはず。偶然? まさか、王都で病でも流行るのかしら?


 ゾクリとイリスは身震いした。


 勘違いならいいけど、っていうか、勘違いであって欲しい! 王太子の体調なんて私が聞いても、正確なことを教えてくれるわけないし。知ったからと言ったって、どうすることもできない……。


「すまない。イリス嬢、兄が失礼なことを……」


 レゼダは気まずそうに言って、イリスはハッとした。


「い、いえ」

「まずはこちらの席に」

 

 レゼダに勧められて白い丸テーブルに着座する。


 しかしそこで無言である。

 しーんと空気が音を立てそうなぐらい無言である。イリスは困ってしまった。ここに呼ばれた理由もわからないし、ニジェルもいない。お茶会と聞いていたから、他のご令嬢も一緒だと思っていたのだがそうではなかったのだ。


 しーん……。


 あー、鳥の羽ばたきまで聞こえそう。かといって、私から振るような話題はないし、そもそも仲良くなりたくないし。


 しーん……。


 うーん……、もう帰ってもいいのかな?


「あの、レゼダ殿下、私とこのようにしていても時間の無駄ですから、下がらせていただきとうございます」

「駄目だ!」


 間髪入れずにレゼダが答えた。レゼダは自分の声に驚いたように、ハッとした。


「あ、いや、きつい言い方をしてすまない」

「いえ……」


 しーん、三度みたびである。


 どう考えても話題ないしなー、ニジェルと話がしたいならニジェルだけ置いて行けばいいか。そうだ、そうしよう! とっとと帰ろう! ニジェルなら後で迎えを出せばいいのだし。


「あの? ニジェルと話がしたいならニジェルをおいていきますが」

「イリス嬢?」


 レゼダが慌ててイリスを見たが、イリスはどこ吹く風だ。何しろイリスはここから帰りたい、ただそれだけである。


「あ、そのイリス嬢。お茶はどうですか」

「まだカップにあります」


 今、席についたばかりだ。口すらつけていない。


「ケーキもあるんです。いろいろ用意させたので好みのものを……」


 レゼダがそう言うと、ワゴンが運ばれてきた。ワゴンを押してきたのは前回のお茶会にいたメイドである。メイドのホワイトブリムにはあの日のレースで作られた小さなリボンが付いていた。


「お好きなものをお取りします」

「まぁ!」


 ワゴンの上には色とりどりのケーキが並んでいた。夏イチゴのタルトに、白いものはチーズケーキだろうか。フワフワのシフォンにクグロフ。どれも美味しそうだ。


「僕のおススメは苺のタルトです」


 レゼダが言った。


「では、苺のタルトにしますわ」


 イリスが言えば、メイドが取り分けてくれる。


「リボンにしてくれたのね。嬉しいわ」


 イリスはメイドに声をかけた。バイ菌と嫌がって捨てられてしまっても可笑しくない物を身に着けていてくれたことが嬉しかった。

 メイドは顔を真っ赤にして、ペコリとお辞儀をした。


 その様子をレゼダは微笑みながら眺めていた。イリスはふと視線を感じてレゼダを見つめた。視線が絡み合う。


「あの? なにか?」


 尋ねればレゼダは慌てて目をそらした。


「いや、あの、先日のお茶会では嫌な思いをさせてしまったようだったので、その埋め合わせにとご招待させていただきました」


 やはりレゼダは優しいのだ。誰にでも、なのだが。ゲームのイリスはそれに気が付いていなかったけれど。


「そんな、お気になさらないでください」

「でも、女性の傷をあのように公に晒させたのはあまりにも」

「本当にお気になさらず。ニジェルに言われて思いましたの。これは人をふるいにかけるには便利ですのよ」


 イリスが左手をあげて見せれば、レゼダは困ったように微笑んだ。


「イリス嬢はお強いのですね」

「そんなことはありませんわ。ただ、それほど思いつめるようなものでもないと思っていますの。生きていられるのですから」


 それはイリスの本心だった。ニジェルに言われて気が付いたことでもあった。ニジェルは生きていて良かったと言ってくれたのだ。


 そう生きてさえいれば何とかできる。でも、一歩間違えば、本気で死が待っている状況で手の傷なんて何でもないし、逆に便利だし。


 王子がケーキに口をつけるのを見て、イリスもケーキを頬張る。小さい夏イチゴの酸味が、クリームの甘さと混じり合って、初夏の味にぴったりだった。


 さすが王宮! 先日のお茶会のお菓子も美味しかったけど、ケーキも美味しい!


 身をよじって味わっていると、レゼダはクスリと笑った。


「ケーキはお好きですか?」

「はい」

「それは良かった」


 レゼダはニコニコと笑っている。まったく本心がつかめずに、イリスは戸惑った。





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