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46 ニジェルとカミーユ


 ニジェルは学園のレッスン室にいた。姉のイリスに乞われ、カミーユのダンスの練習を務めるのだ。

 カミーユは聖なる乙女の候補者であり、表向きではイリスのライバルである。しかし、イリス自身は聖なる乙女になることを拒んでいる。

 弟のニジェルはイリスの意思を汲んで協力したいと思っていた。


 イリスに魔力がないと知っても、父は諦めきれないようだけど。

 あと、殿下も……。


 当然のようにイリスの隣に立つのは、この国の第二王子レゼダである。

 子供の頃から何かとイリスに目をかけているレゼダは、イリスに恋をしていることをニジェルに隠さない。

 土痘の痕の残るイリスは、古い考えの貴族から『神に見放された娘』と陰口をたたかれている。その為、王族はもちろん、他の貴族との婚約も理解が得られないのが現状だ。それを覆す方法が、聖なる乙女になることである。聖なる乙女は、神に愛されている乙女だ。神に見放されたという根拠のない噂を否定できる唯一の方法だ。

 それに過去にも数人、聖なる乙女から妃が選ばれている。


「よろしくお願いします」


 カミーユが深々と頭を下げて、ニジェルはそんなに頭を下げなくてもいいのにと苦笑した。

 平民出身の彼女は、同じ貴族になったのだと急に言われたところで、突然貴族らしい振る舞いなどできないのだ。

 あらさがしをされては、陰でヒソヒソと言われていることもニジェルは承知していた。

 イリスに頼まれてしたことだが、魔獣討伐の前には武術の指導をしたりと、何かとカミーユと過ごすことが多かった。その為ニジェルは、外野の女子たちにカミーユとの仲を疑われ、告げ口をされることもしばしばだったのだ。


 魔力が強すぎるだけで、陰口をたたかれるのは大変だな。


 ずっとイリスと一緒に生活してきたこともあり、他の女の子とのかかわりが薄かったニジェルである。女の子の基準がイリスになっていて、少しずれていた。ニジェルからしてみれば、カミーユは魔力は強いが、腕力の少ない、いたって平凡な女の子に思えた。

 カミーユはけして魔力が強いだけではない。外見は魅力的で、行動も色々と規格外だ。それらが平凡な人間を刺激してしまい陰口になる。しかし、イリスを見慣れているニジェルにしてみれば、カミーユの規格外の行動ぐらいではもう驚かなくなっていた。


「こちらこそ、よろしくね」


 ニジェルが笑って手を差し出せば、カミーユはオズオズとその手を取った。


 小さい妖精たちが音楽を奏で始める。


 イリスがいなければ、ボクは一生妖精を見ることはなかっただろうな。  


 ニジェルは不思議に思う。騎士の家系は魔力が弱い。父も妖精を見たことはないのだといった。魔力が弱いからこそ、魔法がかかりにくく騎士として優秀なのだ。しかし、戦争のない現在では、武力より魔力が重んじられる。魔力が弱いことは貴族の中では少し分が悪いのだ。シュバリィー家はとびぬけた武力と勇者を出した騎士の家としての歴史があるため一目置かれているに過ぎない。


 魔力の弱い貴族も大変だけど、魔力の強い平民はもっと大変だ。


 ニジェルはカミーユを見ていて思う。

 しかし、カミーユはそのことについて愚痴をこぼすこともなかった。イリスとは違い、聖なる乙女になることを目標に真面目に頑張っている。少し無茶をさせたと思う討伐の訓練でも、歯を食いしばって頑張っていた。

 そんなカミーユだからこそイリスも彼女の後押しをしているのだ。

 

 だからボクも応援したいと思う。


 妖精の奏でる音楽に合わせて、クルクルと回る。イリスとレッスン済みだというだけあって、カミーユのダンスはぎこちなくはあるけれど正確だ。


 あとは、もう少しリラックスできればいいんだけどね。


 ニジェルはイリスと踊る時を思い出す。双子の二人は子供の頃からお互いがレッスン相手で、当然息もぴったりだった。二人だったら、何も考えなくても踊れるのだ。

 

 ギクシャクと足元を気にするカミーユをリードしながらニジェルは少しイラっとする。


「ねぇ、足もとなんて見てないで、ボクを見て。体を預けて」


 ニジェルはいつもイリスに注意するように声をかけた。

 聞きようによっては凄い口説き文句なのだが、ニジェルにしてみれば、イリスとのいつもの会話の延長でそれに気が付かない。

 カミーユは顔を真っ赤にして、ヨタヨタとふらついている。そのせいで足がもつれれば、ニジェルはカミーユの手を強く引いた。


「余計なこと考えないで」


 ニジェルがカミーユの顔を覗き込めば、カミーユは驚いて思わずニジェルの胸を押し返す。真っ赤になった頬のまま、潤んだ瞳で詰るようにニジェルを見るカミーユに、ニジェルは思わず息を呑んだ。


 え? なに? 女の子のこんな顔、初めて見た。


「ニジェルさま、その、あの、ダンスでは普通かもしれないですが、近いのになれてない……です」


 恥じらい必死に言葉を選びつつ伝えようとするカミーユを、ニジェルは健気だと思った。


 まさか、女の子に健気だなんてね。


 自分の心の動きを意外に思うニジェルである。何しろ、イリスは健気に遠い。女の子とは、イリスのような生き物だと思っていた。周りを振り回してケロリとしている姉である。


「ごめんね。慣れるまで練習しよう」


 ニジェルは爽やかに笑った。カミーユは俯いて、小さく小さくハイと頷いた。

 ニジェルはとりあえず、アドバイスを聞いてもらえたと安心した。




「ニジェル、すごいわね……。聞いてるこちらが恥ずかしくなるわ」


 その様子を見ていたイリスは小さく唸った。


「いろいろ自覚がないところが姉弟だなって思うよ」


 疲れた様子でレゼダが答え、イリスはキョトンとした。


「さあ、僕らも練習しよう?」


 レゼダに手を引かれ、イリスも踊り出した。





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