45 妖精たちとダンス
カミーユのダンスが形になってきたところで、学園のレッスン室を借りて練習することにした。
カミーユのパートナーをつれてくるようにイリスが言えば、カミーユが連れてきたのは赤の妖精の長フーシャだった。
「あの、パートナーをお願いできる方がいなかったので」
カミーユがオズオズと言えば、フーシャがニヤリと笑った。
「困っていたから手伝ってやることにした」
イリスは思わずたじろぐ。
こ、これは予想外……。
「本番はフーシャ様というわけにはいきませんよね? 普通は妖精は見えません」
「そうでした!」
カミーユはハッと気が付いたようだった。
「お前が見えるから忘れていた。お前魔力がないんだろう? お前に見えるならみんなに見えるんじゃないのか」
フーシャが言う。
「存在を秘匿されているのでは?」
イリスが言えば、フーシャは笑う。
「そういうことになってたな。まあ、気にするな」
メチャメチャ気になるよ? ゲームでも一切説明されてないくらいの秘密でしょ? そこ、大事じゃないの?
しかし、イリスからはそれ以上何も言えずに練習を始めることにした。
粗暴な印象のあるフーシャだが、ダンスの腕前は確かだ。体育会系のノリで「ワン・ツー・スリー」と声をかけカミーユを引っ張っていく。リードは少し強引で、カミーユは振り回され気味ではあるが、ついていくだけで必死なのか、イリスと練習していた時のようなオドオドした感じはなく、楽しそうだ。
「なかなか楽しそうではないか」
ソージュが唐突に現れ、イリスを見て笑う。
「ソージュ様!? 学園内ではあまり」
「フーシャがいるのに私を追い出したりしないであろう?」
ソージュはイリスの言葉を遮って、イリスの手を取る。
「私たちも踊ろうではないか」
「……どちらが女性役ですか?」
イリスは抵抗を諦めたように尋ねる。
「イリスの方が小さいからな。私がリードしてやろう」
「ぼくらが歌ってあげる!」
「私は演奏!」
イリスの巻き髪から妖精たちが飛び出してくる。ホールの中で様子をうかがっていた妖精たちも、我も我もと集まってくる。
スズランを振って鈴のような音を出す妖精や、タンポポの花を太鼓にする者、ツツジをラッパのように吹き鳴らし、ハルジオンの茎は横笛にされている。
まるでファンタジーのような光景に、イリスは目を輝かせた
「素敵……!」
イリスの感嘆にソージュが満足げに頷き、手を取った。
ヒラリとソージュの白く長い髪が翻る。ソージュのリードは規則正しく、真っ直ぐな性格を表しているかのようだ。
イリスが笑えばソージュも笑う。
ソージュ様……女性なのにこのカッコ良さよ……。
うっとりと身を任せていれば、ホールのドアがノックされた。
「……イリス? ここにいるの?」
レゼダである。レゼダの声を聴いて、ソージュは面白そうに笑いイリスの腰を抱いた。それを見たフーシャは負けじとカミーユの腰を抱く。
小さい妖精たちは、ワクワクと瞳を輝かせて成り行きを見守っている。
「はい」
「入るよ」
イリスが答えると、レゼダはドアを開けて入ってきた。
そして、ソージュを見ると眉を顰める。そして、フーシャがいることに気が付いて、慌てて表情を整え跪く。
フーシャは面白そうにレゼダを見る。
「王族か」
「第二王子のレゼダと申します。フーシャ様」
「話には聞いている。俺のことは気にしなくていい」
フーシャの許しを得てレゼダは立ち上がりイリスを見た。
「イリス、何をしているの?」
「ダンスの練習です」
レゼダの問いにイリスは当たり前のように答えた。
「イリスのダンスの練習は僕が付きあうと言ったはずだよ」
「そうでしたっけ?」
ノホホンと答えるイリスにレゼダはため息をつく。
「当日踊る相手と練習した方がいいと思うけど」
レゼダが言う。ソージュはニヤニヤした顔でレゼダを見ている。
「確かにそうですね」
そう答え、イリスはカミーユを見た。
先ずはカミーユたんの意思確認が大切よね。
「では先にカミーユさんのパートナーを決めないといけませんわね」
ゲームでは、レゼダルートの場合、レゼダはイリスの誘いを断ってカミーユと踊る。イリスは婚約者がいながら、弟と踊らされるという屈辱を公衆の面前で晒されることになる。
ニジェルルートの場合、レゼダはイリスと踊るのだが、それは婚約者だからであって、婚約していない今、レゼダと踊ることはないだろう。
「なんで?」
レゼダが突っ込む。
「カミーユさんのパートナーが決まっていないからです。フーシャ様は当日舞台に立つわけにはいかないでしょう?」
「そんなことないぞ?」
フーシャの声に、レゼダが慌てる。
「それはお止めください」
「あの、でも、フーシャ様が駄目ならどなたに頼んだらいいのか」
カミーユはオロオロとしている。
イリスはポンと手を打つ。
「殿下にお願いするのはどう? 丁度ここにいるのだし」
「レ・ゼ・ダだ。そして僕はイリスのパートナーです」
「でも」
「イリスはほかに当てがある?」
「ニジェルに頼もうかしら?」
「姉弟というのもどうかと思うよ。逆にカミーユ嬢のことをニジェルに頼んだら? 討伐の時も教えていたのでしょう?」
ゲームの殿下と違って、ニジェルと踊るようには言わないのね? レゼダルートの殿下にもそういう分別が欲しかったよね、イリスたん。
今は婚約者でないのだから、当然のようにパートナーであることを主張するレゼダに疑問を持ちながらも、ゲームのイリスに思いをはせて、ゲームより常識的なレゼダに感心する。
イリスはカミーユに向き直った。
「カミーユさん、ニジェルでもいい? 良ければ声をかけておくけれど」
「はぇ? ニジェルさまのご迷惑になりませんか? その、前回もたくさんご指導いただいて……」
「もしかして恐かった? あの子、スパルタなところがあるからごめんなさいね。カミーユさんが嫌なら」
イリスがレゼダに視線を送れば、レゼダが不機嫌な顔をする。カミーユは慌ててブンブンと頭を振った。レゼダがイリスと踊りたいのは誰の目にも明らかなのだ。それを邪魔する気はとてもおこらない。
確かにニジェルの訓練は正直かなり厳しかった。ニジェルは普通の女の子が、どの程度の動きができるかわかっていなかったからだ。初めのうちはイリスと同じことができるように、カミーユを指導しようとした。主に攻撃である。しかし、カミーユには無理だった。恐くて近距離戦は無理だったのだ。そもそもバスターソードなど実戦で長時間振り回せる体力もなかった。
途中で難しいと気が付いてから、カミーユに合った形で訓練をしてくれた。討伐の際に怪我をせずに済んだのは、もちろん自身の魔法もあるが、ニジェルが根気良く教えてくれた受け身や逃げる技術のおかげである。
討伐が終わった後で、カミーユはニジェルの技術に救われたのだとしみじみと感謝していた。それ以降、カミーユにとってニジェルはイリスと同じく命の恩人なのだ。だからこそこれ以上迷惑をかけたくないという思いもある。
「嫌では! そんな、あの、ニジェルさまがお許しくだされば……」
カミーユは声を小さくしながら俯いた。
イリスはニヤついた。
ほーん? やっぱり、ニジェルルート? そしたらおねーちゃん、全力で応援したるから!
「次はニジェルをつれてくるわね!」
イリスが嬉々として答えれば、レゼダも満足げに笑う。
「イリス嬉しそうだね」
「はい!」
イリスが答えればソージュが笑った。
「レゼダも嬉しそうだな」
「はい」
レゼダは素直に頷く。
「ニジェル……か。見極めてやろっと」
フーシャが楽し気に呟いて、イリスはゾッとする。
「フーシャ様? あの、弟をイジメないでくださいね?」
イリスの言葉にフーシャは無言で微笑み返した。
……妖精の長、こわい……。