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44 コンテストの準備は進んでいて?


 イリスは、カミーユの元へやってきていた。

 側にいたメガーヌがイリスを見て、ヒッと声をあげる。


「カミーユさん、コンテストの準備は進んでいて?」

「……はい」


 カミーユは困った様子でヘニャリと笑う。何か困ったことでもあるのだろう。


「ドレスは用意できているの?」

「なんとか……」

「そう。では、ダンスは?」


 イリスが聞けばカミーユは困ったように曖昧に笑った。


「練習していないのね?」

「……メガーヌさんに教えていただいています……」


 メガーヌの家は父の代で貴族になったばかりだ。カミーユを教えられるとは思えない。ゲームではリズムゲームを攻略対象者と共にクリアして本番に臨む手はずになっていたはずだ。

 このままでは当日カミーユが失敗してしまうかもしれない。それではイリスが困るのだ。カミーユには周囲が納得するような形で、聖なる乙女になって貰いたい。そうでなければ、妖精の長の間に禍根が残ってしまう。


 イリスは思わずため息をついた。

 メガーヌがビクリと肩を揺らす。

 イリスはメガーヌの耳元に顔を近づけ、そっと囁いた。


「メガーヌさん、殿下やニジェルはどうしてるの? カミーユさんの練習を手伝ったりしていないの?」

「っひ、ぁ、し、していません……」


 メガーヌは弱々しく答える。


「……駄目じゃない」

 

 イリスが思わず呟けば、メガーヌは縮こまり、カミーユは不思議そうな顔をしてイリスを見た。


「今夜、私の部屋にいらっしゃい。いろいろ教えて差し上げてよ?」


 イリスがそう言えば、カミーユとメガーヌがボッと顔を赤らめた。


「ぃイリスさま、なにを?」


 メガーヌが顔を真っ赤にしてイリスに問いかける。


「ダンスの練習をするのよ」


 メガーヌとカミーユは、ホッとしたような顔をした。

 

「でも、私はイリス様のライバルです……。そんなことをしていただくわけにはいきません」


 カミーユがしゅんとして俯いた。


「コンテストで相手があまりにも無様では私が恥ずかしいでしょう。それに、私が少し教えたからってあなたが勝てるとお思い?」


 イリスは鼻を鳴らしつつ、内心、酔っていた。


 久々の悪役! イリスたんの悪役令嬢、やっぱりカッコイイのよ!


 カミーユとメガーヌはポカンとしていたが、イリスはいい気分のまま、教室を後にした。




 そして、女子寮のイリスの部屋である。

 イリスはソファーセットを壁際に寄せて中央に場所を作る。わちゃわちゃと妖精が集まってきて、手伝ってくれる。

 そこへカミーユがやってきた。制服を脱いだルームウエア姿だ。ゲーム設定だからか、現代的なモコモコしたワンピースである。


 ああー! これコラボして欲しいと思ってたやつー! 街で売ってるんだ! 当たり前か。 


 しかし『ハナコロ』はメジャーなゲームではなかったので、コラボ商品はない。


「素敵なルームウエアね! どこで買えるのかしら?」


 思わずイリスが食いつけば、カミーユは恥じらうように笑った。


「街でバイトをしてるんですけど、そのお店の商品なんです。もしよかったらお届けします。あ、あの、お揃いでいいですか?」

 

 カミーユが上目遣いで言って、イリスは思わず眩暈がする。


「あの、色違いもありますけど」

「おそろいで!!」


 イリスは鼻息荒く答えた。


「でも、イリス様のルームウエアも素敵です」


 イリスのルームウエアは昔からよくあるドレス型のワンピースである。胸元がカシュクールになっていてウエストを緩くリボンで留めるタイプだ。白いシルクに小花柄である。その上にガウンを羽織っている。


「そう? ありがとう」


 イリスは軽く答えた。そのそっけない様子に、カミーユは憧れの眼差しを向けた。カミーユのような平民では着ることすら緊張するようなシルクの夜着を、イリスは当たり前のように着こなす。カミーユのカジュアルな服装を馬鹿にすることもなく、それどころかお世辞とは思えないほどに褒めてくれる。

 カミーユにとってイリスは理想のお姫様に思えた。




 二人でダンスの練習を始める。狭い部屋の中では、大きく踊ることはできないが、ステップをさらうぐらいはできる。


 カミーユにしてみれば、憧れでもあるイリスの部屋にいるだけでも幸せなのに、ルームウエア姿のイリスに腰を抱かれている現状に混乱していた。

 よたよたと足をもつれさせ、時折イリスの足を踏んでしまう。


「あっ、すいません」

「ほら、集中して」

「はい、わ」


 集中など出来ずに何が何だかわからないまま練習を終える。


「カミーユさんにも苦手なことがあるのね?」


 イリスに小さく笑われたカミーユは、ボッと顔を赤らめた。


「ごめんなさい。揶揄ったわけじゃないのよ。何でも上手にこなすから、ギャップ萌え?」

「……ぎゃっぷもえ?」


 カミーユは聞き慣れない言葉を復唱する。イリスは気まずそうに目を逸らした。


「意外性があって魅力的……という意味ね」

「あ、あ、あ、ありがとうございます」


 カミーユは頭から湯気が立ち上がる気がした。


「では、今日はここまでにしましょう。もう少し踊れるようになってきたら、広い場所で男性に練習を頼みましょう。と言っても私からお願いできる男性は少ないので、カミーユさんのお知り合いがいればその方が良いかと思いますわ」


 イリスの言葉に、カミーユは顔をあげた。聞くなら今しかないと思ったのだ。


「では、ごきげんよう」


 言いかけたイリスの腕をカミーユがつかむ。


「あの! イリス様!」

「なにかしら?」

「イリス様はもしかして私を聖なる乙女にしようとしてくれていますか?」


 カミーユの直球にイリスは苦笑いした。


 そうよ。カミーユはこういう子。まっすぐでひたむきで諦めない子。


 イリスは黙って頷いた。


「どうして」

「あなたも知っているでしょう? 私には魔力がないのよ。なぜだかこんなことになっているけれど、そんな者が聖なる乙女になっても何もできないわ。人々を助けられない。でも辞退することはもちろん、手を抜くこともできないの」

「そんな、勝っても聖なる乙女になれないなら、こんな審査、イリス様を傷つけるだけじゃないですかぁ」


 泣きそうになるカミーユに、イリスは左手の痘痕を見せながら笑った。


「そんなことないわよ。候補者に選ばれた時点で王宮での就職は約束されるわ。一人で生きていかなきゃならないから、就職先はできるだけいいところがいいの」

「イリス様は」


 イリスはカミーユの言葉を遮った。


「だからお願い。あなたがちゃんと勝って。絶対に聖なる乙女になってちょうだい。変な誤解のまま聖なる乙女にされては困るのよ」


 イリスはカミーユの手を取った。

 

 メリバ・バドエンはともかくも、適性がないのに聖なる乙女になっちゃだめ。街の人たちに迷惑をかけるもの。だから絶対、魔力の強いカミーユになってもらわなきゃ。


「お願い、私を助けて」


 必死なイリスの顔にカミーユは心を打たれた。


「はい! 私、頑張ります! 絶対聖なる乙女になってみせます!」

「お願いよ! カミーユさん」


 こうやって二人の乙女は結託した。





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