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43 だから!聖なる乙女ではありません!


 周りの注目を浴びながらお茶を飲み終え、下町の診療所へ行くことにした。

 昨年の夏の土痘の流行の後に、黒い森と街の境に作られた診療所である。昔から打ち捨てられていた古い倉庫を綺麗にし診療所に作り変えたのだ。

 王宮を引退した魔導士が駐在していて、イリスが洞窟で出会った親子が手伝っている。

 昨年の夏の流行が沈静化した際に、黒い森の洞窟に隔離されるのでは不便だということになったのだ。土痘に罹患しても早期にワクチンを吸えれば重篤化を防げる。しかし、その洞窟に捨てられたために間に合わなかったものもいたのだ。

 そのことに憤ったレゼダと魔導宮は王に訴え、ここに診療所を作った。流行中はさすがに診療所を作る余力はなかったのだ。


 イリスは学園に入学後も、街で遊ぶ時間を魔道宮の下っ端としてこちらに来る時間として使っていた。時折レゼダと一緒にここへきて、街の状況などを聞くのだ。情報と協力と交換に、足りないものを届けている。今日は街に行くこともできたので、先ほどのカフェでクッキーを買い、お土産として持ってきた。


「ミントちゃんと、チェリーくんだ!」


 目ざとくイリスとレゼダを見つけて、子どもたちが駆け寄ってきた。ここは診療所であるが、土痘で親を失った子供たちも預かっていた。行き場のない子供たちが自然と集まってしまったので公的な孤児院ではない。

 イリスはそれを知っていて、子供の喜ぶようなものも届けている。 

 

「どう? みんな元気だった? 何か変な病気にかかってない?」

「うん。今は皆元気」

「おやつ持ってきたの! みんなで食べてね」


 子どもたちにクッキーを渡せば、歓声が上がる。


「カミーユちゃんのクッキーだ!」

「食べる前にちゃんと手洗いするのよ? 魔導士様にも報告してね」

「ミントちゃん、耳にタコー!」


 子どもたちが診療所の中に駆けこんでいく。イリスとレゼダも診療所に向かった。

 中では魔導士と初めに瘡蓋を吸ってくれた母親、そして顔に傷のある男が人をつれて集まっていた。


「お邪魔でしたか?」


 レゼダが問えば、魔道士がイヤイヤと手を振る。


「仕事ではありませんので……。チェリー様とミント様もこちらへ」

 

 魔導士が簡単な椅子を用意してくれたので、レゼダとイリスはそれに腰を掛ける。

 すると、顔に傷のある男の周りにいた人々が、驚いたように二人を見た。


「ミント様……?」

「あの、緑の聖なる乙女だという噂の? こんなにお若い方だったのか?」

「初めに洞窟に現れた時は子どもだったというから……」


 コソコソと囁き合う声に不審に思い、イリスは顔に傷のある男を見た。

 顔に傷のある男はニカっと笑う。


「緑の聖なる乙女は騒がれるのが嫌いだ。お会いしたなどと言いふらすなよ?」


 イリスと緑の聖なる乙女は同一人物だと言わんばかりの言いぶりに、人々は顔をあげイリスに手を合わせた。中にはイリスの足元に跪くものすらいる。


「ひぇ!?」


 イリスは驚きのあまり、椅子に縋りつき足を椅子の上にあげた。


「魔道士様、これはどういう……」

「アイリスの剣の泉への巡礼者ですよ」

「アイリスの剣の泉?」

「この診療所へ患者を移転させるときに、洞窟まで道を広げました。その道をたどって洞窟の側の泉に行く巡礼が流行っているのです」

「泉……」


 イリスが絶句すれば、レゼダが小さな声で付け足した。


「ミントの鞘から水が湧き出ているところだよ」

「……ソージュ様のお力なのに……」


 イリスは遠い目になってしまう。ソージュがやったことではあったが、普通の人には妖精は見えない。全てイリスの力に見えたのだ。


「あの! 私! 聖なる乙女ではありませんから! 本当に人違いですからね!」


 イリスがそう否定すれば、巡礼者たちはウンウンと頷く。


「お噂通り謙虚な方です。私たち、ミント様が聖なる乙女だとは言いませんから!」

「いや、ちがくて!」

「わかります、わかります」


 いや、ぜんぜん、わかってない!!


「さて、そろそろ巡礼と参ろうか。魔導士様とのお話を邪魔しちゃいけねぇ」


 顔に傷のある男はそう言って巡礼者を引き連れて出て行った。


 イリスは脱力する。


「どういうことなんですか……」

「土痘の流行の時、治った者が洞窟へ物資を届ける様になったんですよ。それのついでにアイリスの剣の泉の水を聖水として持ち帰るようになったんです」

「聖水……」

「最近ではあの男が中心となって取りまとめてくれています。巡礼者から参加費をいただいて、孤児たちのために使っています。巡礼に行けない者たちのために、聖水の販売もしています」


 魔導士はそう笑い、様々なガラス瓶に詰められた水をイリスに見せた。孤児たちが集めてきた瓶を煮沸消毒して再利用しているのだ。聖水と共にミントの葉も入れられている。

 孤児たちにも仕事を与えることで、自分は役立つ人間だと自己肯定感を育む一助になっているのだと魔導士は言った。


「ミント様のおかげです」


 魔導士の言葉にイリスは何も言えない。聖水の販売も孤児のためだと言われれば反対することもできなかった。


「良かったね」


 レゼダが笑い、イリスも乾いた笑いで答える。


「……ヨカッタです」






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