42 敵情視察デート 2
「ボーっとしてると食べちゃうよ?」
そういうとレゼダはイリスの鼻先をチョンと突いてから、ハートクッキーをかすめ取った。
「イリスのハート」
そう言って、一口かじって見せる。
イリスは呆然としてその様子を見る。
え、この流れ。もしかして。
さっと顔を青ざめる。
「うそうそ、僕のハートをあげる」
レゼダはそういうと、呆然とするイリスの唇に自分のハートクッキーを押し込んだ。
ひぃゃぁぁぁぁ。恥ずかしい。恥ずかしいよぉぉぉ。
大歓喜どころではない。公開羞恥刑である。泣きそうである。
レゼダはケロッとした顔で、そのままアイスを食べている。
なにこのデートっぽい感じ。殿下はチャラ男の強者だわ。そしてヒロインの強心臓。私には耐えられない……。
イリスは疲れを感じて、モソモソとクッキーを咀嚼した。ハート型なのにちょっとショッパイクッキーは、甘いアイスクリームと食べると美味しかった。
「これ食べたら、目的の敵情視察に行ってみる?」
「あ、はい!」
レゼダの言葉にイリスは我に返った。今日の目的は敵情視察という名の、カミーユの進行確認だ。間違ってもこれはデートではない。
「ほら、あそこの行列、カミーユ嬢がアルバイトしてる洋服屋だよ。あまりに混み合うらしくて入場制限しているらしい」
レゼダが教えてくれる。これも新しいお店だ。
ずらりと若者が並んでいる。
「とても中には入れそうもないですね」
「外から見てみよう」
大きなガラス窓から中の様子を覗いてみる。店の中は入場制限しているため、混んではいない。カミーユは、街では珍しい膝頭が見えるスカートを穿いている。
そうそう、入場制限とかミニスカートも選択肢で選んだわ。メガーヌのアドバイスがあるのよね。それで、この丈の短いスカートを町で流行らせるのよ。
窓際にはカミーユの姿を見るのが目的だろうと思われる人もいる。大きな窓枠で切り取られた店内の様子は、舞台でも見ているようで中で買い物する娘たちも、おしゃれをし見られることを意識している様子だ。
「上手な演出ね」
「デュポン商会の店だそうだよ」
「カミーユさんのお家ね」
「うん。なかなかのやり手だ」
レゼダはそう言ってカミーユを見てから、イリスを見て頬を赤く染めた。
イリスは思い出す。
そう! このミニスカート、攻略対象者の好感度上げるアイテムー!
「チェリーくんのえっちー!」
ニヒニヒとしてレゼダを冷やかす。
「っな?」
「カミーユさんの足、見てたでしょ」
店の周りでチラチラとカミーユを見ている客の多くはそれが目当てだろう。
カミーユの足は程よい肉付きで形も良く、きれいで官能的だ。男女とも見惚れるくらいに美しい。
わかる、わかるよ。カミーユたんの足、スリスリしたいもんね。
「ちがうよ!」
レゼダが小さい声で否定する。
「隠さなくても大丈夫ですから。カミーユさんの足は綺麗ですよね」
イリスはウンウンと頷く。
「違うから。ミントがあれを着たらって……」
レゼダは目を逸らしモゴモゴと語尾を濁らせた。
「は? 私?」
キョトンとするイリス。レゼダは吹っ切れたようにイリスに向き合った。
目がキラキラしている。
「プレゼントさせて?」
「嫌です」
「ミントは僕からなにも受け取らない」
イリスの即答にレゼダは不満げに唇を尖らせた。
「そんなことないです。いっぱい貰ってます」
「うそばっかり」
「今だって、たくさん情報をもらいました。それまでだって私のできないことはチェリーくんがしてくれてます。たくさんもらいすぎて返せないですもの。もうこれ以上貰えません」
きっぱりとイリスが言えば、レゼダは顔を赤らめてそっぽを向いた。
「そういうのはずるいよ」
「? なにがです?」
キョトンとするイリスにレゼダは苦笑いだ。
「二人で何かするのは共犯だから当たり前なんだよ」
そういうと、スカーフの上からイリスの頭をポンと叩く。街へ出た時にレゼダがよくする、次へ行こうの合図だ。
「次はさっき食べたクッキーをだしているカフェに行ってみよう。こっちにカミーユ嬢がいるなら向こうは空いているだろうから」
「はい!」
レゼダの読み通り、カフェは並ばずにはいることができた。なぜか二人用の小さなカップルシートに案内された二人である。カフェとすれば、見目のよいカップルを目立つ席に案内するのは自然なことだ。
カミーユのおすすめメニューというサンドイッチを注文する。パンの中央がハート型にくりぬかれ、色違いのパンがはめ込まれている。白いパンにはピンクのハートが、ピンクのパンには白いパンだ。中にはイチゴジャムが塗られた薄いサンドイッチである。
うーん……。乙女ゲームのハート押し、圧がすごい。
遠目になるイリスである。
このカップルシートを提案したのもカミーユで、このメイドスタイルの制服を提案したのもカミーユである。何故ならゲームでそういう選択肢があるからだ。
この店もデュポン商会の店らしい。そういう伝手もあってカミーユは何店ものバイトを掛け持ちできたのだろう。
町の様子を見てみれば、カミーユの影響がそこら中に見て取れる。少し話をすれば、もうカミーユは『聖なる乙女』になるのだという口ぶりで話している。
ちゃんと人気を集めてる。えらい! カミーユたん、頑張ってる!
イリスは心の中で目頭を押さえた。
「それにしてもカミーユ嬢はお金に困っているの?」
レゼダがボソリと呟いた。
イリスもそこで初めて気が付く。
ゲームではバイトでお金をためてドレスを作った。しかし、デュポン商会が後ろ盾についているのなら、作ってくれそうなものではある。
ゲーム上の無理くり設定かしらね? 前世では学生バイトなんて当たり前だったし、疑問にも思わなかったけど。確かに、貴族でバイトしている人なんていないか。
ワクチン接種の手伝いをするイリスやレゼダも身分を隠していた。魔導士たちは、魔導宮の仕事として街で働いていたのだ。
「聞いたことはないですが……」
「そう」
レゼダはそう呟いた。