39 学園長からの呼び出し
魔獣討伐が終わってから、学園内の風向きは変わった。ここまで聖なる乙女の審査は、カミーユが二勝している。カミーユは次代の聖なる乙女候補として生徒たちに期待され始めたのだ。
今までは、平民であるがゆえに懐疑的な目がほとんどだったのに、妖精の長の祝福を受けたという事実が、不平や不満を抑え込みつつある。
ゲームでは聖獣とか妖精の長なんてストーリーなかったんだけどなー。妖精の長が付いてたら、メリバになんてならないと思うんだけど。ソージュ様結構モンペだし。
まって? ゲームでは聖獣を魔獣と誤解したまま討伐してしまったんじゃない? それで妖精の長にも祝福されなくて、メリバエンド迎えちゃったんじゃない?
イリスはそう考えてゾッとする。
あのどう進んでもメリバになるエンディングはもしかして聖獣と妖精の呪い? ……聖獣と妖精は怒らせないようにしよう。
イリスは固く誓うのだった。
イリスは学園長に呼び出されていた。聖なる乙女の審査に関わることだろうとイリスは予想する。カミーユは聖獣に懐かれ、妖精の長から祝福を受けた。対してイリスは魔力のないことがはっきりと露呈したのだ。
もう、カミーユに決まったも同然だ。これ以上時間をかける意味はない。
ドアを開けて学園長に挨拶をする。学園長は、重厚な机に腰かけて、組み合わせた両手を鼻の下につけていた。所謂ゲンドウポーズである。そして長く大きな息を吐いた。
威圧感あるわねー。聖なる乙女の落選なんて、別に紙切れ一枚の通達でもよかったのに。
どこか他人ごとのイリスである。
イリスは机の前に立って学園長の言葉を待った。
「さて、イリスさん。お伺いしたいのですが、あなたはソージュ様の祝福をうけているのですか?」
「……」
思わぬところから切り込まれたイリスは一瞬言葉を失う。
そーくるか! 面倒なことになると思ったから黙ってたのに。
イリスは、ソージュから祝福を受けたことは話してはいなかった。隠していたわけでは……ある。面倒だと思ったのだ。小さな妖精に祝福されただけで、王宮報告案件なのだ。絶対に間違っても両親には知られたくなかった。
シティスやレゼダは気が付いていると思ったが、現場を見られていないため、イリスの口から敢えて報告したりはしなかった。
「あなたが妖精から祝福を受けていることは知っていました。しかし、妖精の長からの祝福となると話は別です。どうなのですか?」
「……仰る通りです。ソージュ様から祝福を受けております」
「なぜ黙っていたのですか」
「妖精たちと報告済みでしたし、その……聞かれなかったので」
イリスは目を逸らした。学園長の眼鏡がキラリ、光る。
「そうですか。イリスさんには魔力が少ない」
「いえ、ないんです」
「魔力が少ないため、聖なる乙女の審査について考え直す必要があると思ったのですが」
学園長はイリスに魔力がないことを認めたくないらしい。
イリスはイヤーな予感がした。
「続行せざるを得ません」
「いや、なんで?」
思わず突っ込む。
ギロリと学園長に睨まれる。その眼鏡の奥は半泣きだった。
「いや、なんで? こちらが言いたい! なんで、なんで黙ってたんですか。ソージュ様が祝福する娘を学園の一存で審査から外すなんてできるかぁ!」
学園長はキレていた。
「もう、もう、どうしたらいいのか……」
「あの、ソージュ様があれからなにか?」
「何も言わないから怖い!」
あー、確かにそれは怖いかも。
イリスは天井を仰ぐ。
「初めから、そう初めからです、あなたがソージュ様の祝福を受けていると知っていたら、そもそも最初からあなたが聖なる乙女ですよ!」
「え、それは嫌」
「嫌じゃないですよ、もう、ほんと、どうするんですか、これ。おかしいと思ったんですよ。聖なる乙女の審査をドタキャンしたパヴォ殿の下にイリスさんが籍を置いていると知った時から! 魔導宮に入れたいがためにシティス殿と手を組んで魔力がないなんて嘘をついているんだと、そう思っていたんですよ。だから、魔法を発動しなければならない状況にしてみればあなたの実力が見えるかと思ったのに、本当に魔法が使えないとか……。しかも、それでソージュ様の怒りに触れてしまうし。ソージュ様の認めない審査方法でカミーユさんを聖なる乙女と決めたらどんなことになるか」
「いや、それって私のせい?」
「でも、だって、複数の妖精の祝福を受けた娘に魔力がないだなんて誰が信じますか? 石板で測れないって、ゼロじゃない可能性の方が高いと思いませんか?」
「……そんなこといわれても……」
「魔獣討伐はソージュ様はノーカウントだと思っているでしょう。ですからね、審査は続行します。この先の審査の結果であればソージュ様もフーシャ様も文句は言いますまい」
「そんな……私は魔力がないのに時間の無駄では」
「それ以外の方法思いつきますか?」
学園長が恨めし気にイリスを見た。
「あの、ソージュ様には私から辞退したと伝えますよ?」
「辞退なんてできたら、パヴォ殿だってドタキャンしなかった……」
学園長が眼鏡を額にあげ、両手で顔を覆った。どうやらパヴォの時も大変な苦労をしたようだ。
「お願いだから言うこと聞いて……お願いします……」
学園長は机に額をつけてイリスに懇願した。
イリスには拒絶など出来なかった。敢えてソージュとの関係を黙っていた罪悪感を感じないわけではなかったのだ。
それに、確かに妖精の長の怒りは怖かった。魔導宮ストライキを思い出し、ブルリと震える。
「わかりました」
「絶対、絶対、ドタキャンとかやめてくださいよ?」
「はい」
「ちゃんと、ちゃんと、してくださいよ?」
「承知しました」
イリスは深く頭を下げて学園長室を退出した。
こういった理由で聖なる乙女の審査は続行されることとなった。