38 討伐が終わる
「妖精の長が力を貸しても良いのなら、私も力ぐらいわけてやったのに」
ソージュが唐突に現れて、イリスを背後から包み込み声を上げた。
ソージュの声が聞き取れた教師たちがイリスを驚いた顔で見る。
「ソージュ様、しー! しー!」
そもそも妖精は気まぐれなのだ。イリスの都合など考えない。
「私のイリスにこんなけがをさせおって。イリスもイリスだ。学園内だからと妖精の加護を拒むからこんなことになる!」
ソージュが声を荒げた。
「イリスを馬鹿にされて私は気が立っている。そもそも私がイリスと共にあれば」
ニジェルとレゼダを振り払って、イリスは慌ててソージュの口元を押さえる。
「ソージュ様! 止めて! 黙って!!」
イリスの声にソージュが怪訝な顔をする。イリスはつま先立ちをして、ソージュの耳元に唇を寄せた。コソコソとソージュに頼む。
「私、聖なる乙女になりたくないんです」
「それではレゼダと結婚できないではないか」
「いいんです!」
きっぱりと言えば、ソージュは残念な子を見るような顔でイリスを見た。
そうして大仰にため息をついてから、忌々しそうに教師たちにグルリと視線をおくる。
「わかった、イリスに免じて今回は黙ろう。私の力を借りないというのなら、せめて早く治療をうけろ」
そういってソージュはイリスの頭を撫で、額にキスを落とすと姿を消した。
ああ、ソージュ様、自由人過ぎる……。
イリスは、グッタリとその場に崩れた。慌ててレゼダがイリスを支える。ゲームとはだいぶ違う展開だが、悪いことにはなっていないはずだ。
疲れた。ちゃんとカミーユが攻略できてよかった。
「大丈夫ですか、イリス嬢!」
シティスが慌てて駆け寄ってくる。イリスの手は火傷と切り傷だらけだ。
「また無茶をして……」
「でも、カミーユさんが魔法で守ってくださいました」
イリスが答える。
「カミーユさんこそ聖なる乙女ですわ」
イリスの答えにシティスは顔を歪めた。
「私たちは見ていましたよ。あなたがカミーユ嬢を守り続けていたことを。あなた無くしてカミーユ嬢は勝利を収められなかったでしょう。あなたに魔力があったなら、あなたが聖なる乙女のはずなのに……!」
シティスの悔しそうな声に、イリスは首を横に振る。
「いいえ。私は倒すことだけを考えていました。救うなんて思いもしなかったのです。だからやっぱり聖なる乙女はカミーユさんだと思います」
シティスはイリスの両手を取った。もともと痘痕のある腕に、新しい傷が散っていて痛々しい。
「早く治療を! 移動します」
シティスはイリスを抱き上げた。所謂お姫様抱っこである。おもむろに杖を出し、空中に魔法陣を描く。転移魔法が展開された。
魔法、酔うぅぅぅ。
イリスはギュッと目を閉じ、必死に酔うような感覚をやり過ごした。トンと着地する感覚に目を開ける。
「シティス様ぁ? とイリス様? なんで血まみれ?」
パヴォが素っ頓狂な声を上げた。
どうやら魔導宮らしい。
「パヴォ、イリス嬢を治してやってくれ。私は君ほど治癒の魔法が上手くない」
パヴォは、キョトンと目を見開き、そして顔を真っ赤にして嬉しそうに笑った。
「はいー!」
パヴォは裏返った声で返事をして、イリスの手を取った。
イリスの赤くなった手のひらを見て、痛そうに顔を歪める。
「なにがあったんですか?」
「聖なる乙女の魔獣討伐だったんです。血はほとんど魔獣のものです。でも少し火傷を」
聖獣の炎で熱を帯びた剣を握りしめていた手のひらは、伝導熱で焼け、腕は直接切り傷を負っていた。
「魔力がないのに? なんてこと!」
「教師陣は、イリス嬢を追い込むことで魔力の覚醒を期待したようだ。妖精の祝福を受けているのに魔力がないなど信じられないとな」
パヴォの怒りの声にシティスが苦々しく答える。
「ひどい」
「でも、もう一人の候補者が保護してくれましたから」
イリスが、笑って見せればパヴォがギュッと唇を噛んだ。
パヴォはゆっくりと目を閉じる。そしてイリスの傷ついた手の甲に自身の額をつけ祈る。
額のつけられたところから銀色の光がイリスの全身を包む。グワリと自分の中から揺らぐような感覚にイリスが呻く。
「ぎ、ぼ、ぢ、わ、るぅ……」
体中をかき回されるような感覚だ。たまらない。ギュッと目を閉じ、歯を食いしばる。
「少しは楽になりましたか?」
パヴォの声に目を開ければ、イリスの腕の傷はほとんど閉じていた。薄らとひっかき傷のような赤い跡が数カ所残っているだけだ。きっとこれも数日中に消えてしまうだろう。
手のひらはまだじんじんとしている。でも、水膨れになるようなことはなさそうだ。
「! 魔法、すごい! ありがとうございます、パヴォ様!」
「いえいえ、上手くいって良かったです」
エヘ、とフードの奥からパヴォが笑った。
「パヴォは魔力の大きさだけなら聖なる乙女に勝るのです」
「でもぅ、人前に出るのが苦手でー」
パヴォが笑った。
「人気コンテストをドタキャンしたんですよ」
パヴォは体を小さくし、フードの中に顔を引っ込めた。
「イリス様は……、もっと早く脱落してしまえばよかったのに」
パヴォがフードに隠れたままモゴモゴと言った。
言われてイリスはハッとした。
「そうだったー!!」
ショックを受けるイリスである。そうだ適当なところで、ギブアップすればよかった。でも、カミーユが気になってしまったのだ。
「イリス嬢は戦いに不慣れなカミーユ嬢をサポートしていたんです」
シティスの言葉に、パヴォは憐れなものを見るような目でイリスを見た。
「イリス様は生きるのが下手そうですね」
「いや、お前に言われたくはないだろう」
シティスが素早く突っ込んだ。
完全同意である。
「でも、好きです」
唐突なパヴォの言葉にイリスとシティスは面食らう。
「あ、あ、ありがとうございます?」
「だから、もっと触らせて……」
「それは嫌」
即答すれば、シティスが笑いパヴォも笑った。