37 新たな妖精
「へー。凄いね」
木の上から声と共に降ってきたのは、赤い瞳の少年だった。白い髪はツンツンと逆立ち、赤い透明の六枚ばねを持っている。白いローブに赤いストラ、金の刺繍はフクシアだ。
「赤の長フーシャ様……!」
イリスは思わず声をあげ立ち上がる。フーシャは驚いたようにイリスを見た。
「名前、知ってんの? ガキのくせに魔導士じゃないだろ? 王族?」
「いえ……」
イリスはブンブンと頭を振る。
「ま、いいや。そっちの女。それを治すには魔力が足りないぞ」
赤の長フーシャがカミーユに声をかけた。
「だから、俺が力を貸してやろう。名を名乗れ」
「カミーユ・ド・デュポンと申します」
「カミーユ、我、赤の長フーシャの祝福を与える」
そう言ってフーシャはおもむろにカミーユの額に口づけた。
「さあ、カミーユ、手をかざせ。そしてお前の願いを込めろ」
カミーユのかざした手にフーシャが手をのせる。ブワリ、ピンク色の光が広がって赤い魔獣を包み込む。たちまち赤かった炎が青色に煌めいた。
「聖獣だったのか!?」
シティスの声が響いた。同時にワラワラと教師たちが集まってくる。
イリスとカミーユは訳も分からず、キョトンとした。それを見て、フーシャが笑った。
「そういうことだ。よくやった、カミーユ」
フーシャはそういうとヒラリと木々の間に消えてしまった。
カミーユはあっという間に教師陣に囲まれて質問攻めにあっている。カミーユの足元には、青い聖獣の子が纏わりついているのだ。
妖精の長に認められ、聖獣を救ったカミーユは紛れもなく聖なる乙女の資質がある。ものすごい盛り上がりだ。
「勝者はカミーユだ! さあ、結果発表だ!」
判定が下され、イリスはホッとした。
転移魔法が展開され、カミーユとイリスは学園に送られた。
ゲームの仕様上仕方がないが、皆の前で結果発表されるのだ。
生徒の前の壇上に二人で並び立つ。
汚れもなく清らかなカミーユと、血まみれのイリス。この時点で勝者はどちらか明らかだ。
「勝者! カミーユ!! 妖精の長からの祝福を受け、魔獣化した聖獣を救った!」
学園長が声高らかに宣言する。
カミーユは困ったようにチラリとイリスを見た。カミーユはイリスの力あってこその結果だと思っていた。それを自分だけの手柄の様に言われて罪悪感が胸を締め付ける。
「これくらいのハンデを差し上げなくては、面白くないでしょう?」
イリスはカミーユに悠然と微笑んでみせた。これはゲームのセリフの再現だ。意識しないとゲーム上のセリフを再現することはできない。イリスは名台詞はできるだけ再現したかった。
よっしゃ、久々に悪役令嬢できた! イリスたん、本領発揮、ヒューヒュー!
内心で一人盛り上がるイリスである。
周りは非難するような目でイリスを見た。カミーユの聖なる乙女としての資質を見せつけられ、カミーユ寄りになっているのだ。
イリスは、気にも留めず壇上から降りる。悪役令嬢なのだ。嫌われるのは本望である。
「イリス様! 助けてくれてありがとうございました! イリス様がいなかったら私……」
カミーユがペコリと頭を下げた。
「お止めなさい。同情はいらなくてよ」
イリスは振り返らない。
カミーユはあっという間に人の輪に囲まれてしまった。
「イリス!」
壇上から降りたイリスに、ニジェルが駆け寄ってきて抱きつく。
あれ? ゲームでは一緒に練習した攻略対象者がヒロインを褒める流れでしょ? ニジェル、間違ってるよ。カミーユに行きなよ。
「汚れるわよ、ニジェル。それに勝ったのはカミーユさんよ」
イリスはそっとニジェルを押し返した。
制服は返り血と煤で汚れ切っていた。
「平気だよ」
ギュウギュウとイリスを抱きしめる。
「助けられなくてごめん」
「私と彼女の勝負だもの、当然でしょ?」
シスコンにも度が過ぎている。イリスは安心させるように、手袋をはめたままの拳でサワサワとニジェルの緑のくせ毛を軽く撫でる。手のひらは低温火傷をしていて触れると痛いのだ。
ふわり、ニジェルの頭に添えた手を取られる。驚いてイリスは振り向いた。
レゼダだ。
泣き出しそうに桜色の瞳を潤ませ、何も言わずにイリスの汚れた手袋に頬を寄せる。イリスの手は固く結ばれたままだ。
「イリス、手を開いて」
レゼダが静かに命じた。
イリスは、息を飲む。掌に握り隠した火傷をレゼダは気が付いたのだ。
でも、ここで騒ぎたくない。だって、カミーユが気にするもの。
イリスが無言で頭を振れば、レゼダは強引にイリスの手を開かせて手袋をはいだ。
「っ!」
手袋がすれていたい。思わず顔をしかめる。
「イリス」
レゼダの声が低い。怒っているのだ。
ニジェルがその声に顔を上げ、驚いたようにイリスを見た。ニジェルが口を開こうとしたのを、イリスは必死に止める。
「お願い、まって? カミーユさんの勝利に水を差すのは嫌なの。私、大丈夫よ」
二人は唇を堅く噛んだ。
そしてレゼダはイリスの無事を確認するように、頬で腕をなぞる。
「あの、殿下?」
イリスの声にレゼダはイリスを見つめ返した。
無言で、でも、何か言いあぐねているような、そんな顔だ。
イリスは胸が痛くなる。理由はわからない。
でも、きっと。
「レゼダ様」
名前を呼ぶ。
レゼダはクシャリと笑って頷いて、イリスの腕に目を押し付けた。
レゼダの熱がイリスに伝わる。
熱い。涙?
「レゼダ様、大丈夫です。もう平気です」
イリスが慰めるように言えば、レゼダは無言でうなずいた。でも、手を離さない。
イリスは困ってしまった。