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36 魔獣討伐 2


 魔獣から飛び散る赤い鮮血が、彼女の緑の巻き髪を濡らす。

 彼女は髪をかき上げて、汚れちゃったじゃない、そう呟き振り返った。


「大丈夫?」


 緑の瞳がカミーユの顔を覗き込んでくる。


「……イリス……さま」


 呆然とするカミーユにイリスが手を差し伸べた。


「ほら、立ちなさい。次が来るわよ」


 手を取ったカミーユをグイと立ち上がらせる。


 どうしてこの人は助けてくれるのだろう。私たちは同じ聖なる乙女を目指すライバルで、ここでは敵同士なのだ。

 それなのに、学園にいるときもいつだって手を差し伸べてくれる。


 そう、だからイリス様こそ聖なる乙女に相応しい。


「カミーユさん、あなたは目的の魔獣を倒しなさい。私が援護するわ」

「どうして……」

「私、魔力ないんだもの。物理攻撃だけでは中型魔獣は倒せないと習ったでしょ?」


 イリスは屈託なく笑った。


 カミーユは全身に鳥肌が立つようだった。魔力がないと知りながら、この人はここにいる。そうして、私まで助けてくれる。


「ほら、行くわよ。早く終えて着替えたいのよ」


 イリスはそう言ってカミーユの手を引っ張った。

 カミーユはイリスの手に触れて泣きたくなる。破れた手袋、にじむ血の跡。魔力の気配もない。


 本当にイリス様は保護魔法を使っていない……。ちがう、使えないのね。


 カミーユのシールドは厚い。幸いに強い魔力を持っている。そして、日々の努力でコントロールもうまくなっていた。


 私なら守れる!


 ドンとはじけるような音がして、カミーユを中心に乳白色の光が広がった。小型魔獣がそれに触れ、霧散していく。


「え?」

「すごいじゃない、カミーユさん!」


 イリスが両手のひらを掲げて見せる。カミーユは一瞬キョトンとして、そしてパチンと手を合わせた。

 下町ではいたずらが成功したときなど、こうやって手を合わせたものだ。なぜそれをイリスが知っているのかカミーユにはわからなかったけれど、それでも喜びを分かち合えることがうれしい。


「さぁ、行くわよ!」


 カミーユの手を引くイリスに、カミーユは保護魔法をかけた。乳白色の光が薄いベールのようにイリスを包みこむ。


「カミーユさん?」

「私にイリス様を守らせてください」


 カミーユが真っすぐとイリスをみれば、イリスはにこやかに笑った。


「お願いしますわ」


 二人は手をつないだまま目的のクスノキまで走った。


 クスノキの下には赤い炎のような毛を巻き上げた獅子のような魔獣がいた。グルグルと喉の奥を鳴らしながら牙を剥く。

 恐ろしさのあまりたじろいたカミーユの前にイリスが立って剣を構える。

 イリスの体はカミーユの魔法で乳白色にキラキラと輝いていた。


 イリスは怯まない。ゲームの中で何度か倒した魔獣だ。弱点も知っている。今のカミーユのレベルは知らないが、ニジェルが指導したのだ。二人であれば倒せるだろう。


 突如襲い掛かってくる魔獣にイリスが切りかかる。イリスの剣と踊るような魔獣。イリスの剣が魔獣の毛を切れば、カミーユがイリスに付与した保護魔法の白い光が輝いてチリチリと爆ぜる。

 魔獣の動きとイリスの動きがリンクする。二人とも正面に向き合ったまま戦っている。


 きれい。


 緊張感のある場面に、不釣り合いな思いを抱いてカミーユは見惚れた。


 でも、何か変。イリス様、戦いにくそう……。ああ、私を背に守っているからね。でも、魔獣はどうして?


 カミーユはハタと気が付いた。魔獣もクスノキのウロを背にしてそこから離れることはない。


 何かを守ってる?


 ふらり、カミーユはクスノキのウロを目指した。


「カミーユさん?」


 魔獣が狙いをカミーユに定める。イリスは慌ててカミーユと魔獣の間に入る。イリスを切り裂こうとする魔獣の太い腕を剣で切れば、赤い炎が吹き上がる。


「カミーユさん! 何しているの!? 早く攻撃魔法を!」

「イリス様! 違うんです! 多分、木のウロになにかっ!」


 カミーユはそういうと、木のウロに体を突っ込む。

 魔獣はそれに怒り狂い、カミーユに襲い掛かる。イリスは必死にそれを抑え込む。魔獣の炎は、ジリジリと熱を持っている。イリスの剣を伝わって手袋越しの熱が手のひらをじわじわと焼いていく。


 イリスには意味が解らなかった。こんな展開ゲームではない。ゲームではこの赤い獣をカミーユが魔法によって討伐しそれでおしまいだったのだ。


「っあついっ」


 呻きながらカミーユがウロから引きずり出したのは、青い炎を纏った魔獣の子だった。左足だけ赤い炎を吹き上げている。


「もともとは青い魔獣なの?」


 カミーユの言葉に、イリスが閃く。


「カミーユさん、治癒の魔法を使える? その子の赤い炎、もしかして怪我なんじゃない? 炎の温度は低い部分が赤いと聞いたわ」

「やってみます!」


 カミーユは魔獣の子の赤い炎に手をかざす。乳白色の光がチラチラと炎に混ざりあう。幼い頃母に教わったように「早く良くなりますように」と念じる。

 ブワリと炎が巻き上がり、カミーユの手を舐めた。白い防御シールドがジリと音をたて焼ける。熱い。それでもカミーユは手を引かない。


 イリスは大きな赤い魔獣にジリジリと押されていく。ついに背中にカミーユがぶつかる。


 だめ! このままじゃ、勝てないっ!


 ゲームなら、負けが確定した時点で聖なる乙女になるのが難しいとわかるから、リセットしてやり直していた。聖なる乙女になれないカミーユは、誰とも結ばれない。貴族としても認められない。結果、男爵家を追い出されるのだ。


 だから、リセットしてたけど。


 イリスはそう思ってハッとする。


 ヒロインが勝つまで討伐が繰り返されるなんて、現実にはありえないんじゃないの?


 ヒュッと息を飲む。イリスは今気が付いた。ゲーム気分だったのだ。一つのクエストを攻略する、ただそれだけだと思っていた。ゲームではこの時点で誰も死なない。負けたとしても怪我もなかった。


 でも、それはゲームだったから?


 ぐらつく心を見透かすように、ゴォと魔獣が吠えた。イリスは目を瞑る。チリリと髪の焼ける匂い。


 だめだ。負けちゃう。どうしよう。カミーユを守りきれない!


「大丈夫!」


 カミーユがきっぱり言った。魔獣の子に向けた言葉だ。


「大丈夫! 大丈夫よ! 私が守ってあげる! 治してあげるわ!」


 カミーユの声に動揺したのはイリスだけではなかった。魔獣の気がそがれる。イリスはその隙をついて魔獣を押し返す。


 カミーユは小さな魔獣を抱き上げて振り向いた。そしてその子を大きな魔獣に掲げる。左足の赤い炎が青い炎に変わっていた。


「怪我、してたのよね? 怪我したこの子を守ってたんでしょ? ママ? それともパパ? 頑張ったのよね?」


 ウルルと子供の魔獣が鳴いて、カミーユがその子を地面に下ろす。するとその子は大きな魔獣にすり寄って、もう一度ウルルと鳴いた。

 大きな魔獣の炎が小さくなる。押し返す力が弱まっていく。それでも威嚇するようにグルグルと鳴く。


「あなたも怪我をしているのでしょう? 本当は青い魔獣なのでしょ? 許してくれるならあなたも治していいかしら?」


 カミーユの言葉に魔獣は鳴くのをやめた。シュウシュウと音を静かにお座りをする。

 

 イリスはへたりとその場に座り込んだ。






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