35 魔獣討伐 1
聖なる乙女の審査が始まった。
聖なる乙女になるためには、いくつかの審査を受けなくてはいけない。
まずは、この国の歴史と聖なる乙女に関する学力テスト。
そして、魔法の実技を兼ねた魔獣討伐。
民衆からの人気コンテストがあり、最終審査は、現在の聖なる乙女との面接だ。
この試練を乗り越えるために、攻略対象者の協力を仰ぐのだ。
学力テストでは王子レゼダ、魔獣討伐の魔法は魔導士シティス、武術は騎士ニジェルだ。
ここでの攻略対象者への接し方によってストーリーが変わっていく。魔獣討伐までに高めた好感度によって、人気コンテストの協力者が決まり、その協力者とはコンテスト準備からイチャラブがはじまる。
ゲームの場合、ヒロインの目線でストーリーが進むので、イリスの成績はヒロインに負けたということぐらいしかわからない。ヒロインは課題をクリアしなければ先のストーリーが不利になるので、通常プレイヤーは勝つまで頑張り絶対勝つ。逆に言えばイリスは絶対に負ける。
バッドエンドでも、メリーバッドエンドでも、カミーユが聖なる乙女と決定したことにより、恋が大きく進み、イリスが邪魔ものにされるのだ。
居場所を求めて頑張って、それでも評価はされなくて。イリスたん、きつかっただろうな……。
貴族社会で生きていくには聖なる乙女になるしかないと、ゲームのイリスは追い詰められていただろう。それなのに努力は報われなかった。結果、聖なる乙女になれなかった痘痕持ちの神に見放された少女は、自分の未来を悲観して不幸の波にのまれてしまったのだろう。
その辺、私は気が楽よ。傷物令嬢だってみんな知ってるし、お父様も殿下も私に魔力がないことは知ってるし。ぶっちゃけこんなの出来レースだ。
ゲームでは学力テスト前にミニゲームやクエストがある。先生や司書、生徒の頼みごとを解決したりすることで、普通の学生なら知らない知識を得られる。
今回はミニゲームやクエストで得た知識は使わない! 縛りプレイなんてゲームではよくある楽しみ方だし。
イリスは自分に縛りを課した。どうやらレゼダがカミーユに手を貸していないと知ったからだ。知っているのにわざと答えないのは少し心苦しくあったが、レゼダがカミーユにヒントを与えない以上、イリスがその知識を使うことも躊躇われた。
学力テストの結果は、カミーユが九十点、イリスが七十点だった。
イリスは結果に満足した。
魔獣討伐については、イリスはニジェルに頼んで、武術の経験値の低いカミーユに特訓をしてもらった。どうやら彼女が生きているシティスもカミーユのサポートにまわらないようなのだ。
さすがにイリスは不安を感じニジェルに頼み込んだ。こんなことを頼めるのニジェルだけだ。
ニジェルは聖なる乙女になりたくないと言い張るイリスのために、快く引き受けてくれた。おかげで、カミーユのレベルも確実に上がっている。ついでに、好感度も上がっている。町では必要とされなかったであろう武術をひたむきに頑張るカミーユに、ニジェルは感心しているのだ。
イリスはそれを良い傾向だと思う。ニジェルは今のところ緊縛願望は薄い。イリスも二人の恋を反対する理由はないし、ニジェルを選んでくれればメリバを迎える可能性は低そうだ。
ニジェルの特訓、ゲームではラブラブでキュンキュンだったのよね。カミーユを抱き込んで剣の持ち方を指導しちゃったりして。ゲーム通りにイチャイチャしてるのかな? ラッキースケベもあったし! ちょっと覗き見してみたい。
ニジェル頑張れ! おねーちゃん応援してるからね!
迎えた討伐当日。二人は制服のスカートを運動用の太ももにふくらみのある乗馬ズボンに穿き替え、腰にバスタードソードを佩いていた。なぜか乗馬ズボンは白だ。そこに黒いブーツである。
黒い森の洞窟よりさらに奥。すでに枯れてしまった大きなクスノキのウロに、目的の中型魔獣がいるのだという。
討伐自体は二人とも初めてではない。実習で何度か黒い森には入ったことがあった。
魔力を持たないイリスはひたすらに腕力で潜り抜けてきた実習である。妖精たちは手を貸したがったが、イリスはすべて断ってきた。
今日はいつもよりさらに奥へ進むのだという。
不測の事態に備えて、教師やシティスなどの魔導士も森の中に配備されている。
「これから、聖なる乙女の実技審査を始める」
学園長の声とともに、戦いの火ぶたが切られた。
カミーユに勝ってほしいと思ってはいるが、魔獣のいる森である。魔力を持たないイリスは手を抜く余裕などない。
魔力の少ないニジェルですら保護魔法や、部分強化の呪文が使えるようになっていたが、魔力がゼロのイリスにはそれすらも無理なのだ。ひたすら物理攻撃である。
バッタバッタと小物の魔獣を二人は倒していく。二人で競い合って森の中を進む。
カミーユは真剣な目で先を目指していた。カミーユは聖なる乙女になりたいのだ。
カミーユは今までずっと自分がナニモノなのか分からなかった。見たことのない父、母も幼いころになくなった。叔父夫婦は優しいが、それでも自分はこの人たちの家族ではないと思っていた。自分の搾った椿油には特別な力があるのだという。周りの人々は褒めてくれたが、カミーユは不思議だった。ただ母に教えられたままに、『早く良くなりますように』そう願って搾っていただけだ。自分にどうしてそんなことができるのかわからずに、怖かったのだ。
そうしてある日、聖なる乙女候補と言われた。平民からは初めてなのだという。そして男爵家に引き取られ、高貴な血が流れているのだと言われてしまった。
帰れなくなってしまった叔父の家。「やっぱりあの子は私たちとはちがったの」とささやく町の人の声。
学園に入れば入ったで「あの子は私たちと違う」と冷たい目で見られるのだ。どちらでも弾かれてしまう。どこにも居場所がない。
私はいったい何が違うの? どこへ行けば受けいれられるの? 聖なる乙女になったなら、私はここにいられるの? なれなかったらどこへ行けばいいの?
魔法は好きだ。学ぶのも楽しい。だけど、戦うのは怖い。人を傷つけたくはない。
腰の剣が重い。
そもそも、イリス様の方が聖なる乙女に相応しいもの。みんながそういう。私もそう思う。私が聖なる乙女を諦めれば良いだけじゃないの? でも、聖なる乙女になれなかった私は捨てられてしまうのではないの?
急に目の前に飛び出してきた魔獣に、カミーユは硬直した。いくらニジェルに教わったとはいえ接近戦は怖い。カミーユは、主に魔法で戦っていた。魔法で麻痺させる分には血を見なくて済む。でも、今は間に合わない。
「っ!」
雄たけびとともに迫りくる魔獣の爪。
カミーユはとっさに頭をかばうことしかできなかった。
ドンと衝撃とともにカミーユは突き飛ばされた。
強い力で突き倒され、背中から地面にたたきつけられ息もできない。
やだよ。もうたくさん! 死ねば楽になれるのかな。
泣きそうになるカミーユの前に、一人の少女が立っていた。
颯爽と魔獣の前に翻る巻き髪。魔獣の雄たけびで髪が揺れる。それでも、彼女はひるまない。銀の剣をすらりと構え、言葉もなく、淡々と、まるでそうすることが当然かのように。
魔獣を切った。