32 適性診断結果
「まって! イリス様ぁ! 話を聞いてぇ! シティス様から、ソージュ様の魔法の施されたワクチンを見たとき感動したんです。こんなに綺麗に妖精の羽根の色が残った魔法はないと。どうしてなのかずっと不思議で、それが今日わかったんです!」
パヴォが一気にまくし立てた。
必死な声にイリスは思わず立ち止まった。
「妖精の羽根の色?」
「ええ、妖精の羽根の色です」
イリスは意味がわからずに、シティスの顔を見た。
「妖精は自分の祝福した人間に魔力を分け与えることがありますね。イリス嬢もそうやってワクチンを作ったのだとお聞きしました」
「はい」
「しかし、そうした魔法には、妖精の魔力と祝福された人間の魔力が混じるのです。純粋な妖精の魔力だけが残されることはない」
シティスの説明にパヴォがウンウンと頭を振った。
「例えば、ソージュ様の魔力は羽根と同じ透き通った紫に金の光が混ざっています。例えばですが、シティス様を通して魔力を使うと微量ですがシティス様の魔力が混ざって、出来上がった魔法には青みがかかるんです。だから妖精の魔力は羽根と同じ色と言われていますが、それを見ることができるのは魔力を受けた人だけなんです。出来上がった魔法は色が変わってしまう」
パヴォが続けて説明する。
「それに魔力には人の癖がついていて、魔法になる時、色がついたり歪みます。一度ついたゆがみや色は切り離すのは難しいんです。でも、ワクチンの魔法にはこの癖が見えなかった。不純物のない純粋な魔法だからこそ、解析しやすく魔法陣化しやすかったと言えます。どうしてこんなことが起きたのかずっと不思議で……でも、今日やっとわかりました」
パヴォは一旦言葉を区切って、イリスを見つめた。
フードの中からイリスを覗き込む目は、子供のようにキラキラと輝いている。
「イリス様に魔力がないからだったんですね。そんな人初めて見ました!」
イリスはあっけにとられる。
その隙にパヴォが駆け寄ってきてイリスの手を取った。
「本当に実在している! 凄いわ! すごいことです! しかも、そんな人間が妖精の長と話ができるなんて奇跡だわ! 魔力がなければ妖精が見えないという通説が覆される!」
パヴォは大興奮である。
「……え、っと?」
「それに、イリス様を介してつくられた魔法は解析しやすい。今まで解析化が難しかった妖精の魔法も、イリス様にお願いすれば体系化できるということです!!」
興奮気味に話すパヴォをみてシティスはこめかみをグリグリと押さえていた。
私を魔法の出力マシーンにしたいってことね。
イリスは苦笑する。イリスはどうやら歪みの少ないレンズのようなものなのだ。妖精の魔力は、人の願いで魔法化する。その魔法がイリスを通して作られたとき、歪みなく出来あがるということだ。
「あの、パヴォ様? ソージュ様がそんなに簡単に手を貸してくださると思います?」
イリスは思わず突っ込んだ。
パヴォはキョトンとする。
「私には魔力がないんです。私一人では魔法は作れませんし、ソージュ様がむやみに魔力をわけてくれるとは思えません」
イリスの答えにパヴォは膝をついた。
「……た、たしかに……。せっかく魔術の研究が進むと思ったのに。古の魔法を再現してもらおうと思ったのに……」
ブツブツと独り言を言うパヴォをしり目に、シティスはイリスの背を押し、部屋の外へ出た。ドアを閉めて大きく息を吐く。
「シティス様? パヴォ様が壊れておしまいになりましたが」
「アレはあのまま放っておけばいいのですよ」
シティスが苦笑いをした。
誰に対しても同じ距離感のシティスにしては言葉が荒く、思わず怪訝に思う。
シティスはイリスの顔を見て気まずそうに小さく笑った。
「イリス様だけに言っておきましょう。アレは私の婚約者です」
「っへぁ?」
「私が作ったワクチンを我先に吸った変態です」
疲れたように言うシティスを見て、イリスは少しおかしかった。
「素敵な方ですね。シティス様を心から信頼されているから、ワクチンを吸えたのでしょう?」
イリスが言えば、シティスは面食らったように瞬きをした。そして、深く頷いた。
「ありがとうございます。社交界嫌いがたたって、なかなか理解されませんが、私には大切な女です」
さらりと出た惚気にイリスの方が赤くなる。
でも、これですべてがつながった。ゲームのイリスが聖なる乙女の候補者から降りなかった理由。イリスが祈りの塔で生命力を差し出さなければならなかった理由。
聖なる乙女の補佐官であるパヴォが死んでしまったがために、聖なる乙女の力が極端に衰えていたのではないか。しかも壊れた石板を修復できず、イリスに対して正しい評価がされなかったのだ。
そして、カミーユが死んだあと、魔力を持たない聖なる乙女候補イリスが残り、きっと王宮は慌てたことだろう。
魔力がなくては、祈りの塔で魔力を捧げることもできない。だからイリスは魔力の代わりに生命力を奪われることになったのだ。
こわあぁ。怖すぎる……。でも今の時点でわかれば、全部回避ね! これでやっと聖なる乙女から脱落できる!
イリスは小さくガッツポーズをした。
そして、後日、学園長室にシュバリィー侯爵とイリスは呼び出された。
イリスの適性があらためて告げられたのである。
これで、正々堂々と聖なる乙女レースの落伍者となる、とイリスは期待に満ち溢れ学園長の言葉を待った。
しかし、もたらされた言葉は期待外れのものだった。
「魔力がないとは前例がありません。ことさら公表することでもないでしょう」
学園長の言葉にシュバリィー侯爵は満足げに頷いた。
「でも、聖なる乙女の候補からは外れますよね? 魔力がないのですもの」
イリスの問いに学園長は頭を振った。
「適性診断は現状を知るだけです。未来もこのままとは言えません。努力次第で可能性はありますよ。ご安心ください」
正しい教育者風に学園長は言った。
いやいや、0には何をかけても0よ! しかもやる気もないからね? 容姿だって体格だって生まれつきの差があるのに、なんで見えない能力は努力がすべてだと思えるわけ? ないものを目指すよりあるものを伸ばそうよ!
「イリス、先のことだ、お前ならできる。平民にお前が負けるわけなかろう?」
シュバリィー侯爵まで追随した。
イリスのことは嫌いでも、カミーユが聖なる乙女になるのは許せない、だからイリスを応援する。イリスが聖なる乙女になるべきだ。そういう空気が貴族の中にあるのだ。
ゲームのイリスたんは辛かっただろうな……。貴族には「聖なる乙女になるべき」と思われているのに魔法が使えないなんて。まさか自分が魔力ゼロとは知らなかっただろうし、きっと頑張って、頑張って、それで病んじゃったんだろうなぁ……。
イリスはゲームのイリスを思って胸を痛める。だからといって、人をイジメたり刺したりして良いわけではないが、逃げ出すことができたなら少しは違う未来もあったのではないかと思う。
だから私は颯爽と逃げるのよ! 貴族のしがらみなんて知らないわ!
イリスは決意して、まずはレゼダにそのことを伝えなければと思った。