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30 かわいいひと 2


 次はカミーユの番だとイリスが促す。カミーユが恐る恐るふたを開ければスルリと文書が箱から出た。カミーユが文書に魔法をかければ、瞬く間にクタリとただの紙になる。それをカミーユは難なく丸める。

 賞賛するイリスと照れたように笑うカミーユ。

 カミーユは組紐が難しいようで、苦労しているところをイリスが手を取り教えてやっている。

 ようやくカミーユが封印できたところで、二人は笑いあった。

 その瞬間、イリスの文書が跳ねだして、イリスは慌ててそれをとり、もう一度スパパパパパーンと文書でテーブルを叩いた。

 ヒクヒクとする文書が気の毒だ。そもそも、魔法を物理攻撃で抑えようとするのは無理なのだ。時間がたてば、またあの文書は暴れだすだろう。


「あ、ほら、また文書が動きだしたよ」


 レゼダが楽しそうな顔で笑った。イリスの手元で文書がモゾモゾと動き出す。ヌルリとイリスの手からすり抜けて、地面に落ちて逃げだした。


 なんて顔で笑うんですか、ニジェルは思う。


 カミーユが慌ててイリスの文書に魔法をかけて、文書はぴたりと動きを止めた。

 イリスがカミーユに喜びの笑みを向ける。


 レゼダはそれを見て眩しそうに目を細めた。


「……ニジェル。君は聞いたかい?」

「?」

「イリスがカミーユ嬢を秘かに呼び出して、勉強の名のもとにイジメているそうだ」


 レゼダの言葉にニジェルは呆れたように肩をすくめた。


「ええ。ボクにもそう言ってきた者がおります。彼女たちはこれを見たことがないんでしょうか?」

「さぁね」


 レゼダは興味なさそうに答える。


「でも、そんな噂は良くないから、君からイリスを促してよ。カミーユ嬢と会うときは僕と一緒に談話室を使うようにと」


 レゼダの言葉にニジェルは呆れる。カミーユとの件は大義名分だ。ただ、レゼダはイリスの笑顔を他の人に見られたくないだけなのだ。


「殿下からご注意ください」

「僕が嫌われるのは困る」

「イリスは王家に認められません」


 ニジェルが小さく答えれば、レゼダは口をつぐんでニジェルを見た。

 ニジェルは気まずく思いながらも、レゼダに向き直る。


 イリスのことは大切だと思う。そして同時に殿下も自分の大切な友人だ。だから、言わなければならないこともある。諦めなければならないとわかっている恋を応援できるわけはない。


「イリスには土痘の跡があります」

 

 そのせいなのか、早くに婚約が決まる名家のイリスでもいまだに婚約の話は出ない。


「土痘なんて今はさほど問題じゃないだろう?」

「それに、見たでしょう? イリスの魔力は少なすぎます。課題ひとつまともにこなせない」

「ニジェルはどうだった?」

「ボクは一応魔法をかけました」


 ニジェルがレゼダに課題の文書を見せた。ただの紙の筒に、つやのあるエメラルドグリーンの紐に紫と金の綾が入ったもので、イリスに似たアイリスを模した組紐が結ばれている。双子らしく対になっているのだ。


「うん、効いてるね。イリスはニジェルより魔法が苦手なんだね」

「聖なる乙女にはなれないでしょう」


 今イリスと戯れるカミーユの魔力はとても大きい。それでもまだ伸びるだろう、そう思わせる伸びしろがある。能力値の評価5は、そこが限界ではないのだ。3が標準、5は優秀という意味で、それ以上は数値化しないだけだ。

 

 イリスが王家に嫁ぐには、父の言う通り聖なる乙女にでもならなければ無理だ。


 殿下は、聖なる乙女になれなかったイリスを守る覚悟があるのか。ないならこれ以上イリスに手を伸ばさないで欲しい。期待だけ与えて裏切られるのではイリスが傷つく。可哀そうだ。


 そうニジェルは思うのだ。


「……魔力が少ないことは悪いことばかりじゃないよ」


 レゼダの声にニジェルは虚を突かれた。


「おかげで魔法の影響を受けにくい。それはイリスの長所でしょ?」


 レゼダの言葉に、ニジェルは目を瞬かせた。レゼダのこういうところは美点だと思う。


「魅力増加の魔法、イリスには効かなかったよ」


 内緒話を打ち明けるようにレゼダが笑った。


「は? はぁ? 殿下は学園内で魅力の魔法を使ったんですか! 社交の場でもないのに」

「効果なかったけどね」

「止めてください!」

「別に禁止されてない。好きな人の前では少しでも格好良く見えるように、みんな自分にかけてるでしょ?」

「そんな、モテない男子のようなことを言わないでください……」


 うそぶくレゼダにガックリと肩を落とす。


「さて、イリスのところへ行こうかな。あのままカミーユ嬢の魔法のかかった文書を提出したら教師から何を言われるかわからない」


 レゼダはそういうと、おもむろに杖を出し、自分に向けて魔法をかける。


「殿下!」


 効果がないとわかっていても、格好つけたいのは仕方がないのだ。


 二割増しに魅力を増したレゼダは、颯爽と廊下を歩きだした。


 

 レゼダはイリスの元に赴いて、初めに文書の入っていた小箱を開けた。これには文書を閉じ込める魔法陣が施されているのだ。


「イリス、そのまま提出すると不正だよ」


 レゼダの言葉に、イリスとカミーユは困ったように顔を見合わせる。


「カミーユ嬢、魔法を解いて。イリス、この箱に文書を入れて提出したほうがいいよ」

「そうね! そうすれば文書がビチビチしないわね! 殿下のアドバイスはいつも的確で助かります」


 イリスが満面の笑みでレゼダに礼を言った。


 殿下じゃないんだけど……いまは水を差したくないな。


 レゼダはそう思いながら、イリスが文書を入れた小箱を手に取った。


「そして、こうしておくよ」


 レゼダは小箱を封印用の紐で結んだ。レゼダの結びは桜の花を模したものだ。これを見れば教師も理解するだろう。

 きちんと課題に取り組んだうえでイリスは魔法を使えなかった。そうレゼダが判断したのだと。


「ありがとうございます! これで怒られなくて済みそうね」


 イリスが嬉しそうに笑って、レゼダはちょっと照れ臭かった。



 

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