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25 ゲームスタートの日 2


 カミーユは続ける。


「でも絶対、お姉さまです。その透き通るような緑の巻き髪。清らかで凛とした瞳。時折、お店に顔を出してくれるのだと叔父も言っていました。物腰からきっと高貴な方だろうと……」

「人違いでは?」


 イリスはそっぽを向く。聖なる乙女でなくてもバレバレだったらしい。恥ずかしい。


「土痘の痘痕に椿油が効く、と緑の巻き髪の聖なる乙女が教えてくれたと、たくさんの方が買いに来ました。そうやって助けてくださいましたよね?」

「それは『カミーユのオイル』に効用があっただけでしょう? 私には関係ないわ」


 目を合わせたら負け、とばかりにフンとイリスは顔をそむけた。顔を背けていてもヒロインのキラキラエフェクトは悪役令嬢を攻撃するのだ。眩しい。


 カミーユは悲しそうな顔をして、ハンカチを取り出した。あの教会でカミーユの涙を拭いたハンカチだ。そのままカミーユに渡したのを忘れていた。


「私のようなものに声をかけられてはご迷惑でしたか? でも、このハンカチをお返ししたいと、この学園に来れば、いつかお会いできるとそう思って分不相応だと分かっていましたが入学してきたんです……」


 ニジェルがハンカチを覗き込んだ。真っ白なハンカチにアイリスの刺繍。縁どるアイリスのレースは淡い紫色をしている。


「イリスのものだね」


 ニジェルがイリスを見た。イリスは認めるしかなくなった。渋々と頷く。


「お姉様は、イリス様と仰るの?」


 カミーユの問いに、イリスは気おされて頷いた。マナーもへったくれもないのである。空気も読まなければ、話も聞かない。前向き強引ヒロインである。


「やっと、やっと、お名前を知ることができました」

 

 カミーユは感激でいっぱいというような表情で、イリスを見つめた。その様子に、ニジェルは少し不機嫌になる。


「君、失礼だよ」


 どう考えても腕を捻りあげたイリスの方が先に失礼なことをしたのだが、ニジェルは無視のようだ。


「あ、ごめんなさい。私、まだマナーが……」


 カミーユはイリスを離し、素直に頭を下げる。イリスはなんとか自分を立て直した。


「私は、イリス・ド・シュバリィーです。こちらは弟のニジェルよ。先ほどは驚いてしまって……失礼なことをしました」


 改めて名を名乗れば、カミーユはたどたどしく礼の姿勢を取る。


「私は先日、カミーユ・ド・デュポンになりました」


 イリスはため息を吐き出した。ここで、そんなことを言わなくてもいいのに、そう思ったのだ。噂話で彼女は養女だと言われていたが、そんなことは本人が言わなければ、表立って話題にはできないのだ。せいぜい陰口で終わる。しかし、本人が認めてしまえば、攻撃の手段になりかねない。


「カミーユ様、あまりそのようなことを口にしない方がよろしいわ」

「でも、お姉さまは知っているから」

「あのね、それでは私が身分を隠してあなたの店に行ってた意味がなくなるでしょ? 黙っていればわからないんだから、黙っていなさいよ」


 イリスは思わず小言を言ってしまう。


「だって、お姉さまは知っているのに変だわ。それに様だなんて、私……」


 カミーユは水色の瞳をウルっと潤ませ、イリスを見つめる。一度しか会っていないのだ。はっきり言って他人だ。しかし、イリスは乙女の魅了にたじたじになった。

 

「イリスはカミーユ嬢ととても仲が良さそうだね?」


 レゼダがカミーユを値踏みするように見た。


「カミーユ嬢、あなたは言動に注意が必要ですよ」


 シティスがカミーユを窘める。


 カミーユは三人の男性にきついまなざしを向けられ委縮したように縮こまった。

 まるで悪役令嬢とその取り巻きに囲まれるヒロインのようだ。

 

 なんだこれ、である。


「皆さん、おやめになって。先に失礼なことをしたのは私の方です。それに、まだカミーユ様は慣れていないのですわ」

 

 イリスは三人の間に入った。悪役令嬢が一体何をしているのだろう。


「お姉様……」

「名前も分かったことだし、お姉さまはもう止めてちょうだい」

「イリス様?」


 カミーユの声にイリスは頷く。


「でも、私のことはカミーユと」

「カミーユ様」

「カミーユと呼んでください」


 ウルっとした瞳を向けられて、イリスはたじろぐ。レゼダと同等の強引さだ。


「分かりました。カミーユさん。ハンカチは返さなくていいわ。それに、あなたは入学準備があるでしょう? 早く受付へ行きなさい」

「はい! ありがとうございます!」


 カミーユはイリスにペコリとお辞儀をして、歩き出した。そして数歩行くと立ち止まりキョロキョロとして振り返る。


 ああそうだ、カミーユは方向音痴&ドジっ子なんだったー!


「受け付けはアチラよ!」


 イリスが指をさしてやると、カミーユは満面の笑みで手を振った。近くを歩いていた、茶色のお団子頭の女の子が、カミーユに声をかけてくれる。

 それを見て、イリスは安心し、ちょっとの間をおき、驚愕した。


 あのひっつめお団子。あの丸眼鏡。そして、そばかす!! サポートキャラのメガーヌだわ! あの子、この学園の生徒だったの!?


 ここへきて驚愕の事実である。イリスはあっけにとられつつ、サポートキャラがいるなら安心だと胸をなでおろした。



「さてイリス、話を聞かせてもらおうか?」


 レゼダが暗黒に微笑んだ。

 イリスは恐ろしさで背中に汗が伝うのが分かった。しかし、少なくとも人目のつくところで話せるものではない。


「ええ、当然お話いたしますわ。殿下。でもここでは人目がありますので」

「殿下ではない」

「ここは学園内です。殿下」

「殿下ではない」

「……レゼダ様」


 レゼダはカミーユにはりあって、名前呼びを強要する。結局イリスが折れた。


「私が場所を用意いたしましょう。入学式を終えてから、放課後談話室においでください」


 シティスが当然の様に言った。

 イリスは恨みがましい目で、シティスを見れば、シティスはわかっていてあえて笑顔を返してくる。


 面倒なことになったわ……。 


 イリスがため息をつけば、ニジェルがニッコリと笑ってイリスの腕を取った。


「さあ、行こうかイリス?」


 そして、入学式がはじまる。



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