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24 ゲームスタートの日 1


 本日はクリザンテム学園の入学式である。そしてゲームが本格的にスタートする日でもある。あれから、ヒロインのカミーユは、父親は明かされぬまま、男爵家の養女となったのだ。シナリオ通りの展開で、クリザンテム学園へ入学してくることになった。


 クリザンテム学園は、フロレゾン王国の強力な魔力を守るためという大義名分で作られた学園だ。魔力を持つ者は貴族が多く、おのずから貴族が集まってくる。平民はこの学園に入学することはない。

 生徒一人一人に個室が与えられ、家では使用人任せになっているお坊ちゃんお嬢ちゃんたちに自立自存(じりつじそん)を教える場でもある。


 また、聖なる乙女の候補者を集め、教育し最終的には試験を行い、聖なる乙女を決める学園でもある。

 聖なる乙女の任期は十八歳からおよそ十年。次の聖なる乙女の選出や、諸事情によって多少の変動はある。 聖なる乙女の選考自体は毎年行われるが、選考に残ったもの全てが聖なる乙女になれるわけではない。そのため現在、次代の聖なる乙女は不在である。

 聖なる乙女の候補者になるということは、それだけでステイタスだ。魔導士への道は保証され、高い身分の家へ嫁ぐことも多い。事実、現王太子の婚約者は聖なる乙女の候補者であった。



 今年の候補者は二人。これもゲーム通りだ。土痘の流行により、貴族の子女が減ってしまい候補者が少なく選出が難航したのだ。そのうえ、土痘の流行を抑えるために聖なる乙女の魔力がたくさん使われ、次代の聖なる乙女の選出も急がれている。



 しかし、第一候補の侯爵令嬢は土痘で亡くなってしまった。そのため、難色を示されていた平民出身の少女が、聖なる乙女の候補としてあがってきたのだ。ヒロインのカミーユである。すでに、男爵家の聖なる乙女候補は、社交界で噂の的になっていた。


 ちなみにイリスも聖なる乙女候補者として名が上がっている。ゲームの設定では、土痘のことは公然の秘密で、第二王子の婚約者として、無理やり候補者にねじ込んだのだ。シュバリィー家の方針だ。煩い相手は力でねじ伏せる。聖なる乙女になってしまえば、痘痕があろうとも問題はない、という考えだったのだろう。


 今回はそんなことをしていないのだが、妖精の祝福を受けたことや、ワクチンの発案者であることが魔導宮に知られてしまい、候補者に名が挙がってしまった。きっとゲーム補正だろう。


 イリスは半ばあきらめの境地で、学園の門をくぐった。弟のニジェルも一緒である。

 ゲームのオープニング画面そのままの風景が広がる。白いリラの花びらが、青空に舞い踊っている。制服姿の学生たちはウキウキとはしゃいでいる。バーンと正面にゲームのタイトルが現れても可笑しくなさそうだ。


 思わずイリスは手を合わせた。


 無事に生きて戻れますように!!


「イリスどうしたの?」


 ニジェルが怪訝な顔で尋ねた。この世界には合掌という習慣はない。


「いえ、なにか飛んでいたみたい」


 イリスはあいまいに笑った。

 ゲーム画面では、カミーユからニジェル、レゼダ、そしてなぜかここにいるシティスに切り替わって、最後にもう一度カミーユに戻るという構成だった。イリスはハッとして振り返った。もしや、シティスが来ているのでは、と思ったのだ。


 ……案の定、シティスがいるわ。


 イリスは、頭を抱えた。


「なんなのよ……」

「なにが?」


 不思議そうにニジェルが尋ねるから、イリスはシティスを指さした。


「だって……、なんで宮廷魔導士様がこんなところにいるのかなって」

「ああ、聖なる乙女の保護のため、魔導宮から派遣されているらしいよ」

「聞いてなかったわ」


 イリスはあれから、魔導宮に度々勉強に行ってはいたがそんな話は聞かなかった。イリスが候補者だったから知らされていなかったのだろう。


 その時、門の方からざわめきが起こった。

 花吹雪が、水色の髪を巻き上げる。ヒロインのカミーユの登場だ。羨望と憧憬とため息が混じり合った風の中、聖なる乙女は凛と校門を潜った。

 カミーユの存在に気が付いた妖精たちが、吸い寄せられるようにカミーユの元へ飛んでいく。カミーユは妖精を見てちょっと驚いたように瞬いてから、小さく笑った。エフェクト全開である。

 それを見てイリスは眩暈がした。


「ちっちゃい妖精が集まってる! すごく、かわいいっ!」


 思わず感嘆すれば、イリスの髪の中にいた妖精がムッとして、「みんなー!」と声をかける。イリスの髪を通路にして、ヒョコヒョコと妖精たちが顔を出した。イリスの巻き髪を滑り台にしたり、トランポリンのように跳ねてみたり、登場の仕方も自由である。


「イリスの方がいっぱいなの!」

「イリスの方がかわいいの!」

「わかった、わかったから。髪を引っ張るのは止めて? 妖精が見えない子から私の髪が不自然に見えちゃうわ」


 思わず苦笑する。どうやら妖精は負けず嫌いらしい。


 妖精のたわむれるイリスの髪は、妖精が見えない人間にもキラキラと光って見えた。白い花びらが舞い散る中で、キラキラと光るミントグリーンの髪がどれほど人の目を引き付けているのか、イリスに自覚がない。


 可愛い妖精たちに囲まれて、イリスがほのぼのとしていれば、姦しい声が響いた。


「まぁ! あれが」

「噂の男爵令嬢よ」

「でも、養女なんだとか?」

「あらいや、もしかして下賤の出?」

「同じ学園だなんて……」


 カミーユの連れている妖精たちが見えないのだろう生徒たちが騒めいた。

 聞こえよがしな意地悪な声に、ニジェルが眉をひそめる。争いのキライな妖精たちは、サッと姿を消してしまった。イリスは聞いていられずに、その集団から背を向けて、さっさと歩きだした。


 しかし、背後に猛スピードで駆け寄ってくる気配を感じて、イリスは振り向いた。同時に肩に置かれた手に驚く。掴まれた肩を真上に伸ばし、大きく腕を振り払った。水色の髪が、前につんのめる。イリスは転びそうになったその子の腕を掴んで捻りあげた。


「お姉さま!?」


 カミーユだった。イリスは顔を青くして、慌てて拘束を解いた。 


 イリスの脊髄反射、最悪すぎる発動でしょ!?


 登校初日に、聖なる乙女候補者(庶民)を制圧する聖なる乙女候補(貴族)になってしまった。どう考えても、悪役まっしぐらである。


 騒ぎを聞きつけたのか、聖なる乙女に興味があったのか、レゼダとシティスまでもやって来た。タイミングが悪すぎる。

 無理やり攻略者を一堂に集めようとするゲーム世界の陰謀にも思えた。イリスは青ざめ震える。


「お姉さま、お姉さまですよね? ずっとお会いしたかったっ……!」


 カミーユは喉を詰まらせる。腕の痛みのせいではない。ずっと会いたかったイリスに会えた感激でだ。


「なにを仰るのかしら? 私、あなたのような方は知らなくてよ?」


 しかし、イリスはカミーユを突き放した。カミーユのことはニジェルには秘密にしていたからだ。

 そもそも、カミーユと話したのは教会の一度きりで、それからは接触を避けていた。気にはなるので、教会にいる時間を狙って椿油を買いに行き、店主から様子を聞いていたがカミーユには会っていない。それに、下町に行くときには変装をしていた。なぜ、イリスだと分かったのか、これも聖なる乙女の力なのか。





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