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18 お家に帰ろう


「兄上、いけません」


 レゼダは慌てて体を引く。


「大丈夫なんだろう? あんなに元気で病気だとは思えない」

「ですが」

「シティスから聞いた。というか、シティスってあんなに面白い人だったんだね」

「なにがあったんですか?」


 含み笑いをするブルエをレゼダは怪訝な顔で見る。


「だって、シティスはすでにワクチンというものを吸った後だって言うから」


「はぁぁぁぁ??」


 声をあげたのはイリスである。


 ブルエとレゼダがイリスを見てギョッとした。イリスは慌てて澄まして見せる。 


「シティスはワクチンを再現する前に、予防と確認のために吸ったそうだよ。それに自分の作った魔法陣が作用しているか検証のために、魔導宮の志願者に吸わせたらしい。それをレゼダの騒ぎの後に申し出て、あわててシティスたちも自宅待機。魔導宮は穢れていると貴族の一人が言ったものだから、妖精たちがそれに怒って魔導宮を封鎖しちゃうし、大騒ぎ。最終的にはシティスたちの自宅待機を解き、聖なる乙女にとりなしてもらって、やっと魔導宮が通常通りになったところ。珍しく橙の妖精の長までお出ましだったそうだよ」


 ブルエは愉快そうに笑っているが笑い事ではない。


「……な、な……」


 なにやってんだー!! シティス様なら保護呪文なり妖精に協力を頼むなりできたでしょうに! 検証は、検証は確かに必要、だけ、ど、も、順番があるでしょー!


 叫びたいところをぐっとこらえたイリスである。


 しかも妖精たち、王宮機関でストライキとか、怖いもの知らず過ぎる。泣きたい。


「だって悪いのはそっちだもん! ソージュ様が作ったものを信じられないなんてしらないもん!」


 ひょこりとイリスの髪から紫の羽根を持つ妖精が現れた。


「妖精はきれいだもん! 恐いこときらいだもん! わるいことなんかしないもん! 人間がきたないんだから、入れてなんてあげないもん!」


 もう一人現れる。イリスは頭を抱えた。


「いや、そうよ? そうだけどね? みんなのお仕事が滞ってしまうでしょ?」

「しーらーなーい!」


 妖精を怒らせると怖い、そう教えられてはいた。けれど、こんなに可愛い生き物を怒らせたところでと、イリスは甘く見ていた。

 人間の理屈は妖精に通用しないのだ。王族が妖精の長に丁寧な態度で接する理由もわかった。共存していくために妖精の理解は必要不可欠なのだ。だから王家として妖精を保護しているのだろう。


 いや、妖精……まじでこわい。


 蒼白になるイリスとレゼダである。


「というわけで、迎えに来たんだよ」


 ブルエが言えば、レゼダはチラリとイリスを見た。幸せな時間が終わってしまう、レゼダにはそう思われたのだ。


「よかったですね!」


 イリスが喜んでそう言えば、レゼダは隠れるようにしてため息をついた。

 ブルエはそんなレゼダを見て苦笑いをする。兄にはすべてお見通しなのだ。レゼダは窮屈な王宮になど帰りたくないのだろう。


「イリス嬢、帰る前に私にもワクチンとやらをもらえないかな?」

「ワクチンですか?」

「私は体があまり強くない。きっと王宮に帰って望んでもダメだと言われてしまうだろう。しかし、だからこそワクチンが必要だと思っているんだ」


 ブルエの優しい顔立ちの中に強く光る意思をイリスは見た。


 ブルエ殿下は弱い身体でも卑下せずに統治者を務めようとなさっている……。だったらできる限りお手伝いしたい! そうは思うけれど……。


 そこへ水色の羽根をもった妖精が現れた。ソージュのように白い服に水色のストラをつけている。金の刺繍は小花柄だ。妖精の長の一人である。


「青の長、カモミ様……」


 レゼダの声にイリスも姿勢を正した。

 青の妖精の長カモミは、ブルエの守護妖精なのだ。


「私からもお願いするわ」


 イリスはレゼダをみた。レゼダもイリスに頷き返す。

 イリスはワクチンの入った瓶を取りに行き、ブルエに手渡した。


「ここで吸ってください。持ち帰るとまた面倒なことになるでしょうから」

「そうだね。私はまだ秘密にしておいたほうが良さそうだ」

「では」


 レゼダがストローを差し出せば、ブルエは覚悟を決めるように大きく息を吐き出した。そしておもむろにストローを瓶に挿し勢い良く鼻から吸った。

 ゲホゲホとせき込むブルエを水色の羽根のカモミが優しく擦る。

 落ち着いたところで、カモミはニッコリと微笑み頭を下げて消えてしまった。


「兄上、大丈夫ですか?」

「ああ、本当になんともないものなんだね。これで効果があるのか疑わしいくらいだけど」

「試したりはなさらないでくださいね!」


 ピシャリとレゼダが言って、イリスはおかしくて笑った。

 レゼダが怪訝にイリスを見る。


「ご自身はとんでもない無茶をされるのにおかしいですわ。レゼダ様」

「イリスには言われたくないし、様は止めてと言っているでしょ?」


 レゼダのほほ笑みにイリスは目を逸らし、ブルエは笑った。


「さぁ、レゼダ。家に帰ろう。ここは楽しくて幸せそうだけれど、私たちも君を待っている」


 ブルエの言葉にレゼダは目を見開いて頷いた。

 そしてイリスへ振り返る。


「イリスありがとう。あの日、僕のために君が怒ってくれたの、すごくうれしかったよ」レゼダのかわりはいないのだと、はじめの日に怒ったことを思い出す。


 満面の笑みを向けられてイリスは息を呑んだ。華の咲き乱れるような美しさだ。あんな一言で、そんな風に喜ばれたら嬉しくなってしまう。

 ヨロリ、一歩ふらついてやっとのことで踏みとどまる。


 別れの言葉も出ないイリスに、レゼダが怪訝に顔を覗き込む。


「イリス、大丈夫?」

「いえ、少し眩暈が……」


 オホホホと笑ってごまかし、心を整える。


「レゼダ様と過ごす時間はとても楽しかったです。また勉強を教えてくださいませ」


 イリスが丁寧にお辞儀をすれば、レゼダはイリスの縦ロールを名残惜し気にボヨンと引っ張った。


「うん。一緒に勉強しよう」


 レゼダはそう言うと、王宮へ帰っていった。帰りは来た時とは違うきちんとした王家の馬車に、ブルエと共に乗り込んだ。そのことにイリスは安心した。

 シュバリィー家全員で盛大に見送る。窓から手を振る二人の見目麗しき王子たちに、メイドたちは悩殺されていた。

 見送りを終えたメイドたちが、名残惜しむように小声で噂をしているのが耳に入る。


 確かにレゼダ様は素敵なのよ。監禁王子にならなければね!


 イリスはそう思って、ゾワリと鳥肌がたった。


― あの日、僕のために君が怒ってくれたの、すごくうれしかったよ -


 まって、さっきのセリフ、王子がヒロインに言うセリフにそっくりじゃないの! 何かのフラグ? フラグなの? まだゲームは始まってないわよね? 開け、ウィンドウ! 選択肢はどこ!?


 またも、イリスは頭を抱え込んだ。



 レゼダは民を思い自らの体を差し出した王子として、丁寧に迎え入れられた。レゼダとシティスの健康状態と、妖精の長たちがかかわったことから、ワクチンが信用されるようになったのだ。

 約束通り、ニジェルが先頭に立ちワクチンを受けたことで、王宮の中でも若いものを中心にワクチン接種が広まっていった。


 それに伴い、街の中でのワクチン接種に国がかかわるようになった。

 多くのワクチンが必要になったことから、イリスはワクチンの培養と保存ができないかレゼダに尋ねてみた。レゼダがそれを提案し、魔導宮の特殊魔術部門でワクチンの開発管理が行われることになった。

 




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