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15 ワクチン


 そこへシティスが転移魔法を使って現れた。

 席に着くソージュを見て、恭しく跪く。


「魔導士シティスだな」

「これは……妖精の長ソージュ様」

「お前も早く席につけ、話が始まらない」


 ソージュの言葉にシティスはおずおずと席に着いた。完全にこの場はソージュに支配されてしまった。


「王の子は、イリスの夜の非行の相手をシティスではないかと疑っているようだが」


 シティスはレゼダを見た。レゼダはシティスを真っ直ぐに見返す。


「イリスを黒い森に連れて行ったのは私だ。イリスは不貞を働いたわけではない。そう怒るな、王の子よ」


 ソージュが茶化すように笑う。


「……不貞など」

「そうです、ソージュ様! そもそも殿下と私はなんでもありません! だから誰とどこへいこうと関係はありません!」


 レゼダの声に、イリスが元気よく援護射撃を繰り出だした。


「なんでもない……たしかに、今はなんでもないけれど……関係ないとまで言わなくても……」


 レゼダはガックリと肩を落とし、ブツブツと呟く。


「おや? 王の子は恋人の不義を疑ったのかと思ったが?」


 ソージュがおかしそうにイリスを見る。


「それは誤解です。恋人ではありませんし、そんな未来はありえません!」


 イリスがきっぱり答えると、レゼダは口を噤みシティスは何とも言えない顔をした。 


「まぁ、その辺は興味がないが、あまりイリスをイジメてくれるな。この子は私の可愛い子だからな」


 ソージュはそう言うとイリスの頭を幼子にする様によしよしと撫でた。


 ソージュ様は……なんというか、私をペットか何かだと思っているわね。


 イリスは頭を撫でられながらムッとする。


「黒い森ですら危険なのに、土痘の患者の集まる洞窟など!」


 レゼダが強い視線をソージュに投げた。妖精の長相手でも怯まないのはさすがだと言えた。


「安心せよ。私が守護してついていくのだ。病であろうとイリスを害することなど出来ぬ」


 ソージュの言葉にレゼダとシティスは眉をひそめた。


「なぜそんなことを?」


 レゼダが問う。

 

「イリスが望んだからだ。私は望みを叶えただけ。イリスはこれを作っていたのだよ」


 ソージュはワクチンの入った瓶を取り出して振ってみせた。サラサラと銀色に光る粉が音を立てた。


「なんですか、それは」

「ワクチン、というのだそうだ」

「ワクチン……さっきもイリスが言っていたね?」


 レゼダがイリスを見つめる。


「それは何なの?」

「土痘の予防薬です」


 イリスの答えにレゼダが黙る。


「とりあえず誤解はとけたようだから、私はこれで消えよう」


 ソージュはそう言うと、幻のように消えてしまった。


「うひぃ」


 イリスはポスンと椅子に落ちる。一緒に落ちてきたワクチンの入った瓶を慌ててキャッチする。

 レゼダはグッタリと体を椅子の背にもたれさせた。


「……初めて見た……。あれは、見たというより見せつけられたのだろうか……?」 レゼダは呟く。


 初めて見た妖精とあれだけ堂々と渡りあうレゼダに、胆力が違うとシティスは感心した。流石は王族である。

 しかし、イリスはいったい何者なのだろう。魔力を持たない令嬢が、妖精を見るだけでも珍しいというのに、妖精の長から気に入られているとは前代未聞だ。


 レゼダとシティスがイリスを見た。ニジェルは気持ちが追い付かないようで放心状態である。

 イリスはゴクリと息をのむ。


「イリス嬢、どういうことか教えていただけますか?」

 

 シティスが問う。


「……信じられないかもしれませんが、土痘が……、来年の夏に流行します」


 イリスの突飛な話し出しに、シティスは穏やかに尋ねる。


「その根拠は何でしょう?」

「いろいろな書物を読みました。そこで土痘の流行には気候の変動と重なる部分があります。今の状況は先の流行と同じ条件が重なっています。だから……」


 レゼダがイリスを見た。


「それと瘡蓋が何の関係があるの?」

「瘡蓋の粉が土痘の予防になるのではないかと考えたのです。今から予防に努めれば被害を少しでも減らせるのではないかと考えました」


 レゼダは大きく息を吐いた。


「それで、一人で?」

「ソージュ様のお力を借りました……。私は魔法が使えませんから」


 イリスが俯く。


「イリス。顔を上げて」


 レゼダがそっとイリスの手を取った。


「僕にも教えて。イリスの知っていることすべてを。困っていることを、成したいことを」

「信じていただけるのですか」


 イリスは顔を上げた。レゼダはニッコリと微笑んで、力強く頷いた。


「信じるよ。だから僕に相談してほしい」

「ありがとうございます!」


 イリスは両手でレゼダの手を取った。レゼダは不意打ちに驚いてパッと頬を赤らめる。

 ニジェルがオズオズとイリスのブラウスを引っ張った。


「イリス、ボクにも相談してほしい……」

「わかったわ」


 ニジェルの言葉にイリスは頷く。


「詳しく話を聞いてもいい?」

「はい!」


 レゼダに問われ、イリスは今までのあらましを三人に説明した。


「それで、瘡蓋をワクチン化するための魔法が必要と言うことですね」


 シティスの問いにイリスは頷く。


「はい。これがソージュ様がワクチン化してくださったものです」


 瓶に詰められたキラキラと光る瘡蓋の粉を見せる。


「無毒化されているので病気になることはありません」


 シティスはマジマジと瓶を見た。片メガネに光る魔法陣が映し出されクルクルと回る。施された魔法を解析しているのだ。


「間違いなく無毒化されていますね」


 そう言うとシティスは瓶を受け取って、さらによく観察する。


「ですが、無毒化の前の状態では人にうつす可能性があるので、魔法をかけていただくこともできず悩んでいるところです。私のような土痘の魔道士様はいらっしゃらないでしょう?」


 土痘に罹った貴族は公には存在しないことになっているのだ。自ら認めているのはイリスぐらいのものだ。


 レゼダはシティスを見た。


「シティス、この魔法を解析できる? 魔法陣で再現できる? そうすれば、魔法陣を施した入れ物に瘡蓋を集められるだろう?」

「解析は今させていただきました。そうですね……複雑な魔法がいくつか組み合わされているようです。理論上再現は出来ます。難しいと思いますが、やりがいのあるテーマだと思います」


 シティスが片メガネの奥を光らせる。

 イリスはホッとした。これで何とか、ワクチンのめどは立ちそうだ。あとは普及させるだけだ。


 でも、やっぱり、土痘の瘡蓋なんて吸いこみたくはないわよね……。


 いくらワクチンができても接種してもらえなければ意味はないのだ。洞窟の中の人たちは、死ぬくらいならと進んで接種してくれた。しかし、健康な人がリスクを冒して接種するかと言えば、否だろう。


 イリスはその思いをそのまま三人に伝えた。

 レゼダはしばし考えた。


「洞窟の者たちは吸ってくれたんだね?」

「はい」

「だったら、その家族から試してもらえるように働きかけるのはどうだろう」


 イリスはレゼダを見た。


「町の人々で希望する者には無料で与えたらいい。もちろん貴族へは僕から働きかけるけど、なかなか浸透は難しいだろうね。僕だってイリスやソージュ様がかかわっているから信じるけれど、正直なところ抵抗はある。でも、効果があると噂が広がれば、貴族も無視できないだろうから」

「無料というわけにはいかないのでは?」


 イリスが問う。魔法陣を作るのにも魔導士の力が必要だし、魔法陣を発動させる魔力がいる。魔導宮で請け負ってくれるにしても、それは国の負担になる。


「当然、貴族からは対価を取るよ」


 悪戯っぽくレゼダが笑った。


「まずは話を通すところからだね。シティス、魔法陣はどれくらいで作れそう?」

「検証を合わせて一週間はいただきたいのですが」


 シティスの答えにレゼダは頷く。


「あの、でもワクチンに私がかかわっていることは黙っていて欲しいのですが」

 

 イリスの申し出にレゼダは首を傾げた。


「なぜ?」

「私は魔法も使えない土痘もちです。悪意があると誤解されたくありません」


 イリスの答えにニジェルが悔しそうにため息をついた。

 レゼダも顔をこわばらせる。


「そうですね。禁術の応用です。知る者が見ればイリス嬢が危険人物だと思われるでしょう」


 シティスが冷静に答えた。


「……禁術?」


 レゼダがイリスを見る。


「ぐ、偶然ですわ? 禁術なんて知りませんわ?」


 レゼダは呆れたようにため息をついた。


「まぁ、いい。イリス、良い報告を待っていて」

「っありがとうございます!」


 イリスは嬉しくて泣きたくなるところを我慢する。


 レゼダ王子って良い人だったんだ……。イケメンでいい人とか、王子様過ぎる。王子様なんだけど。


 うるうるとした目で見つめるイリスに、レゼダは少しはにかんで笑った。



 それからすぐにイリスは洞窟で出会った人たちにワクチン接種の協力をお願いした。ワクチン接種は無料、接種の手伝いをしてくれる人には日当を支払う。手伝いをするものは土痘の感染歴があるか、ワクチンを接種したものに限られる。


 とりまとめは、洞窟で会った顔に傷のある男だ。最初に瘡蓋をくれた母子も手伝っている。どうやら顔に傷のある男は、裏社会で顔がきくらしく、土痘から生還した彼はその世界では病に負けなかった英雄の扱いなのだそうだ。貴族社会とは正反対である。

 彼の言うことならばと、命知らずの男たちが勇気を示すかのように争って接種してくれたのは計算外だった。

 ワクチンに毒がないとわかり始めたことで、患者のいる家族から接種の希望が増えた。無料であることも大きく、ただなら貰っておこうと思う人々も多い。


 レゼダのアドバイスのおかげで、町でのワクチンの普及に足掛かりができたことをイリスは喜び感謝した。







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