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10 レゼダ王子がグイグイ来る


「ところで、いつまで手を握っているつもり?」


 レゼダの不機嫌そうな声にハッとして、イリスは手を離した。チリリと鈴がなって、思わず鈴を掴んで音を消す。


「先ほどから鈴が気になるようですが、どうかされましたか?」


 胡散臭いほどの完璧な笑顔に、イリスが気圧されながらもようやく答えた。


「申し訳ございません。魔導宮での癖で思わず握ってしまいましたの。……その、耳につく音でございましょう?」

「……そうですか? イリス嬢の存在が知れてとても良い音です」


 先日の会話が続かなかったレゼダとは違いグイグイ距離を詰めてくる。若干怖い。イリスは慌てて目をそらした。


「そうですか? 私はあまり好きではなくて」

「好きでつけているのかと思っていました」

「父の希望でつけているだけなのです」


 イリスの答えを聞いて、レゼダは静かに笑った。目の奥がキラリと光る。


「……ならば、」


 唐突に首元に伸びてきたレゼダの腕にイリスは驚く。イリスは反射的に、レゼダの手を払い、掴み、捩じりあげた。まったくの反射だった。何も考える隙も無かった。


「っ! イリ……ス嬢? 手を離してくれない?」


 苦悶に顔を歪めるレゼダの言葉に、イリスはハッとした。身についた脊髄反射で王子の腕を捻りあげてしまったのだ。

 慌てて手を離し、深く頭を下げる。


 なんで急所にいきなり手を伸ばすのよ! 絶対殿下が悪いでしょ!?


 しかし、不満をぶつけて良い相手でもない。シュバリィー家の躾を恨むほかない。


「も! 申し訳ございませんでした!」

「いや、僕も突然すまなかった。さすがシュバリィー家だけはある。息子だけでなく娘にも護身術を教え込んでいるんだね」


 情けないような顔をしてレゼダはため息を吐いた。

 あの瞬間にきっとレゼダも気が付いただろう。現時点では、イリスの方が力では勝っている。そのことが、王子の、いや同じ年の男の子の矜持をどれだけ傷付けたことか。


「お許しください」


 イリスは顔をあげることもできない。


「いいよ。でも僕にも釈明させて? もしその鈴、君が嫌いなら僕がとってあげようと思ったんだ」

「殿下が?」

「うん。僕がそれを嫌がっていると言えば、シュバリィー侯爵も君につけさせたりしないだろう?」


 レゼダはいたずらっ子のように笑った。今までの作られたような笑顔ではなく、年相応の表情だった。


「それは……そうでしょうけれど……」

「でしょう? だから、それは僕が預かろう。取ってあげるよ。いい?」

「そんな、お手を煩わせることを」

「僕がしたい。僕が手ずから取ったのだと、そう伝えた方が効果はあるだろう?」


 有無を言わせぬ王者の笑顔だった。


 いや、まぁ、確かにそうだけど……。


 イリスは言葉もなく頷いた。レゼダはイリスの後ろに回る。縦ロールに収まっていた妖精が、不服そうに王子を見ている。


 レゼダは、イリスの緑の髪を分けた。白い首筋に黒いベルベットのリボンが映える。

 その美しさにレゼダは息を飲んだ。今まで感じたことのない胸の高鳴りに、押し出されるように深く息をつく。そうしてから、なぜかその息が恥ずかしいもののように感じられ、息を詰めた。

 そっと結び目に触れる。リボンの端をつまめば、指先がイリスの首に少しだけ触れた。イリスが少しだけ身じろぎして、その様子になぜか満足感を覚える。キュッと固い結び目は、イリスを縛り付けるシュバリィー侯爵の様にも思えて、不快感と共に羨ましさも覚えた。

 一気にリボンを引けば、音を立ててチョーカーは外れた。


「ありがとうございます。自由になった気がいたします」


 イリスの礼にレゼダは満足した。己が捕らわれの姫を自由にすることができたのだ、そんな小さな達成感だった。

 レゼダはチョーカーを自分の手に収めると、背中からイリスに尋ねた。

 正面からはまだ尋ねられないと思ったのだ。


「イリスと呼んでも?」


 レゼダの唐突な言葉にイリスは目を丸くした。ゲーム内でもレゼダはイリスを呼び捨てにしたことなどなかったからだ。それどころか、カミーユ以外の令嬢を呼び捨てにしたところを見たことがない。


 ど、どういう展開になってるの? なんで殿下が私を呼び捨てにするの?


 背中の王子がどんな顔で言っているのか想像もできなかった。しかし、断れるはずもなく戸惑いを隠せないまま静かに頷く。


「僕のことはレゼダと」

「それは恐れ多いことでございます」

「レゼダと」


 背中に感じるレゼダの圧にイリスは気圧された。


 これっていったいなんの罠? うっかり呼び捨てなんかして、不敬だーとか言われない? 言われるよね?


「……レゼダ様……?」

「レゼダです」


 イリスは困り果ててシティスに視線を投げて助けを求めた。


「殿下、突然の呼び捨ては無理がございましょう。イリス嬢は由緒正しき淑女でございます。不敬の思いが先に立つのが当然かと。時間はゆっくりございます。慌てずともよろしいのでは?」


 シティスが微笑みながら諭せば、レゼダは渋々というように頷いた。


「では、いずれ呼び捨てで呼んでね。イリス」


 イリスは混乱した。


 いったい何なの? この変わりよう。こわいよ。怖すぎる。


 思わず振り返ってレゼダを確認する。

 先日の話が続かないレゼダとは別人のように思えたからだ。


 しかし、それは失敗だった。


 ヒィっ! イケメンの顔が近かった!!


 イリスは慌てて前を向き俯く。首まで真っ赤になっているのがわかる。


「あ、の、レゼダ殿下」

「殿下?」

「……レゼダ様は……双子でいらっしゃいます?」

「双子は君たち姉弟だけで十分だと思うけど」

 

 レゼダは笑った。その快活な笑い声に、イリスはさらに混乱する。


「前回と別人みたいだって思ってる? あれは、外面なんだよ。僕の腕を捻りあげるような人に外面を使ってもね」


 やっぱり根に持たれてる!? からかって、こんなことしてるんだ!!


 イリスはさらに深く俯いた。しかしその首筋は、嘘みたいに軽く感じられた。





 家に帰ったイリスは、当然のごとく無くなったチョーカーについて責められた。しかし、レゼダが持っていることを告げたとたん、両親は手のひらを返して喜んだ。

 

「やっぱりイリスならやってくれると思ってたぞ!」

「お祝いね!」


 両親は浮かれて話にならない。


 激しい掌返し……潔いのは勇者の血筋?


 うんざりするイリスである。ニジェルが痛ましい顔で、そんなイリスの様子をうかがってくる。


「イリスはそれで良かったの? レゼダ殿下にチョーカーを奪われて」

 

 ニジェルはレゼダが無理やりイリスのチョーカーを取り上げたと勘違いしているようだった。

 イリスは小さな声で答えた。


「お父様には内緒だけど、私、あのチョーカー嫌いだったの。殿下がとってくださって嬉しかったわ」

「そうなの?」


 ニジェルは心底驚いたというように目を見開いた。


「そうよ。首輪みたいで窮屈だったわ。まるでお父様のモノの証みたいでいやだったの。でも、今は自由よ」


 イリスが晴れやかに笑えば、ニジェルは泣きそうな顔をした。


「どうしたの? ニジェル?」

「ごめんね。イリスがそんなふうに思っているって知らなくて……。僕は父上から特別な印をもらえるイリスが少し羨ましかったんだ」


 ニジェルの告白に今度はイリスが驚く番だ。


 さすが『愛の鎖』のニジェル……。すでに緊縛願望が芽生えて……。いや、今のセリフ。どちらかというと自分が縛られたい、ってことよね? チョーカー欲しかったのかしら。ゲームでも自分に鎖をつけてたくらいだし。


「ええっと……ニジェル……。欲しかったなら殿下にお願いして返してもらいましょうか? そうしたらそれをあげるわ」

「そういう意味じゃないよ。で、イリスは殿下から代わりのチョーカーとかもらったの?」

「まさか! せっかく自由になったのに冗談じゃないわ!」


 思いっきり否定すれば、ニジェルは苦笑いした。


「イリスは自由がいいんだね」

「もちろん。ニジェルも好きな人ができたからって縛り付けたらダメよ?」


 いい機会だ。忠告しておこう。


「でも、母上は喜んでるけど」

「……そういう人もいるけど、心と心が繋がっていたらそんなの必要ないと思うの」

「そうかな?」

「そうよ! それに見える様にするなんて自信がないみたいで格好悪いわ。古いと思うわね」

「そっか。古いかもしれないね」


 ニジェルは納得したようだった。

 イリスは少し安心する。


 見えるところに入れ墨だの、見せつけるような鎖だの、ぶっちゃけ怖い。ニジェルには普通の恋をして欲しい!


 イリスは今後もニジェルに一般的な恋愛観を伝えていこうと決意した。


「でも、僕も魔導宮に行きたかったな」

「……そうね、でも、あそこはニジェルには難しいかもしれないわ。騎士を弾くそうだから」

「イリスは平気なのに?」

「だって私は騎士じゃなくて淑女よ?」

「忘れがちだけど、そうだったね」


 ニジェルは笑った。



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