対象的な二人(1)
優雅が生まれる50年以上前にこの世界ではクローンの日常的にクローンが実用化されはじめた。
そんなこともあってか、優雅は今まで様々なクローンと出会った。彼等にはみんな人間と同じように苗字も名前もある。同じ遺伝子を持つクローンでもそれぞれに好きな食べ物もあれば嫌いな食べ物もあるし、性格も声もそれぞれ違う。
それがこの世界のクローンだった。
ちなみにこの世界のクローンは普通の人間とあまり変わらない。そのため、普通の人間とクローンの夫婦なんてこの世界にたくさんいるしそれを変に思う人もいなかった。自分達にとってはこれが当たり前の日常なのだ。
今回のクラス替えでも優雅はたくさんのクローンと同じクラスになった。
教室の扉を開けてすぐに分かった。双子や兄弟じゃないのに顔が似ている同級生がいる。
優雅の高校には、普通の人間は緑の名札をクローンは青の名札をつけないといけないという校則がある。似たような顔のクローンがクラス又は学年にたくさんいるからだ。
優雅は自分の席に座ると教室をぐるりと見渡した。
青の名札の同級生が全体の6割。自分と同じ緑の名札の同級生が4割。どうやら今年はクローンの方が少し多いみたいだ。
その中に気になるそっくりな顔をしたクローンの女子がいた。
2人は髪型も同じで黒髪にハーフアップ。身長もほぼ同じ。整った顔立ちをしているから普通の人間のそっくりな双子にも見える。
違うのは2人の性格だ。
片方の子は明るい性格なのか他の人間の女子やお調子者の男子達と楽しそうに話していた。もう1人の子は大人しい性格の子なのか席に座って小説を読んでいた。
多分、あの2人の遺伝子は同じだ。でも、性格は違う。それがこの世界のクローンだ。
優雅がそんな対処的な2人が友達だと知ったのはその日の放課後だった。
くじ引きで決まった環境委員会のメンバーが優雅と朝目に止まったクローンの女子のなかの1人である大人しい性格の方の子に決まったからだ。
今日からスタートした環境委員会の最初の活動は教室に植える花を買いに行く、だった。
生徒がそれぞれ委員会の担当の先生からお金を貰い花屋さんへと向かう。優雅の高校の近くには大きな病院があるせいかこの辺りには花屋さんが3ヶ所もある。
優雅も先生からお金を貰い、同じ環境委員会の彼女と花屋さんに向かう。
近くで見てもやっぱり整った顔立ちの彼女の胸元には『水瀬花鈴』と書かれた名札がついていた。
急に「花鈴さん」とか「花鈴」って呼んだら失礼だし最初は「水瀬さん」だよな、とどうでも良いことを考えながら優雅は隣にいる彼女に「あの」と声をかけてみる。
すると、彼女は「あっ」と小さく呟き優雅の方を見て微笑んだ。
「ごめんね、自己紹介まだだったよね。水瀬花鈴です。よろしくね」
ニコッと優しく微笑む。素直で優しそうな子だな、と優雅は思った。
「黒坂優雅です。水瀬さん、よろしくね」
優雅がそう言って彼女に握手を求めると彼女はクスクス笑いながらその手を握り返してくれた。
「同級生なんだし花鈴でいいよ。私も優雅くんって呼ぶから」
彼女の笑顔は春のに咲く花と同じくらい綺麗で優しい顔だった。
教室に飾る花はすぐに決まった。花鈴さんが店を見るなり一目惚れしたというピンクのチューリップだ。彼女らしいチョイスだった。
その後、先生にお釣りと余ったお金を返すと教室で買ってきたチューリップを2人で生けた。
シーンと静まり返った廊下には花瓶に水を入れる音だけが聞こえる。沈黙を破ったのは花鈴さんだった。
「私とそっくりな子がクラスにいるでしょ?」
「そっくりな子って学級委員長に選ばれた観月さん?」
花鈴さんの席の前にいる彼女そっくりなあの明るそうな女子だ。
「そうそう。観月なずな」
花鈴さんは小さく2回呟くと続けた。
「私、こう見えて一応あの子の友達なんだ」
「一応?」
彼女の言った「一応」の意味が気になって優雅は思わず聞き返す。
「最近はあんまり話せてないって意味でね。1年生の頃はよく話してたんだよ」
「そうなんだ」
「うん。あの子、良い子だから仲良くしてあげてね」
「うん」
花鈴さんと彼女のそっくりな友達の話はここで終わった。その日は花鈴さんと途中まで2人で帰ったけど、話したのは明日の休み明けテストのことや新しい担任の先生のことが中心で観月さんのことはもう話題にあがらなかった。
次の日、靴箱で突然「優雅くん」と声をかけられた。
明るそうな女子の声だ。
2年生になった現時点で友達のいない優雅のことを下の名前で呼ぶのは昨日少しだけ仲良くなった花鈴さんくらいだった。でも、彼女の声ではない。
じゃあ、誰が?
そう思って振り返ると、ポニーテールをした花鈴さんそっくりな女子が立っていた。優雅は彼女の胸元につけられた名札に「観月なずな」と書いてあるのを見て観月さんだと気づく。きっと、花鈴さんに優雅のことを聞いたのだろう。
「えっと、観月さん?」
確かめるように彼女に問うと、彼女はすぐに頷くと付け足した。
「あ、なずなでいいよなずなで」
「じゃあ、なずなさん」
「ん?何?」
「いや、呼んでみただけ」
「なるほど」
なずなさんは1人で納得すると、「教室行こ、朝のHRはじまっちゃう」と言って歩き出した。
同じ顔なのになずなさんは花鈴さんとは真逆で教室に入るとすぐにたくさんの同級生に囲まれた。流石、クラスの人気者だ。
優雅はそろっと彼女から離れて自分の席に着いた。
優雅は、今まで女子は愚か男子とも事務的なこと以外会話をしたことがなかった。別に人見知りな訳でもないし人付き合いが苦手訳でもない。同級生に嫌われている訳でもない。
それなりに勉強ができてそれなりの大学を目指してそれなりの会社に就職をし働く人生。別に何も悪いことはない。
同級生達みたいに恋人や友達がいたらもっと楽しい人生を送れたのかもしれないけど、優雅はそれなりのこの人生に満足していた。
友達をつくるタイミングがあるならそんな人生も悪くはないけど、今も昔はそれをする気分になれなかった。
告白くらいなら1年生の頃に他のクラスの子に3回されたことがある。でも、どこの誰だか分からない子と付き合うつもりはなかった。いくら相手に自分のことを「ずっと好きだった」と言われても優雅はその子達のことを知らない。今まで話したこともない人に突然「好きです」なんて言われても困る。
そんな自分が初めて少し関わった女子2人は今日も対照的な過ごし方をしていた。テスト前だと言うのに友達とはしゃぐなずなさんと一生懸命見直しをする花鈴さん。
そんな2人を見てどちらかと仲良くなれたらいいな、と思う。男女間の友情だってアリだ。友達が同性じゃないといけない理由なんてないのだから。
優雅はそんなことを考えながら教科書を開いた。今日のテストは1年生の復習がメインだからそんなに難しくはなさそうだった。
昼休み、優雅がお弁当を取り出しているとなずなさんが来た。なぜか同級生達は1人も一緒じゃなかった。
「優雅くん、お弁当?」
優雅が頷くとなずなさんは前の席の椅子に座って「私も」と短く返した。
外国のアニメキャラクターがプリントされた巾着を広げる彼女に優雅は思いきって気になっていたことを聞いてみた。
「友達と一緒に食べなくて良いの?」
「食べてるじゃん」
「え?」
「私にとっては優雅くんも友達だよ?」
なずなさんは不思議そうな表情でそう言うと、おかかのふりかけがかかったご飯を頬張った。
僕が聞きたいのはいつも一緒にいる子達のことだよ、と言おうとしてやめた。彼女が優雅のことを「友達」と言ってくれたことが嬉しかったからもうそんなのどうでも良かった。
多分、なずなさんは誰とでも仲良くなれるタイプなのだ。クラスに1人はいる誰からも好かれる良い子。それがなずなさんなのだ。
でも、それは自分の思い込みにしか過ぎないことを優雅はすぐ知ることになった。