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風ゆく夏の愛と神友  作者: いすみ 静江✿
第四章 慈愛のサファイヤ
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第三十八話 ときめくマリッジ

 翌日、『ジュエリー(I)』がオープンして直ぐに、AyaとKouが店内に入る。


「手を繋ぎたいわ」

「絶対にダメだ」


 そんなひと悶着を見ていても、店員が明るかった。

 見慣れているのかとKouは思う。

 Kouが恥じている一方、Ayaはぶーぶー言っていた。


「ご婚約ですか? アドリアーナ(Adriana)ベリーニ(Bellini)と申します」


「迷うわー。迷うー。どれがいいかな? どれにする? Kou」


 結局、Kouの一言でAyaも動く。

 Kouは鶴ではないのは百も承知だが。


「素敵なジュエリーはAyaが選べばいい。何でも似合うから」

「はあーい」


 半分Kouにだまされたふりをして、色々と店員さんと話していた。

 宝石のついたリングが店中を明るくしている。

 目移りしているAyaに付き合い切れないと、Kouは早々に奥でミネラルウォーターをいただいていた。

 あまり手間を取らせてもいけないとKouが前に出て来る。


「取り敢えず、プラチナのペアリングは別に買おう」

「かしこまりました」


 店員さんは、結婚指輪だと勘違いしているのが、Kouには気になったが、致し方ない。


「サムシングブルーのがいいわ」


 結婚式の日、『何か新しいもの』、『何か借りたもの』、『何か古いもの』、『何か青いもの』の四つがあると、幸せになれる言い伝えから、『何か青いもの』が転じて、指輪に『青い宝石』を入れたデザインもある。


 もっとリアリストだと思っていたAyaが、サムシングブルーの心棒者だとは知らなかったとKouは、細い目で見た。


「婚約指輪はいかがなさいますか?」

「ねえ、買ってもいい?」


 後ろのKouも気になるのか。

 Ayaはすっかり自分の世界に入っているとKouは思った。


「いや、ダメだ。俺が買ってやる」

「え? 買ってくださるの!」


 Ayaはうさぎのように跳ねた。


「ああ、当たり前だ」

「いくつかは候補があるの。どれがいいかな?」


 べったりと甘えるAyaにKouは、こんな人だったかと首を捻る。


「自分で決めなさいね」

「ぶー。買ってやるって言ってくれたのに?」


 もう面倒なので、Kouは傍にいた。

 Ayaがサファイアを見ていた。

 あーだこうだと、女性のショッピングは男性泣かせだ。

 宝石には誕生石とその意味がある。

 Ayaは、三月の聡明のアクアマリン、四月の無垢のダイヤモンド、七月の熱情のルビー、九月の慈愛のサファイアと迷った。


 聡明のアクアマリン、アリアに始まり、凛からむくから美術部へとJへの手紙が渡り、謎が謎を呼ぶ我々の周りは『聡明』だと思われた。

 無垢のダイヤモンド、硬い信念にもとづき、奔走する気持ちは、確かに『無垢』だった。

 熱情のルビー、亮の祖母への想い、Ayaとむくとのシンクロ、Ayaとむくの恋への情熱、ウルフの意志への拘り、これらも『熱情』だ。

 慈愛のサファイア、ウルフの両親アデーレとジレの再会から、人と人との間に境目がない、むくのアトリエで起きた恐ろしい事件、自分の病気から立ち直ろうとしたむく、まさに『慈愛』に相応しいだろう。

 ミネラルウォーターももう要らないと思った頃、コーヒーをすすめられたが、遠慮した。

 結局、今の自分達の気持ちに近い慈愛のサファイアに落ち着いた。


「サムシングブルーのとお揃い。それに……」


 Ayaの言わんとしていることがKouにも分かった。



 むくが水色を愛しているのも影響している。


 ◇◇◇


 九月二十九日になって、ペアのリングができた。

 

「九月の誕生石は、サファイアで、素敵ですね」


 アドリアーナは、ころころと騙す。

 いや、商売上手なのだろうとKouは思った。


「プラチナリングの裏に忍ばせたサファイアが綺麗だわ。青く美しい」

「これで一つ落ち着いたかな」


「んー。もう! ありがとう!」


 リングの裏には、『AtoK 2033』と『KtoA 2033』と刻印が丁寧にできている。

 Ayaに本当によく似合うと思ったが、人前で、そんなことを言えないKouが、どっと疲れていた。

 ヴェローナに来てよく思うことがある。

 Ayaも変わったかなと。

 明るく快活に。



 こんな妹も悪くない。


 ◇◇◇


 十月三日の月曜日にAya宛てに、むくから『ジレとアデーレ』に触発されて描いた、『無垢の妖精』が届いた。

 同時に手紙で、むくは欧州をスケッチの旅に出ると綴ってある。


「確か、ウルフのジープを新車にするなら、三百万らしいわね。むく様の月三千円のお小遣いでは間に合わないわ。私は、凛様から報酬を沢山いただいたし、十分足りるのだけれども」


 スマートフォンでニュースを読んでいたKouが提案する。


「三百万円分の新車を贈るといいよ」


「そうよね。現金は生々しいから」


 Ayaは虫歯の傷むポーズで考えている。


「ウルフお師匠、喜ぶと思うよ」


「いつから、師弟関係になったの!」

「いや、俺には無理だと思っていた随分高等な技を教えてくれたし」


 スマートフォンでドラゴンの記事を閉じた。


「私も六芒星の光球放ってみたいな」

「Ayaは、女性だから、五芒星だとウルフ師匠が仰ってたよ」


 Ayaも話に乗る。


「むく様は昔、五芒星が出せたとも周りの方が仰るわね」


「どうやら、五芒星の力は性染色体のX染色体に、六芒星の力は性染色体のY染色体にあり、ウルフ師匠、マリア奥様、美舞さん、玲さん、むくさんと、皆が持っている力だそうだ」


 ふうーんとAyaも頷く。


「今は、落ち着いているのね」


 クールなKouも照れがあるようだ。


「それで、血のつながりがない俺が何でできたかって……。Ayaを想っていたからだよ」

「Kou!」



 Ayaは、嬉し泣きしながら抱きついた。


 ◇◇◇


 十月八日土曜日のお昼に、Ayaはおめかしをしていた。

 空色のブラウスにピンクのパンツスタイルだ。


「ちょっと外出するから、お留守番をお願いね」

「ああ。ワインなら俺がみるから、買わないでくれな」


 Ayaは、お買い物に行ったのではなかった。

 美容院で、あんなに長くてお団子にしていた髪を肩口で切り揃えた。


「たっだいまー」


 Ayaはくるりと舞った。


「じゃーん」


「お、おう」


 Kouはフリーズした。

 まてまて。

 ここで言わないと殺されると、Kouは怯えた。


「凄く、とても、よく似合っているよ!」


「ありがとう……! Kou。私、河合亜弥になります……!」


 今夜は眠れそうにもない。


 明日、チャペルの空きがあるので、二人で行こうと思っているから。




 美しい純白の花嫁となり、Kouと末永く幸せになろうと夢みて。

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