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風ゆく夏の愛と神友  作者: いすみ 静江✿
第三章 熱情のルビー
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第二十八話 Ayaの恋はきらめいて

 Ayaは、壁を探って地下室の明かりをぱっぱぱっと点けた。


「いない。このキーは何? 何の為に『無垢の妖精』に隠してあったの? 何かヒントがあるはずよ」


 キーを握りしめ、方程式の解を辿っていく。


「そうだ、ゴッホの『ひまわり』の後ろは、どうなっているのかしら」


 ゴッホの絵を外すと、埋め込まれた壁があった。


「前に来た通りだわ。アトリエの上で、美術部員が地下室に誰かがいるとか騒いでいたわね。むく様は、私だとわかったみたいでしたけれども」


 Ayaは、小さな壁を外す。


「袋が梱包してある。中を見てみろとしかとれないわ」


 二通の手紙があった。

 一通は、Kouが工作する前の本物の赤茶けた手紙だ。

 Jの封蝋がしてあり、誰も開けていない風に見える程、完璧にできている。

 もう一通は、黒い封筒に入っており、Ayaに宛てたものだった。


 Ayaへ。


 もしも、この手紙を読んでいるのなら、『リューゲン(Rügen )(Insel)』に来てくれないか。

 Ayaが望むのならば、話すことがある。

 詳しい場所は、地図を同封した。

 ローマの男に気を付けてくれ。

 追伸 Ayaの事を嫌いになった訳ではない。


       Kouより。


「又、ドイツ? しかも、ここって……」


 手紙を大切に自分の胸に当てた。


「Kou! でも、やっと貴方と繋がれた! 今度は離さないわ……!」


 胸が詰まって、声を絞り出すようだった。



「今、行くわ」


 ◇◇◇


 八月三十日、全日空機内でシートベルトをゆるめた。

 フライトも落ち着いて、Ayaは、アッサムティーが飲みたいとキャビンアテンダントを呼んだ。


「ふう。リューゲン島かあ」


「お客様の落とし物が届いております」


 キャビンアテンダントからハンカチが渡された。

 身に覚えのない赤い無地の物だ。


「ありがとうございます」


 受け取ったのには、訳がある。


「メッセージ?」


富有兎(とみあり うさぎ)ゾフィア(Sophia)ハーゼ(Hase)


 また、裏に返すと別のメッセージがあった。


「誰の話かしら?」


エミリア(Emilia)バッハ(Bach)小川(おがわ)えみりあ』


「どの名前にも心当たりがない。あの、さっきのキャビンアテンダントさん?」


 Ayaは、呼び止めてみる。


「私は、どこでこれを落としたかしら?」

「あちらのお席だと拾ってくださった方が仰っていました」


「ありがとうございます」


 笑顔で頭を下げた。

 Ayaは、あの文言を思い出す。


『ローマの男に気を付けてくれ』


「あちらのお席に行ってみるしかないわね」


 トイレへ向かう振りをして、席を立つ。

 ちらりとみたが、男ではなく、女だった。


「あの、こちらで私のハンカチを拾っていただいたのですが」


 赤いハンカチを見せて、座席の若い女に訊く。


「ああ、機内の男性に、『あの方が落としたようだが、恥ずかしくて声を掛け難い。頼む』と言ってどこかへ座りに行ったみたい。照れていたわ」


「ああ、お礼を言いたかったの。ありがとうございます」


 挨拶をして席に戻ったが、ローマの男は見つからなかった。


「このハンカチのメッセージ、誰だろう。やはりあの時のローマでKouと電話を取り交わした男。フランス語の男」


 又、長旅になる。

 ベルリンに一泊して、乗り換えて、目的地に着くのだから。


「既に一杯食わされたしね」


 Ayaは、ハンカチをポケットチーフにした。



 赤い薔薇が、闇に咲くように。


 ◇◇◇


 ドイツのリューゲン島に来た。

 ドイツ北部にあり、バルト海に面している。


「リューゲン島のここ、好きよ。綺麗な海岸線。そして、波を寄せようかと愛らしいコテージが並び、向こうには海へと繋ぐ桟橋があるのよね」


 (うしお)の運ぶ風に髪を任せるのも胸を高鳴らせた。

 もう直ぐKouに会える。

 Ayaは、ひとつのオレンジ色で飾られたコテージに入った。

 安い扉が軋む。


「Kou! Kou! 私よ! 来たわ……!」


 薄暗いそのコテージで、己の存在を示した。


「Aya! 隠れろ!」


 コテージの奥から、Kouの声がした。

 その刹那、銃声が、Ayaを出迎える。



 美しい潮の香りを硝煙がイタズラした。


 ◇◇◇


 オレンジ色の小さなコテージ。

 Kouを叫んで、未だ二分十七秒。

 三発の銃弾がAyaへめがけて撃たれた。

 Ayaに銃を向けるのは、愚かなことだ。


「OK。そこにいるのね、仔猫ちゃん達!」


 シュヴァルツ・ドラッヘが火を吹いた。

 シリンダーには十分補充されている。


 ダブルアクションだ……!


「左手よ」

『うぐはっ』


 コテージの見張りは、床に転げるように武器を落とした。

 Ayaは、薄暗くとも、ダメージを与えるポイントがわかる天賦の才がある。

 先ずは左利きの女を狙った。


「残り三人も、お覚悟!」


「次、左腿」


 二発目だ。


『ぎゃあぶっ……』


 武器を衝撃で落した音がこだまする。

 男は、痛さに悶え、どさりと倒れた。

 

「右手ね」


 その男の銃めがけて弾いた。


『お、お……』


 手が震え、呻くしかなかった。


「右足首」


 百発百中の四発目だ。


『鬼女! ぎゃあー』


 どたーんとひっくり返ったのに笑う趣味はない。


「私は、Aya。黒龍よ。孤高の黒龍……! 覚えておいて!」


 敵なしの仁王立ちだ。


「よってたかって、一人に四人? Kouも高く見られたわね。『銃は言葉より軽い主義』で、決して銃を所持しませんからね。このジャーナリストのKouは丸腰よ。何、この見張り達? 弱過ぎよ」


 Kouを見つめて、相槌を貰った。


「そう。Ayaが強過ぎ」


 Kouが、屈託なく笑った。

 Ayaは、想い人に駆け寄り、縛られている柱の後に回る。

 銃で右足首を痛めた見張りは柱の後ろにおり、Ayaに早々に引きずられて邪魔者扱いされた。

 Kouの両手首と胴が縛られている。


「手を上に捻って。そう」


 Kouは従った。


「頼むな、Aya」


 縛っていたロープをシュヴァルツ・ドラッヘで、千切った。


「Kou! ああ、無事なのね、会えて良かった」

「先ずは腹が減ったよ、Aya。こんなに素敵な所で、レストランにも行けないなんてな」


 立ち上がって、膝を叩く。


「レストランでもどこへでも行くわ。その前に、海岸に出ましょう」

「分かったよ。又、縛られても嫌だしな」


「Kou……! 貴方って面白い所も素敵だわ」


 海の彼方に昇る桟橋にかけて、真上の太陽が、コテージを一つ一つ照らしている。


 ざ、ざざーっ。

 ざ、ざざーっ。

 ざ、ざざーっ。

 ざ、ざざーっ。

 ざ、ざざーっ。


 足跡を一つ。

 足跡を二つ。

 足跡が一つ。

 足跡が二つ。


 その足跡にまるで唇を重ねるかのように二つの足跡で塞ぐ。

 砂浜にシルエットで、AyaがKouの横顔に自身の唇を預けた。

 潮がさあっと影を乱した。


「私のファーストキスは、黄昏時が良かったのだけどね。うふふ……」


 Ayaは、太陽より真っ赤になっている。


「全く肌を合わせたことがないわね。キスすらも……」


 上目遣いのAyaにKouはさらりとしている。


「必要ないだろう? 二人には」

「え……。嫌いではないのよね?」


 顔に曇りを拭えず、必死に迫った。


「好きか嫌いかとそう言う話は、別だと思うが」


「……キスならいい?」

「いや、止めた方がいい」


「どうして? ねえ?」

「俺にも理性があるが……。Ayaがその気になったら、困る」


 Kouは、視線を切った。


 ざ、ざざーっ。

 ざ、ざざーっ。

 ざ、ざざーっ。

 ざ、ざざーっ。

 ざ、ざざーっ。


 足跡を一つ。

 足跡を二つ。

 足跡が一つ。

 足跡が二つ。


 Kouの横顔が、あつい太陽で輝いている。

 いつも光のAyaの影になっているKouの美しい姿に、Ayaはこのひとときが愛おしくて堪らなかった。



 Ayaの胸は、さざなみに似ていた。

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