第二十一話 Ayaの恋心
ドラゴンを倒した途端に柏がドラゴンを継ぐとほざいた。
しかし、朝比奈竜は、左手で柏の足をつかみにかかる。
「いつ、私がドラゴンを辞めると言ったのだ。この椅子は誰にも譲らない」
「ひ、ひいい」
やはり頭と小者では違う。
「素敵な根性は認めるわ。リュウ・アサヒナ。日本の麻子様はどうするおつもりなの? 彼女、多分具合が悪そうよ。双極性の疑いがあるわ。躁になったり鬱になったり。どうして、ああなったのかしら?」
「あの子は、徳川学園中等部の生徒会長だった。高等部へ進学して、急変してしまった。私にも分からん。手を焼いている」
朝比奈竜は、親として、ため息をついた。
「女の子は初恋で変わるわ。きっとそんな感じよ」
Ayaは、朝比奈竜の親心をくすぐる。
「李雪は、リュウ・アサヒナと親子なのにどうして売るようなことをしたの?」
「李建には妾がいなかったのだ。ならばと後妻をすすめた」
正直な理由だろうとAyaは納得した。
「凛様のお父様はお堅いのね」
「ああ、李建はな。だが経済界の王の側面では、李雪に子をもうけないようだ。私の失敗だったかな」
朝比奈竜は、再びため息をつく。
「それで、凛に毒を盛ったの?」
「私は関与していないが」
「では、李雪の個人的な行動かしらね」
「雪ももう大人だ。私の言葉でいちいち動かない」
一応は親なのだと、ふと見せた表情に、ドラゴンと呼ばれる朝比奈竜の意外な面があった。
「母親は、麻子様と同じなのかしら」
「そんな危険な質問には答えられないな」
Ayaは、甘い質問だと唇を噛んだ。
「ところで、さっきの光は、何だったのだろうか」
「それは、相棒のKouに聞かないと分からないわ。分かってもリュウ・アサヒナにはどうにもならないでしょう」
Ayaは、がっつりと朝比奈竜をつかむ。
柏はKouが担当した。
「さあ、財務警察へ行って貰うわ。リュウ・アサヒナは脱税その他の疑惑が高いものね」
「警察ごときに尻尾はつかませないからな。いい気になるなよ」
無事、朝比奈竜と柏を警察へ突き出した。
「こんなに甘くていいのか? Aya」
「今回は、取り敢えずの処置よ」
――これで、ドラゴンの件は、一旦落ち着いたと思っていいだろう。
◇◇◇
「はい、はい。そうです。よろしくお願いいたします」
スマートフォンクラッシャーAyaの自分の赤いスマートフォンは電話として機能した。
「五ツ星ホテル『アマレ』にディナーを予約したの。ねえ、ご一緒よろしいかしら?」
Ayaが弾んでいる。
「そうか、ドレスコードがあるだろうな」
Kouは、高級レストランに客としては殆ど縁がない。
「あっ、私もこれではいけないわね。着替えないと」
自分の普段の姿を急に恥じて、服をぱたぱたとはたき、サングラスに困った。
頬を染めて、これからのディナーに少女のようにひらひらと舞う。
Ayaの幸せオーラを振りまいている。
「俺も着替える。では」
Kouは急に踵を返した。
「今から? Kou」
Ayaは、焦りを隠せないでいる。
行って欲しくないと、手をKouに伸ばす。
「寂しいことを言わないで。一緒にお買い物しましょうよ」
顔の前でぱちっと手を合わせ、頭を下げた。
「俺は、後から合流する」
Kouは、背を向けたまま、手を挙げて人混みに溶けて行った。
Ayaは、佇む。
「つれないわ……」
シュヴァルツ・ドラッヘのグリップをふるふると触った。
◇◇◇
「予約した水木亜弥と申します」
偽名は、しれっとして使うのが主義だ。
だからか、レストランの誰もが、Ayaのどこか東洋の香りもする風貌にすんなりと納得した。
紅色にドレスアップしているAyaは、誰からも目を引かれる存在だ。
「水木様、二名様で伺っておりますが、お連れ様はホテルにおいででしょうか」
給仕長が奥から迎えた。
「いいえ、私しか今はおりません。申し訳ございません。後程参ります」
日本式にお辞儀をする。
「では、こちらでお待ちください。お席へご案内いたします」
最高級の案内をAyaに感じさせる仕草だった。
「ありがとうございます」
隅にある赤いクロスの席はAyaの好みに合う。
窓に向かって斜め四十五度にテーブルがあり、ローマの眺めは最高だ。
しかし、Kouは直ぐに現れない。
「どうしたのかしら」
Ayaは楽しみにしていただけに、そわそわする。
「遅いわ」
スカートをぎゅっと絞るようにして気持ちを落ち着かせる。
その時、後ろから知っている足音が聞こえた。
「お待たせいたしました。お連れ様がおいでです」
Ayaは、くいっと振り向き、見上げる。
「やあ。綺麗だね、亜弥さん」
Kouは、照れ屋だから率直な感想が難しかった。
「Kou、謝らないのね。でも文句はなしにしますわ」
嬉しい笑みを隠せない乙女らしさが眩しい。
「着替えていらしたの?」
ちょっと意地悪かとAya自身思った。
「いや、色々と……」
Kouは困ってしまう。
「お仕事?」
Ayaもそんな訊き方はいやみになると分かっているのだが、やきもきしていた。
「まあ、着替えていただけだよ」
「さ、さあ。その匂い立つ立ち姿も素敵ですけれども、お掛けになっては? 椅子を引いて貰っていますわよ」
つんとしたら良いのか、でれでれとしたら良いのか、正直分からなかった。
少しほてっている。
「ありがとう、自分で座りますから」
側に居た給仕長に挨拶をした。
「くっくっくっ。大丈夫だわ。怒っておりませんよ。いらしてくださって、感謝しかないわ」
笑ってしまって失礼だったと思い、心配し、続けた。
「Kou?」
「大丈夫。座るよ」
安心させるようにし気を配る。
間もなくして、料理とワインを頼んだ。
「ふふふ、ふふふ」
Ayaは、嬉しさを隠さないで、久し振りの歓談をした。
「お元気そうで何よりだわ。さっきも助けてくれてありがとう」
再び、Ayaはワインに口をつけた。
「亜弥さんもね。本当に、危ない橋を渡るから。いつも、いつもだよ」
一方、Kouはノンガスの水を含む。
「それでね、ローマのコロッセオで、彼のコンサートが終わるまで、観光する所だったの」
箸が転げても楽しいようである。
普段のAyaにしては、不用心過ぎる内容であった。
「そうだろうね。しかし、昼日中に会うとはね。驚かないようにはしているけれども」
「ああ、美味しかった。もう少し飲んでいたいな」
「俺は、亜弥さんが飲み終わったら帰るよ」
一六四センチあるAyaだが、一七八センチのKouを下からちろりと見上げる。
「いつまで、私は待っていたらいいの?」
「少しも酔っていないのだろう? 亜弥さん。だったら、冗句はやめてくれ」
「心酔していますわ」
「また……」
Ayaは、しっとりとしていた。
瞳を潤ませ、視線で絡まる。
「何にだい?」
Kouは、Ayaから視線を外した。
「……それは」
もじもじしていたAyaは、バッグから取り出した。
「これ。……カードキーです」
Kouは、無言のまま、カードキーに触れもしない。
「ここの部屋か?」
氷のような眼差しが返事になった。
「そうだと言ったら?」
強気のAyaの欠片もない。
「独りで泊まったらいい。俺は、他にホテルがあるから」
Kouが、椅子を引いて席を立ち、素早く消えた。
「あ、待っ……」
Ayaはユーロで支払おうとしたが、Kouが予め済ませていた。
「待って!」
追いかける紅色のハイヒールの音が焦りを匂わせた。
Kouは、これまで、Ayaに対して断るなどなかったのに。
Ayaに冷たくするようになったのには訳がある。
Kouだけが知っていた。
AyaへのKouの秘匿がある。
明かせない秘匿が……。




