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風ゆく夏の愛と神友  作者: いすみ 静江✿
第一章 聡明のアクアマリン
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第二話 Kouに三毛猫

「動くのは早い方がいいな」

「同感よ」


 AyaもKouも時を大切に使う。


 七月二十二日の金曜日、朝比奈夫妻の帰宅を待ち、深夜には二人とも朝比奈家を後にしていた。

 漆黒の中を這うAyaは、黒い身なりも手伝ってなかなか見つからない。

 KouがAyaの手を取る。


「あ……」


 Ayaの心は難しくなり、困った。

 初めてKouの指に触れたからだ。

 喉の奥がぐっと詰まる思いがする。

 このまま一秒でも手を離して欲しくないと思った時、Kouから何か紙を預かった。


「Aya、羽田へは先に行っていてくれ」


 航空券だ。

 かなり残念な面持ちで首を縦に振る。


「OK、Kou」


 東京都(とうきょうと)西(にし)()徳川学園(とくがわがくえん)(まち)にある朝比奈竜宅付近の交差点に、公衆電話ボックスがある。

 ジーンズのポケットから、緑のカードケースを出し、きっちりと仕分けられたテレフォンカードを取り出した。

 竜のスマートフォンに(そら)んじたナンバーをタッチし、通話と言う古典的手法でコンタクトを取る。


「朝比奈竜様。本をくりぬいたものの中にマスターキーなどが入っています」

「いやあ、本当にお世話になった。娘の麻子は、グレてしまって役に立たないのだ。親としても切ないよ」


 竜は、書斎でスマートフォンを耳に当てていた。

 落ち着いたこげ茶色で背もたれのゆったりとした椅子の裏を振り返る。

 言われた通りの棚にあるダンク(Danke)独和辞典を開くと、預けたキーが確認できた。

 失われた元の辞典は、デスクの上から三番めにある二重底奥に細工されて入っていた。


「Kouさん、ありがとうございます。このきっかけをくれた友人にも感謝です」


 友人と言う言葉が引っかかった。


『妻から情報屋Kouさんのことを聞いた』


 確かに最初に聞かされた筈だ。

 まあ、いい。

 後で身辺調査をさせていただくまでだ。


 この依頼は、これで片が付いた。

 Kouは、その足で羽田へ向かう。


「Kou!」

「Aya、待たせてすまない」


 烏のように黒いAyaはラウンジで直ぐに見つかり、二人はモーニングコーヒーを飲んだ後、台湾(たいわん)を目指した。


 ◇◇◇


 ――台湾。


 七月二十三日の土曜日、羽田、五時丁度、飛行機は地面を蹴って、午前七時三十五分、台湾桃園(とうえん)国際空港に滑り込んだところだ。


 ここからは、台北(たいほく)まで紫のノーズからのラインが綺麗な桃園(とうえん)國際(こくさい)機場捷運(きじょうしょううん)、快速に乗る。

 四十分程度の車窓の旅をAyaはその愁いのある瞳に焼き付けた。


「るーるるー。るるーるるー。らららららーら、らららら……」


 Kouは、Ayaの時の影を踏まないように気を遣った。


「Aya、何か歌っていなかったか?」


 台北で流れる景色の旅を終えたAyaに、本当は子守歌を歌っていなかったかと聞きたかった。

 それは、あまり有名ではないらしい子守歌のようだ。

 だから、気になったのかも知れない。


「特に歌っていないわ……。懐かしい光景と、飛び行く雲にひたっていたの」


 そして、台北から淡水信義(たんすいしんぎ)(せん)で、芝山(しざん)(えき)へ向かった。


 黙り込むAyaにどうしたものかと、Kouは世間話を振った。


「日本は思いのほか涼しかったな、Aya」


 Ayaが腰より低くかがみ、振り返る。

 Kouの影にハイヒールの踵を差し込み、地面と結んだ。

 その瞬間、平手打ちをかます。


「悪かった……。Aya。後ろを取って悪かった。危険で嫌いなポジションだからな」


 頬をゆるい風にさらしながら、軽く俯いて歩いた。


「台湾は温暖ね、Kou。寄りたい所はあるけれども、真っ直ぐ向かう?」


 車中で土産物のはすの実月餅を二個食べたけれども、Ayaは、楽しそうではない。


「どこに立ち寄りたいんだい? 豆乳スープの厚焼き餅屋かな? Ayaはヤキモチ大好きだから」


 Ayaは、Kouを仕事仲間として感じているが、時折、自分の心を許せる特別な関係に思っている。


「なーんですって! からかうのも程々にして」


 Ayaの平手が腫れ上がった。


「ふ……。少しは元気が出たかな?」

「え? ああ、私、ちょっと気が乗らなくて。今回の依頼ね」


 Ayaは足が速い。

 追いつけるのは、Kou位なものだ。


「あ、もしかしてマスクが必要だったか……。気合い、気力、精神集中で何とかがんばってください、Kou」


 Ayaのため息は、依頼の根幹に当たるブルーなものだった。


 ◇◇◇


 天母(てんむ)は、元々北京語でティエンムーと呼ばれたものが日本人らによって呼ばれ方が変わったもので、台北市士林区と北投区の間に位置する高級住宅街の地名だ。


「天母も相変わらずだな。外国人居留者が多く各国大使館、日本人学校やアメリカンスクールもあり、周囲には百貨店や娯楽施設、飲食店などが豊かに集っている。Ayaのお気に入りへ立ち寄ってもいいけれども、どうしたい?」

「もう、胸一杯だわ」


 その周囲で暮らす富裕層の更に奥へ分け入った所に依頼主がいる。


「門構えからして、歴史ある豪邸ですって感じだな」


 Ayaは、Kouの記憶が少々絡まっていることに気が付いた。

 それは、お互いが幼かったからなのか。

 フォローを入れたのは、Ayaからだった。


「だからこその依頼だと思うわ。私がKouと一緒に訪れるのには、深い訳があるの」

「李家はこちらでございます」


 黒く華美でない姿の四十代程度の女性が、奥へと案内した。

 建物の中は、落ち着いてはいるが、立派な調度品が整然としてある。

 女性の開いた扉の向こうから、可愛らしく澄んでいるがしっかりとした声が聞こえた。


(りー)(りん)はワタクシよ。李家の当主です」


 凛と名乗る八歳程の少女が、民族衣装なのであろか、胸で合わせた長い袖の赤い地に牡丹のような豪華な刺繍にまとわれて、二人に挨拶をした。


 腰まである漆黒の髪を垂らして、殺した白のソファーにゆったりと横になるように座り、二匹の猫を撫でまわしている。


 いくらでも座れるソファーがある広間のような客間だったが、Kouは凛に見とれて佇んでいた。


「単刀直入に伺いますが、手紙にあった、守って欲しいものとは何でしょうか?」


 Kouは、むずむずとして、珍しく拙速な言動に出てしまう。


「雄の三毛猫で、双子! 雄の三毛猫だけで三万匹に一匹の希少性があるのにっはっ」


 ハックション。

 ハックション、ハックション、ハックション。


「失礼いたしました。猫アレルギーなのですよ。Kouは」


 AyaのフォローにKouも平謝りだ。


「ご紹介いたしますわ。Toi(トワ)Moi(モワ)です。はい、ご挨拶をして」


 赤い首輪のToiと白い首輪のMoiは、凛から滑るようにカーペットに降り立ち、可愛らしく座った。


 なーご。

 にゃあーん。


「Toi様にMoi様、よろしくお願いいたします。Ayaと申します。こちらのKouは、猫様アレルギーなどとにっくき体質で、この度の交渉には私もご一緒させてくださいますようお願い申し上げます」


 凛は、無表情に首肯した。


「これが深い訳か、Aya。謀られた気分だよ」


 ハックション。


 失礼しますと一礼し、Kouはグランチェックのハンカチで顔を覆う。

 Ayaは、ごめんねと手を合わせた。

 硬い表情だった凛が口もとをほころばせる。



 中庭が、雨女でもいるかのように降られ始めた。

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