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撃滅機関の老害共  作者: 長埜 恵
本編
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47 理屈

『……わかりました。そういう事でしたら、こちらからもできる限りの援護をします。火鬼投総監、今からもう二本ばかり腕を増やしますが驚かないでください』

『ぎゃああああア! 何アンタ蜘蛛!? キモい! キモいワ!』

『悲鳴は構いませんがテストの手を止めないでくださいよ。それと、こちらのソフトを少し借ります』

『アラ? でも見慣れてくるとちょっとカッコイイかも……』

『手を止めない』

『ハイ!』











『青鳥の元ネタが事件の黒幕!? ……なるほど。いや、実は皆さんと別れた後、すぐカメさんから連絡がきてですね、僕ずっとヤツの近くで待機してたんです。アレそういう意味やったんですね……。ほな、もう生命維持装置も外部接続してますし、ネットワークを切ればええですか?』

「当初はその予定だったんだが、そういうわけにもいかなくなったんだ」


 太陽の言葉に、鵜森は痛む側頭部をさすりながら悔しそうに言う。その間にも、両目は忙しなくモニターのプログラムコードを追っていた。


「……やっぱりだ。残念ながら、現在のスリープシステムは従来の単独自立型――スタンドアロンではなく、相互共有型になっている。全員の意識が一つの仮想空間上に集められているから、その状態で個々の接続を切った所で内部に意識が残留してしまう可能性が高い。勿論、いずれは消えてしまうものだろう。だが、自身の体がそういう目に遭ったと知れば、ヤツは残る力で何をするか分からない。あるいはヤケになって、全てのスリープ者の意識を消してしまうかも……」

『すいません、もっと端的にお願いします』

「接続を切るのは、そいつの体に意識が戻ってからにしてくれ」

『了解。それって目視で分かります?』

「無理だ。その合図はこちらからするから、君は引き続き待機を」

『オーケーです』


 太陽との通信を切り、鵜森は再びモニターにかじりついた。

 送ったバイクのデータが無闇に改ざんされないよう、バイクにシステム管理者用の権限をつける。敵は同等かそれ以上の権利を持っているだろうので長くはもたないかもしれないが、時間稼ぎぐらいにはなるだろう。

 最初からつけていなかった理由は、一度はのっとられる事を見越していたからであった。


「……あとは、タイミングだ。全てタイミングだ。1ビットのズレが奇跡をオジャンにするような、神をも匙を投げるタイミングだ」


 ブツブツと鵜森は呟く。横でそれを聞く青鳥は、口を閉じたまま手元の機器を操作し続けていた。

 彼女の電子端末にとあるデータが届く。北風からだ。それを確認した鵜森は、知らず知らずの内に口角を上げていた。


 そうして、言ったのである。


「行くぞ。準備は整った」










 間一髪であった。


 巨大な手が地面に叩きつけられる。ギリギリで避けたウサギであったが、振り下ろされた手の風圧にバイクごと吹き飛んだ。


「いけるか!?」

「モチのロンで!!」


 空中で体勢を立て直し、またアクセルを回す。しかし逃げようとしたウサギの視界を、突然いくつもの風船が遮った。


 突っ込むべきか、大回りすべきか。一瞬の脳内会議の結果、ウサギの「とりあえず行ってから考えよう」という意見が通った。


 バイクとの接触で割れた風船の破裂音が、彼の聴力を鈍らせる。それに耐えて突っ切り、ふいに開けた景色でウサギを待っていたのは、腰に風船を巻きつけた継ぎ接ぎだらけのぬいぐるみだった。


 その口には、こちらに銃口を向けた拳銃が咥えられている。


「うぉあああ!?」


 ハンドルを切る。同時に、放たれた弾丸が頬の横を掠めた。


「何!? ホントマジでタチの悪ぃ夢だな!」

「言い得て妙だな。とはいえ、まだお前の運転技術の方が上回っているだけマシかもしれん。普段から何かと理由をつけて、バイクを不正に乗り回していて良かったな、ウサギ」

「褒めてる? バカにしてる? バカにしてるなオメェの事だから」


 この期に及んで嫌味ったらしいカメに、ウサギは青筋を立てていた。


 ……それにしても、どうもこのピエロは自分達を生かして帰す気は無いらしい。正体を見てしまったのだし、こっちもヤツの計画を阻止しようとしているのだから、当然といえば当然であるが。


 眼下には、スリープ者達の住まう街。愉快なレクリエーションでも始まったとでも思っているのか、みんな呑気に足を止めて楽しげに見上げている。

 そりゃあそうだ。大きな手にたくさんの風船、可愛らしいぬいぐるみまで出てきているのだから。


 ――アイツは、最後の最後まで、スリープ者らの夢を壊すことなく、この社会を与え続けるつもりなのか。


 どういう心中なのだろう。十二時になれば、その魔法は解けてしまうというのに。


「……分からん、ホント分からんわ」

「ええ、ご理解いただけなくて結構でございますよ」


 吐き捨てたウサギに、声が応えた。ピエロである。つけ直されたピエロの仮面が、バイクに並走する小さな飛行機からこちらをうかがっていた。

 状況も忘れて、ウサギはイラッとする。


「もうね、オメェさっきからチョイスがシュールなんだよ!」

「そうですか」

「つかさぁ、ちょっと教えてくれよ。なんでお前、ここまで頑張って社会作ったってのに、そんなアッサリそれ壊せちゃうワケ。特に犯罪者街のヤツらなんかお前の仲間みてぇなもんだろ。なんでなんだよ」

「……」

「スリープから出てくってんなら、ついでにアイツらも現実世界に連れてってやろうとか思わなかったの?」


 いや、別にそうしろって話じゃねぇんだけどね、とウサギは付け加える。義憤に駆られた面もあるが、実のところ興味本位も大きい気がした。

 ピエロはしばらく考え、そして心底不思議そうに返す。


「……何故、この世界の彼らを、“ これ以上 ” 救う必要があるのです?」

「あ?」


 怪訝な顔をしたウサギに、ピエロは続ける。


「私の使命は、更生した犯罪者の偏見を社会から無くし、その上で全ての人を救うことです。……ご覧ください、この世界の人々は既に幸せを手にしている。ならばどうして、彼らをわざわざ未完成の現実世界に引き戻さねばならないのですか」

「……」

「幸せな社会に暮らしたまま、何も気づかないまま、この完成された世界で死ぬ。……それが、私がこの世界の彼らに与うる慈愛なのですよ」


 以上が、彼の理屈であった。


 確かに、一度スリープ装置に入った彼らは、二度と現実世界で生きていくことを想定していない為に、免疫や筋力が極端に落ちている。克服するには、大変な時間がかかるだろう。ましてや、それを乗り越えてまで、その未完成の社会に戻りたいと彼らは思うだろうか。


 だから、ピエロはこの世界を幸福な社会のままに、閉じることにしたのだ。これこそが、彼らにとって最上の人生であるのだと。


 そんな論を聞いたウサギの中に、一つの思いが湧いてきた。怒りでも、共感でも、哀れみでもない。単純で、素朴な疑問だった。


 ピエロに顔を向け、ウサギはきょとんと尋ねる。


「……え、何オメェ、人の幸せ勝手に決めつけてんの……?」

「……」

「普通に迷惑じゃね……?」


 沈黙。


 しかも緊張したものではなく、なんとなく気の抜けた沈黙だった。


 それを崩したのは、ウサギの内のカメである。


「ふへっ」


 カメは、吹き出したのだ。


「ヒ、ヒヒッ。フフフフフフフ、いいぞ、今世紀最大に面白いぞ、それ!」


 何がだよ、とウサギは思った。だが、カメが自分に向ける感情としては珍しく好意的だったので、何も言えないでいた。本気で愉快そうだったし。


 しかし、ピエロはウサギがカメと脳を共有していることを知らない。カメの笑い声をバカにしたものと判断した彼は、激怒した。


 背後に大量のぬいぐるみを出現させ、ピエロは言う。


「……承知しました。言葉の伝わらない人間は、私の作る社会に相応しくない。ここで潰してしまいましょう」

「何ソレ! 差別じゃん! もうそれ差別じゃん!」


 向けられた無数の銃口に、ウサギはおののく。いきなり絶体絶命である。慌ててバイクの向きを変えようとしたが、その方向にもぬいぐるみが浮かんでいた。


 トラウマなるわ、こんなん!


「イヒヒヒヒ」


 そんで怖っ! オメェいつまで笑ってんの!?


 カメは一度ツボに入ると長いのである。おかげでウサギの体は、恐怖しながら愉快に笑うというとんだ状態になっていた。


 ところが状況は待ってくれない。何事かを叫ぶピエロの号令と共に、一斉に弾丸が発射される。

 囲まれている。逃げ場は無い。その時だった。


 ――ウサギの目に映る世界が、ぎこちなく揺れた。

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