46 よろしく頼む
真っ先に驚いたのは、青鳥であった。
『なんで!! オレが!?』
カメの視界を共有したモニターにしがみつき、クローン体である若者は叫ぶ。
その声を、ウサギはカメの耳を通して聞いていた。
まあ、そうだよな。
自分のクローン元と初めて会ったと思ったらコレだもん、普通びっくりするよな。
――そんなことを思っていたウサギであったが、ここで仮面を剥がれたピエロに一瞬の隙ができたことを、見逃す男ではなかった。
「ご尊顔ありがとう! はいドーン!!」
ウサギはピエロの両耳を掴み、バイクから引きずり下ろす。そしてアクセルを回し、急加速でその場から逃げ出した。
現在のウサギの体は、対システム用にプログラムコードに直接触れられるようになっている。よってこうやって不意をつけば、相手がシステムの中枢的存在だろうとぶん殴る事ができるのだ。
ただしそれがバレてしまえば確実に対処されてしまうので、この手が使えるのは一度きりであるのだが。
「……なぁ青鳥。クローン元の個人データの一部が消えていたのは、そういうことだったんだよ」
逃げながら、カメと脳を共有するウサギは、哀れなる部下に説明してやることにした。
「犯罪者の重要データの改ざんなんて、なかなか普通の人にできることじゃない。かといって、データを持ち出した比丘田がやる理由も無い。ならば残るのは、能力を知られたくないと思う強い権限を持った誰かさんだけだ」
そしてそれは誰かと考えた時に、カメはピンときたのだという。
「黒幕の条件と照らし合わせてみても、正体は青鳥の元ネタなんじゃないか――ってね。そう考えれば、お前は他のクローン人間より、多少丈夫に作られていたのかもしれないな。でも、カメが持ち出したデータなんてごく僅かだったし、先入観で混乱させるのもまずいから、とりあえず保留にしといたんだとよ」
『えぇ……』
「ま、なんで能力のデータを消したかその理由までは知らんがな。それより、黒幕の正体は確定したんだ。そっちはよろしく頼むぞ」
辺りが暗くなる。振り返ると、光を遮る大きな手が、バイクを押し潰そうと迫ってきていた。
「――絶対に捕まるなよ、ウサギ!」
同体のカメに喝を入れられながら、ウサギは黙ってハンドルを握る手に力を込め、バイクごと体を倒したのである。
「オレのクローン元が、この事件の黒幕……!」
青鳥は愕然としていた。
過去、テロを計画した犯罪者としてスリープに入れられた自分のクローン元が、今またこんな大事件を起こしている。
――スリープ自体を無くし、更生した犯罪者が生きていける社会を創造するという、大義のために。
そんな事実を目の当たりにし、平常心でいられる人間がいるはずもなかった。
そう、彼には理解できなかったのだ。
それならば何故、ヤツは自分が作り上げた社会で幸せに暮らす人々を、あっさり見捨てていけるのか。何故、ヤツは自分が救ったはずの犯罪者すら、スリープに残していけるのか。
寸分違わぬDNAを持つ青鳥にもその答えは出せず、奥歯を噛み締めていた。
「……感傷に浸る暇は無いよ、青鳥君」
鵜森の声が、青鳥の思考に介入する。鵜森はモニターから目を離さず、彼にとあるキーボードを投げて寄越した。
慌ててキャッチし、青鳥は尋ねる。
「これは?」
「半自動DDoS攻撃機だ。要するにいくつかの仮想サーバ上にそれぞれ砲台を置き……や、理屈はいい。押せ。とにかく片っ端から押しまくれ。その際カメさんの視界を映したモニターをよく確認するんだぞ」
「……」
「どうした、急げよ」
「……鵜森さん、オレ、まだ生きていていいんですか」
青鳥は震える声で尋ねた。それほどまでに、追い詰められた心境だったのだ。
人質は、青鳥の体がクローン元に乗っ取られた時点で全員廃人状態になってしまう。そうなると分かった上で、約束だからとノコノコとスリープに生贄を差し出すバカはいない。むしろ十二時を待たず、真犯人が乗っ取る可能性のあるクローン素体は、ここで破棄されるのが得策だろう。
そう考えての発言だったのだ。
しかし、それを聞いた鵜森は、女性にあるまじき顔の歪め方をした。
「……は? 君の目は節穴か。まだ二時間半の猶予があるだろう」
「……」
「いいからそれを撃ちまくれ。安心しろ、十一時五十九分になってもまだ事件が解決してなかったら、私が君の息の根を止めてやるよ」
鵜森の言葉は、本気であった。そんな彼女の目に、青鳥はふと火鬼投の目を重ねる。
……そうだ、まだ足搔ける時間はあるのだ。そして今の自分は、臨時警察官の青鳥である。
「そっちはよろしく頼む」と言った上司を思い返す。あれは鵜森だけではなく、自分にも向けられていた言葉だったのだろうか。
そうだといいな、と青鳥は思った。
それならば、自分はまだこの世界に役目があるからだ。
キーボードを持ち直す。せめて、これだけは全うしようと心に決めた。
たとえ来たる十二時、自分の命が無くなっていたとしても。
――この役目が、青鳥セイヤが胸を張って生きていられたという、証なのだ。
どこかに連絡する鵜森の隣で、青鳥はキーボードに義手を滑らせた。




