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撃滅機関の老害共  作者: 長埜 恵
本編
47/57

44 案内

 この状況、ウサギ一人の体であれば、ただただパニックに陥るだけでどうすることもできなかっただろう。

 だが、実際はそうではない。電子の海の向こう側にあるカメの脳が、リアルタイムで繋がっているのだ。


「おーっと後ろを見てみろウサギ! こんな所に都合良くいつものバイクが!!」

「え!?」


 内から聞こえてきたカメの大声に、ウサギはパッと振り返る。そこには、ついさっき地面から生えてきたかのような顔をして平然と立つ大型バイクがあった。


「なんで!?」

「ここは夢の世界だ。 まぁ厳密にいうと多少外部から色々手配はしたが、何が起こってもおかしくはない。ともかく逃げるぞ!」

「が、合点承知!」


 脳を共有しているウサギには、鵜森があの経路を使ってバイクの情報を送ってくれたのだとすぐに分かった。しかし、これもそう何度は使えない。経路がバレてしまえば、あのピエロに帰る道を潰されてしまう可能性があるからだ。


 ところで、脳を共有したこの状態でバイクに乗るのもまた、タンデムと呼べるのだろうか。

 ペダルを踏んでバイクを浮かしながら、ゴーグルを下ろしたウサギはそんなことを考えていた。


 群がってきた人々を置き去りにし、あっというまにピンチを脱したバイクは、どんどん地表を離れていく。


「……結構、広いな」


 バイクから見たその世界は、現実世界よろしくどこまでも続いているかのようだった。

 広大な土地に感心するウサギに、カメが話しかける。


「スリープ者が全員連れてこられているとするなら、相応の土地が必要になるからな。何もおかしいことはない。それよりも、ヤツへの対処だ。思ったよりも面倒なことになっていそうだぞ」

「マジでそれな。人工知能に成り代わってるとか誰が予想するかよ。くそー、いつからだ」

「世界の完成度を見るに、ヤツがスリープに干渉し始めたのはだいぶ前からだろうな。本格的にあのピエロがシステムとなったのは、スリープ脱走者の動きが変わったあたりか。ということは、僕の交渉に応じた時には既に代替わりが済んでいたのだろう」

「ふぅん。そんで、元の人工知能ちゃんはどこに?」

「知らん。消されたか、どこかに閉じ込められているか。一つ確かなのは、この世界における主導権はとっくに失っているということだな」


 それは、ピエロにとってもウサギらにとっても、旧人工知能に利用価値が無くなったことを意味していた。


 鵜森は何を思うのか、黙って聞いているだけである。


「で、これからどうするよ」


 しかし、今は前に進まねばならない。ウサギは、敢えて強い口調でカメに問いかけた。


「どうする、か。まぁ僕が思うに、この状態もあまり長くは続かないと踏んでいるのだが……」

「こちらにいらっしゃいましたか」


 出し抜けに、ハンドルの間からニュッとピエロの頭が現れた。驚いた拍子にバイクから落下しかけたウサギだったが、なんとかしがみついて耐える。

 ところが相方は冷静なもので、ウサギの口を使い面白くなさそうに言った。


「貴様はアレか。僕の言葉を遮るのが余程好きと見えるな」

「偶然でございますよ」

「それより、何か用か? あいにくと忙しい身でな、あまり構ってはやれないのだが」

「そう仰らずに。せっかくここまでいらしてくださったんです、貴方様には私の創造した社会を見ていただきたいと思いまして」


 社会という言葉が気になったウサギである。……コイツはスリープ世界だけでなく、人が人の中で生きていくその基盤まで作ったというのか?


「……でも、住人はみんなオレらを狙ってんだろ? そんな危ねぇトコ行きたくねぇよ」

「あれは一つのデモンストレーションでございます。私がスリープシステムとしての力を行使できるという、いわばアピール。ああ勿論、私としては見学していただきたいだけなので、貴方様はバイクに乗ったままで結構でございますよ」

「あ、そう? でもそんなことする目的は何なんだよ。あれか、十二時になるまでの時間稼ぎ?」


 ズバズバ踏み込むウサギである。仮面をつけたピエロは、どこかおかしそうに返した。


「時間稼ぎでないと言えば、嘘になります。しかし、私の創り上げた社会を見ていただくことで、私がただの眠れるハッカーではないのだと知っていただきたいのです。そして、あわよくば……」

「……共感し、同じ思想に達してほしいといった所か。フン、期待に添えると思えんがな」


 意趣返しのつもりか、カメはピエロの言葉尻を奪った。当たっていたようで、ピエロは頷く。


「ご理解いただけて何よりです。では、ご案内させていただきます。もう少しで到着するので、それまではごゆっくりお過ごしください」


 結局、拒否権は無いに等しいのである。何せ相手はこの世界の支配者だ。神に近い存在であるといっても過言では無い。


 そんな相手に見張られる中、自分はどう動けば良いのか。


 ウサギは、自動運転に切り替わったバイクの上で唇を結んでいた。


「さぁ、着きましたよ」


 彼の言葉と共に、バイクの速度が徐々に落ちる。見下ろしたそこは、大きな建物を取り巻くように家が建ち並ぶ、一つの街であった。


「素敵な街でしょう。昔読んだ古い小説をモデルにしたのです。海が近くて、山があって……」

「御託はいい。それで、ここはどういう街なんだ」


 苛立たしげにカメは言う。ピエロは、仮面の頭を軽く横に傾げた。


「――では端的に申し上げましょう。ここは、犯罪者更生施設を中心とした、犯罪者の街なのです」


 その声は、不思議な平穏を孕んでいた。

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