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撃滅機関の老害共  作者: 長埜 恵
本編
42/57

39 あの子

 それは、四ヶ月ほど前の事だった。


 鵜森の情報端末に、とあるアドレス元不明のメッセージが届いたのである。そんな不審なメッセージが届くなど、強固なセキュリティが敷かれた現代ネットワークにおいてはまずありえない。その上、送られてきたのは、とても文章とは呼べない文字の羅列だったのである。

 しかし、変わり者の鵜森は面白がった。セキュリティホールの隙間から入り込んできたネズミが書いた言葉を、解読してみようとすら思ったのである。


 解読自体は、存外簡単に果たした。二進法やらプログラム言語やらを組み合わせ、できるだけ日本語に近くなるよう読み解いたのだ。


 抱いた感想は、一つ。メッセージの送り主は、あたかも生まれてこのかたシステム周りの言葉しか知らないかのようだった。

 そういう人物が異言語交流をしたとなれば、こんな文章を書くのかもしれない。鵜森は、俄然メッセージの送り主に興味を抱いたのである。


「―― “ 私と話して ” 、か」


 えらく長ったらしい文字列は、その一言に集約された。そして鵜森は、至極普通の日本語でこう返したのである。


『いいよ。私のことはウモリと呼んでくれ、“ ネズミちゃん ” 』


 それが全ての始まりだったのだ。


 鵜森とその謎のメッセージ主によるやり取りは、三ヶ月近くにも及ぶこととなる。鵜森はこれを誰にも話さなかった。バレてしまえばやり取りができなくなると恐れたのではない、単にこの奇妙な隣人を自分が独占できるのが嬉しかったのである。


 メッセージ主は、少しずつ日本語を使いこなしていった。



『君の名前は?』

『ネズミ』

『それは私が便宜的に呼んだ名だよ。君の本当の名が知りたいんだ』

『ない』

『そうか、無いのか。弱ったな。ネズミと呼ぶのも悪いし、私がちゃんとした名をつけようか?』

『いらない。わたしはすでにウモリにネズミとよばれている』

『君は変わってるね』


『ネズミ、君はどこから来たんだい?』

『わからない。きがついたらここにいた』

『へぇ。そこがどこか知らないけど、外には出られるの?』

『外?』

『外。分かる?』

『よく分からない』

『そこにはたくさんの人がいて、色んな話をしてるんだ。美味しい食べ物や、綺麗な景色がある。勿論、まずい食べ物や汚い景色もあるけどね。でも楽しいよ』

『楽しい? 楽しいが分かるならいく』

『そうだろう。私もぜひ君と会ってみたいよ』

『はい。私もウモリに会ってみたい』


『ウモリ』

『なんだい、ネズミ』

『ウモリは、何をしていると楽しい?』

『そうだなぁ、私は私の知らないことを知った時に、楽しいと思うかな。君は?』

『ウモリ』

『ん?』

『私は、ウモリと話すと楽しい』



 ――本当に、ただの興味本位だったのだ。上にバレればすぐ情報提供するつもりでいたし、いつ終わってもいいと思っていた。


 しかしどうもそれが本心ではないと気付いたのは、ぱたりとネズミからの連絡が絶えてからだった。


 二日三日は平気だった。だけど日が経つにつれ、よく分からない焦燥感に駆られ始めた。なぜ、メッセージが届かないのだろう。なぜ、話しかけに来ないのだろう。


 何かあったのだろうか。


 名前も居所も姿も知らないネズミを心配し、この時思わず鵜森は自嘲気味に笑ったものだ。


 ――なるほど、私はいつしかあの子との会話を楽しんでいたらしい。


 今の私は、寂しいのだな。


 自身の出した答えに納得した鵜森は、それから静かな寂しさを抱えたまま毎日を過ごしていた。おかしな事件が起こり忙しくなった事は、気が紛れるという点では良かったかもしれない。


 だが、ウサギからのメモを見た時に、その寂しさは痛烈な後悔に変わった。ネズミとやり取りした時に抱いた違和感が、その事実を前に全て繋がったのだ。


 ――比丘田をスリープから逃走させた協力者は、あの子だ。

 あの子の正体は、何らかの奇跡が起きて生まれたスリープの意思だったのだ。


 ……なんで、私は気づかなかったんだ。


 しかし、いつまでもショックを受けているわけにはいかない。何故なら、ネズミは人や外に興味を持てど、こういった過激な実力行使を自ずと思いつくとは、鵜森には思えなかったからである。


 そして彼女は、ある結論にたどり着く。


 ――私以外に、誰かがいたのではないか?

 あの子に悪意のある実力行使を吹き込んだ、誰かが。


 それは間違いないように思えた。誰なのかは分からない。ただ、鵜森の中に膨れるような怒りが湧き出ていた。


 ――あの子の目的は一つなのだろう。

 体を持った人間となり、外へ出て、私に会う。

 背後であの子を操る何者かが、どんな目論見を抱いているかすら知らずに。


 ――ああ、助けなければ。


 そうして鵜森は、事件の鍵を握る男らの元へ向け、その細身を走らせたのだった。

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